2007年出版
一度気に入ると同じ作家の作品を立て続けに読むのが
自分の良くない癖なので、そういうときは
一旦アンソロジーを読んでリセットする。
気に入った上位5作品の感想だけ書こうと思ったけど
どれも甲乙つけがたかったので全部書く!!
欠けた古茶碗 逢坂 剛
お茶の水署の名物コンビ、梢田と斉木は
フリマで気まぐれに買った古い茶碗に異常な価値があると知り
必死に利益を得ようと奔走するものの
その茶碗を中心としてある事件が表面化していく。
長編は読んだことがないけれど、
こういうアンソロジーでよく見かける作家。
なんのキャラクターの説明もなしにアクの強いセリフが飛び出すので
いったい何事かと思ったがどうやらこれはシリーズ物の模様。
みんな知ってる某鑑定番組の流れとノリで
掛け合い漫才を繰り返しながら事件の真相に近づいていく。
シナリオの起承転結が非常に明確で
アンソロ1作目のジャブとして綺麗に決まる佳作。
第四の殺意 横山 秀夫
「刑事王国」と呼ばれるF県警の捜査第一課。
お荷物ともされるその第四班の班長として配属された浅倉は
「プロファイリングのような仕事」を命じられ
過去の未解決事件に着手する。
近年では『64』でさらに警察小説作家の地位を堅くした横山秀夫。
この作品も短編にもかかわらず、警察の内部事情を惜しげもなく
露呈させていくのがすごい。
冷酷な警察キャリアたちとの大仰な駆け引きや
わずかにのぞかせる絆の描写が読み手の興味を引き付ける。
「このオチいるか?」と思わせるどんでん返しのラストで
読後の余韻ごと想定外の方向へ放り投げる力技。
ヒーラー 篠田 節子
直近の群発地震により某漁村で大量に獲れるようになった
「吹き流し」と呼ばれるのっぺりとした見た目の深海魚。
その体液は女性の肌を美しくし、男性の性的玩具としても優秀なため
一家に一匹が当たり前となっていく。
グロテスクな深海魚が少しずつ社会に侵食していく非現実感。
これはミステリではなく明確にSF作品。
吹き流しの生み出すウイルスが体に入ると
幸福感が得られる代わりに無気力になっていくという設定が
丁寧な筆致のおかげでリアリティを得ていく。これは怖い。
死神の精度 伊坂 幸太郎
数日後に死ぬ予定の人間に接触し
その人間が本当に死ぬべきかの判断を上層部へ送るという死神の仕事。
千葉という名で現れた死神はストーカー被害に悩む女性に近づく。
日本推理作家協会賞短編部門賞受賞作。
この作品における死神の好物はミュージック。
人間と同じような感情をまったく持たないものの、
CDショップの試聴をこよなく愛する描写がお洒落で笑ってしまう。
いくつも仕込んだ伏線を綺麗に片づける手腕と
それを際立たせる設定の奇特さがまさに伊坂マジック。
思い出した…… 畠中 恵
沙希は夫の秀夫と親友の真紀子によって殺された。
ところが、沙希の意識は部屋の中に残っており
警察の捜査をかわそうとする二人の一挙一動を眺めることになる。
殺されたことに対する恐怖や屈辱はどこ吹く風で
読者をも超えた客観的な視点で淡々と事件の行く末を追うことになる。
当然ながら二人は警察の有能さの前に屈することになるのだけれど
そこから一気にたたみかける描写が放つ圧力。かなり快感。
偶然 折原 一
一千万を手にしている房枝と家の外で待つ不穏な男。
振り込め詐欺をやっているマサオと敏行。
一本の電話を発端として全員の思惑が奇妙に絡んでいく。
単純な舞台設定でスルスルとシナリオが進んでいくのが良くできたコントのよう。
余計な情報が入らないので脳内での理解も整理もしやすい。
タイトルからして「房枝の息子がマサオなんだろ?」と思ってしまうが
それを上回る発想にまいった。サービス精神満載の娯楽作品。
転居先不明 歌野 晶午
佳代はしばらく単身赴任であった利光を追って東京の一軒家へ移るが
それ以降、つねに誰かの視線が自分へ向けられるようになる。
ある日利光が持ってきたのは、購入した住宅で以前起こった
一家殺害事件のネット記事だった。
中盤からはネット記事でまるまる話が進んでいく。
事件の凄惨さと下世話な興味を惹くネット記事の書き方で
読み進めるほど寒気を起こさせる。
記事の中で事件の真相まで結論付けられるけれど
もちろんそこからさらなるトリックが用意されている。
全体に漂うアイロニカルな感じがいかにもこの作者っぽくてニヤリとした。
時うどん 田中 啓文
噺家見習いのモヒカン青年・竜二にキツく当たる漫才師の雁花いたし。
雁花まっせとのコンビ漫才が高く評価されているにもかかわらず
頑なにテレビに出演しない理由は一体なにか。
表題の「時うどん」とはアレンジや皮肉ではなく
この作中世界における落語の題目。
作中に「吉元興業」や「松茸芸能」という事務所が出てくるけれど
まあそういうアレ。
探偵役は竜二の師匠である笑酔亭梅寿。これがメチャクチャかっこいい。
うどんばかり食ってろくに弟子に稽古もつけない放埓ぶりながら
決めるときはしっかり決める。
大抵の探偵役は「完璧に見えてちょっとクセがある」のが基本だけれど
その真逆ともいえる設定にマジ惚れ。
この短編が単行本からの出典と知って即行で古本屋で探して購入。
しかも5冊も出てるのか。今後も探すのが楽しみだ。
胡鬼板(こぎいた)心中 小川 勝己
舞台は昭和初期。
類稀な絵画の才能を持つ兄の竜吉に対抗心を抱いた静吉は
芸術へのひたむきな努力を続け、押絵師となる。
そのとき兄はすでに世間的に忘れられた人間となっていたが
家に籠って描き続けていたのは理想の女の日本画だった。
兄と弟の鬼がかった心理描写。吸い込まれそうな情景描写。
これってミステリか? と言われると微妙だけど
異常性に説得力を持たせる圧倒的な筆力。
やっぱり異常な人たちを美しく書く小説って面白いな。
とむらい鉄道 小貫 風樹
世間を騒がせる連続鉄道爆破テロで叔父を亡くした春日華凛は
葬儀の帰り、寒村の無人駅でうっかり下車してしまい
途方に暮れていた所を久世弥勒なる青年に声をかけられ
近くの宿へ向かうこととなる。
新人ミステリ作家の登竜門である「新・本格推理」に
3作同時に掲載されたうちの一篇。
「ホームズとワトソンの関係」「登場人物が美麗」「イヤミス的ラスト」
と、いかにもフレッシュな作家が書いた印象。
「耽美なシーンが書きたいだけだろ!」と思わせる場面も
実は伏線の一部だったりするのがあなどれない。
ちょっとした捜査で済ませておきながら、
終盤の謎解きでスラスラ説明していくのがいかにもドイル的。
3作同時掲載という華やかなデビューを飾ったものの
その後の作品の発表はなかった模様。惜しい。
というわけで久しぶりに読んだアンソロも大満足。
近所の古本屋で10冊セット1000円で買ったので
もうしばらく続くかもしれない。