
往来物を中心とするリテラシー日本史。往来物の材料として直江状や百姓一揆の訴状といった今の常識では考えられないようなものも使用していたというのが面白い。何かと評価されがちな江戸時代の識字率については、地域差の問題や「識字率」の定義そのものを俎上に上げて、特に幕末の外国人による「世界一」という評価に疑問を呈している。文書を手本とすることや識字率の評価について海外の事例を参考に挙げているのもポイントだろう。
読了日:07月02日 著者:八鍬 友広

「倭国大乱」は列島内に戦乱が満ちたことを意味せず、単に中国などとの交渉の窓口がなくなったことを指すにすぎないとか、東遷とはイト国、キビ国、イヅモ国の諸連合を中心とする新生倭国が纏向に遷都したことを指すとする独自の東遷論であるとか、コメの生産や鉄器化が王権の形成に直結したわけではないとか、独自の議論が目につくが、いずれも考古学の成果に基づいた着実な議論であるように思う。妥当かどうかは別として、数多のトンデモとは一線を画している。卑弥呼を俎上に挙げている以上当然かもしれないが、意外と文献上の考証が多い。
読了日:07月05日 著者:寺沢薫

経済政策から社会保障、環境保護に至るまで、ナチスがしたとされる「良いこと」を検証する。結論としては、それらはいずれも歴史的な文脈や政策の意図を無視した一面的な「切り取り」であり、ほとんど中身がや結果が伴わなかったということになるようだ。また環境保護がドイツでは元々右派によって進められたということや、動物保護政策が反ユダヤ主義とつながるものであったことなど、勉強になる。ナチスについて巷間よく言われることは大体カバーされているので、関連の議論を目にした時に手軽に引ける本として有用。
読了日:07月07日 著者:小野寺 拓也,田野 大輔

戦前の台湾を訪れた女流作家が現地の女性と現地の食べ物を、(帯にあるように)食べ尽くす物語。孤独のグルメの台湾版のような味わいがある。どことなく百合っぽいなと思ったら、訳者あとがきによるとやはり百合小説として書かれたらしい。主人公の千鶴子は通訳となった現地人の千鶴に友情を感じていると公言するが、ある日突然彼女から拒絶の意思をつきつけられるという展開は、現在の日本と台湾の関係が投影されていると見るのは深読みのしすぎだろうか?
読了日:07月09日 著者:楊 双子

中国語の通訳となった主婦の目から見る70~80年代の中国語をめぐる状況。特に70年前後は中国語の母音など発音については現在のようなメソッドがなかったらしいことなど、驚かされることが多い。そして中国語の学習には何かと費用がかかる→主婦が出来る仕事を探す必要があるということで看護婦の資格を取ろうと看護学校に通い出したり、著者の発想とバイタリティにも驚かされる。しかもそれが後々役に立ってくるのである。また当時の中国の旅行事情も興味深い(コロナを経て当時より中国に旅行しづらくなっているのが悲しいが)。
読了日:07月10日 著者:長澤 信子

同じ著者による『古代中国の虚像と実像』の実質的増訂版。各時代を舞台にした説話を批判しつつ三皇五帝から始皇帝までの中国古代通史としても読める作りになっている。前著と比べて世界史や現代世界との比較が盛り込まれてる分話に転がりがあるが、説話の批判は「理屈から言ってあり得ない」式のツッコミが大半なのでやや物足りない。たとえば春秋時代の説話については小倉芳彦による『左伝』の腑分けを紹介しても良かったのではないか?
読了日:07月13日 著者:落合 淳思

明代中国人による日本論というか、前近代の今で言う「民族誌」に相当するものとして『日本一鑑』を評価しようという試み(だと思う)。当然ながら地理に関する話が多いが、読んでいて面白いのは何と言っても当時の日本人の習俗に関する記述である。切腹にまつわる習俗に一種の礼制のようなものを見出しているかのように見えるのは面白い。
読了日:07月15日 著者:上田 信

出だしの軽さとは裏腹に、中身は無常のイメージと伝承の地域的、時代的変遷、そして鬼から神への変化を追った本格的な中国民俗論というか中国妖怪論となっている。結論的にはその変遷の過程は、本書の言葉を借りればベン図的な複雑なものになるようだ。間に挿入されている「無常珍道中」は調査旅行の実際とコロナ前の中国の状況を伝えてくれる。台湾の妖怪論はぼちぼち出てきているが、大陸の妖怪論も今後の充実に期待したい。
読了日:07月18日 著者:大谷 亨

エジプト・シリア、中国、ペルーの三つの地域での体験談を三名の考古学者がまとめた本だが、一番期待していた中国の章のページ数がほかの章の半分程度…… (ほかの地域も書けなかったことはあるようなので、政治的な事情を関係ないだろう。為念)ペルーの章を読むと、それこそ中国でもありそうな学問事情が語られている。「怖い目」ということで、一部オカルト話もあり。映画のような話はないが、漫画みたいな話はあるという感じ。
読了日:07月20日 著者:大城 道則,芝田 幸一郎,角道 亮介

親への孝の主君への忠に対する優先、結婚と離婚の決まり、嫡長子相続の原則、災異思想、天の思想等々、古代中国の儒教のエッセンスを解説。最近出版された「ナチスは良いこともしたのか?」ではないが、「儒教は良いこともしたのか?」というテーマでも読める本かもしれない。ただ、本書でも時に『老子』など他の諸子を引くように、これらの思想がどこまで儒教特有のものと言えるか疑問に感じもするが……
読了日:07月22日 著者:串田久治

劉秀が皇帝となるまでの話は半分程度で切り上げ、あとは皇帝になった後の話、施策、人間像の話で埋めている。讖緯思想との関わりについて光武帝も「時代の子」という限界があり、その点で王莽の後継者であったと評価する。「古典国制」に絡んで前漢末からの刺史と州牧の度重なる名称変更についても触れている。短い紙幅でやや詰め込みすぎかなとも思うが、後漢成立に至るまでの戦乱から倭国との通交や徴姉妹の反乱などを含めた対外関係に至るまで、光武帝とその時代を要領よくまとめている。
読了日:07月23日 著者:小嶋 茂稔

足利尊氏を、中身が空っぽで人の意見に流されやすく、それ故に世間を体現する人間として描き出す。尊氏は名以上を知らない人間からは「さすが尊氏殿」と過剰評価される。終盤までそのネタひとつで引っ張るので途中で飽きてくるが、いい加減もう飽き飽きというタイミングで尊氏が唯一嫌悪する直冬が登場し、彼の登場もあって「盟友」として描かれていた直義と師直が決裂し、話が再び面白くなってくる。読書を重ねた尊氏が年を取ってから成長するというのも面白い。
読了日:07月29日 著者:垣根 涼介
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