2019年5月1日 トスカーナ州 キャンティ クラシコ Castello di Verrazzano (カステロ・ディ・ヴェラザーノ) 7世紀から続く、由緒あるワイナリーで、その一族の中には、アメリカ東海岸及びニューヨーク湾を発見した冒険家ジョヴァンニ・ダ・ヴェラザーノ氏(1485年生まれ)がいます。 彼はフランスの王様からインドを発見するように依頼されて、偶然的にニューヨーク港を発見したそうです。 カステロ・ディ・ヴェラザーノのワインラベルに描かれている肖像画は、このジョヴァンニ・ダ・ヴェラザーノ氏です。 1958年以来、カッペリーニ家がオーナー。 ブドウ畑は、何世紀にもわたって独立区画として変更されず、谷間に森の端から伸びる境界を維持しました。 環境保護を重視し、雑草除去などにも薬品を一切使用せず有機栽培を実践。 シャトーヴィジットにも力を入れています。 カステロ・ディ・ヴェラザーノのキャンティ・クラシコは、「エノテカ・ピンキオーリ」をはじめ、世界各地の高級レストランで提供されています。 キャンティクラシコのボトルに、必ず付いている黒い鶏のマークは、キャンティクラシコ協会のロゴで、キャンティクラシコのワインだけが、このロゴを付けることができます。 「キャンティクラシコ」は、「キャンティ」とよく混同されがちですが、キャンティクラシコは、フィレンツェからシエナの間の地区で作られ、キャンティは、その周りの広い地域で作られます。キャンティには、黒い鶏は付きません。 この黒い鶏のおもしろい伝説を教えてもらいました。 フィレンツェとシエナがまだ別々の国家だった中世、フィレンツェとシエナの境界線を決めるために、それぞれ一番鶏が鳴いたときに騎士がスタートし、出会った地点を境界線としようと決めました。 シエナは白い鶏を、フィレンツェは黒い鶏を選びました。 フィレンツェ側の黒い鶏は、エサを与えられず、おなかが空いて朝早く鳴きました。 一方、シエナ側の白い鶏は、通常通り鳴きました。 したがって、フィレンツェ側の騎士は、シエナ側より早くスタートしました。 当然、境界線は、よりシエナの近くになり、キャンティの地方はほとんどはフィレンツェ共和国の支配となりました。 フィレンツェを勝利を導いた黒い鶏がキャンティクラシコのシンボルとなったそうです。 カステロ・ディ・ヴェラザーノの見晴らし台からは、シエナのお城がみえます。 ヴェラザーノのお城 キャンティ クラシコが見渡せる素晴らしい眺望です 7世紀から続くヴェラザーノ城 ニューヨークから記念に贈られた石が3個シンボルとして飾られています ニューヨーク湾の石でイタリアの国旗の赤・白・緑の色をしていたそうですが、今は色がはげかけていました。 ジョヴァンニが航海の練習をした池 シャトーヴィジットとしても使われている 中央にみえるのがシエナのお城 ワインの樽熟の際にワインが目減りして酸化しないように、ダヴィンチが発明したそうです トスカーナのワイナリーはこれを使っているところが多いそうです ヴェラザーノ家の紋章が樽についています ヴァン・サント(陰干しにして造る甘口ワイン)を造るときにぶどうを干しておくもの 原始的なやり方をそのまましています ヴェラザーノ家のコレクション ヴェラザーノ家のコレクション バルサミコ酢を10年熟成する。 奥の樽から少しずつサイズが小さくなっていて、毎年入れ替えて10年熟成します とろっとして甘味があるおいしいバルサミコ酢でした 試飲のワインは3種類 (見学&3種類試飲 一人31ユーロ) ①サンジョベーゼのロゼワイン ②キャンティ クラシッコ(下の写真右) ③キャンティ クラシッコ レゼルヴァ(下の写真左) フィレンツェまでの帰り道、なだらかな丘とぶどう畑、糸杉の景色がずっと続きます |
*~*~*~ アミの想い ~*~*~*~*~*
大切な人たちとの楽しいおしゃべり、幸せな時間
自然の恵みに感謝と喜びあふれる豊かな時間
私たちの笑顔、喜び、幸せが地域に波及して
明るい未来につながることを心から祈っています。
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