活版印刷紀行

いまはほとんど姿を消した「活版印刷」ゆかりの地をゆっくり探訪したり、印刷がらみの話題を提供します。

いつ、だれが国字活字を作ったのか?

2007-12-15 12:33:49 | 活版印刷のふるさと紀行
 キリシタン版の印刷には謎が多すぎます。
 
 その一つが、この「国字」、つまり、日本文字の活字の出現の早さです。ドラードたちは、1590年に活版印刷機を加津佐に陸揚げして、翌年の91年に『サントスのご作業の内抜書き』を印刷しました。この『サントス』に使った活字はリスボン仕込のローマン活字で用が足りましたが、翌年に、はやくも国字本第1号の『どちりな・きりしたん』を印刷しております。

 AからZまで26文字のローマ字と違って、日本文字を印刷するための活字の数は膨大です。しかも漢字あり、仮名ありです。そして、木を彫る「木活字」と違って硬い鋼鉄に父型を彫り、母型を起こし、活字をつくる難工程があります。私は、いったい、この短時間の間に、だれが手がけたのか不思議に思います。


 サポートしてくれたイタリア人の技師たちでは、逆立ちしても国字の彫刻には手が貸せなかったはずです。ドラードたち日本人の印刷人にも荷が重い作業でした。この謎ときは大変です。 

 私はひょっとして、マカオ滞在中に漢字の版下を明国人に委嘱して進めていたのではないかと考えます。仮名は帰国後に手がけてもなんとかなりました。
鋳造作業は外人修道士の手を借りて進めたのではないでしょうか。

 たくさんの先生方のてによってキリシタン版の活字の書体の研究などが進められているのはうれしいことですが、この、いつ、だれが、どうして国字活字を作ったかというハード寄りの事柄は、どなたもあまり、調べてはいただけません。

どなたか、立候補していただけないでしょうか。
コメント (1)
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