博客 金烏工房

中国史に関する書籍・映画・テレビ番組の感想などをつれづれに語るブログです。

『大秦帝国之崛起』その3

2017年03月01日 | 中国歴史ドラマ
『大秦帝国之崛起』第13~18話まで見ました。

秦討伐のための合縦を成立させた蘇秦ですが、彼の真の狙いは、斉の湣王の領土欲を刺激して秦を伐つと見せかけて小国の宋を征服させ、同盟諸国のヘイトを募らせて斉を破滅に追い込むというもの。政敵の趙の奉陽君に燕のスパイであることを湣王にバラされかけますが、蘇秦も負けじと奉陽君を批判し、二人仲良く牢獄へ。

そして蘇秦の真意を見抜けなかった湣王はまんまと宋へと侵攻し、今度は我らが秦の昭襄王が「このまま斉に従っていてはあなた方も宋と同じ運命になりますよ?」と諸国との同盟を成立させ、斉があべこべに攻められる番に。燕の楽毅を総大将として諸国が一枚岩になるかと思いきや、楚は巧みに出兵を回避し、逆に斉に少数の援軍を送って湣王を救い出し、恩を売ろうと画策。しかしその援軍を率いた淖歯が湣王を殺害し、それに先だって蘇秦も裏切り者として車裂の刑に処されたのでした……

一方、昭襄王の叔父・魏冉は魏の孟嘗君と、自分が宋の陶邑を、孟嘗君が他の宋の領土を得るという形で裏取引。この魏冉が更に欲をかいて陶邑の領土を拡大しようと魏へと侵攻します。魏冉のやりように怒った孟嘗君は、持ち前のコミュ力であっという間に燕・趙との対秦同盟を成立させ、函谷関へと押し寄せます。昭襄王はその後始末のために魏冉を丞相をから罷免。

何とか事が収まったと思ったら、今度は昭襄王の寵姫・魏伶優が、趙から「和氏の璧」を取り寄せ、宣太后の贈り物をしたらどうかと唆します。実はこの伶優、反乱をおこした公子壮の関係者の子孫で、昭襄王とは仇同士という因縁があるのですが……


じゃあ秦の領土と交換しようということで、秦に使者としてやって来るのが藺相如。画像のごとく、お馴染み「完璧帰趙」のエピソードが展開されます。前回楚の懐王が秦から逃亡後に諸国でたらい回しに遭った時に、趙で身分の証明としてこの「和氏の璧」を差し出す場面がありましたが、今回の伏線だったんですね……

ついで秦では楚への侵攻が計画され、白起が蜀の治水で活躍した李冰父子の協力を得て旧都の鄢を水攻めにし、更に都の郢も陥落。水攻めで多くの死者が出たことに心を痛めた宣太后は、それと前後して生まれた初の曾孫に子楚と名づけます。後の荘襄王、始皇帝の父親ですね。


いつぞやの楚の懐王の帰還をめぐって宮廷を追われていた屈原は、楚の衰退に絶望して汨羅に入水。激昂のあまり川に飛び込むということもなく、割と冷静に歩いてズブズブと川の中を歩いて行く入水のしかたが印象的です。ともかくこれで第2部『縦横』からの登場人物が退場することに。

こうしてまた時が過ぎ去り、ふいにこれまた前作の登場人物義渠駭が咸陽を訪れます。宣太后が秦の恵文王に嫁ぐ以前の夫ですね。かつては義渠王と称していましたが、秦の統治に服した今は義渠県令となっています。その彼が宣太后と昔話に興じるのかと思いきや、密かに趙と結託して秦攻めと義渠国復興を画策し……というあたりで次回へ。

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2 コメント

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蘇秦 (wanko)
2017-03-02 11:46:39
中華の観音様の霊験あらたかなおみくじがあるんですが、毎回歴史の故事を例として出してくれます。
こないだ家人がひいたおみくじには「蘇秦なんたら」って書いてあって、意味的には、今は苦難のときだがそのうち花咲くような内容だったと思ったのですが、最後は車裂きの刑じゃあ、嫌だなあ。
ちなみに別のおみくじのときは、今はその時期ではない。失敗するというお告げの例が安禄山でした。
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Unknown (さとうしん)
2017-03-02 20:55:04
>wankoさま
確かに蘇秦と言えばチャイニーズドリームの代表格というイメージがあります (^_^;) 苦難の後に花が咲くの例としては劉邦あたりの方が縁起がいいんでしょうけど…
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