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【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(16)
玉鬘の御住居を、夏の御殿・花散里の西の対にお定めになります。花散里という方は、
「あひずみにも、忍びやかにこころよくものし給ふ御方なれば、うち語らひてもありなむ、と思しおきつ」
――源氏は、同居でも、内気で気だてのよい御方ですから、玉鬘と仲良くなさるでしょうと、思われたのでした――
源氏は、ここではじめて、紫の上にも、あの昔の夕顔との恋物語を話し出されました。紫の上は、今までずうっとお心に秘密にしてこられたことを恨みに申し上げますと、源氏は、
「理なしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでにへだてぬこそは、人にはことに思ひ聞ゆれ」
――それは無理なこと。生きている人のことでさえ、聞かれもしないのに話出しはしない。それをこんな機会に隠さずお話をするのは、つまり、あなたを特別大切に思っているからですよ――
とおっしゃって、また懐かしげに思い出されるままに、
「(……)自からさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、また類なくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人のなみには、などか見ざらまし。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」
――(世間で、沢山の女の執念の深さを見てきましたから、自分は決して浮いた心は持つまいと思っていたのですが)やはり、そうもしていられない女も大勢いた中に、実に可憐と思われる点では、あの夕顔は、他に並ぶ者もなく思いだされるのですよ-―
紫の上は、
「さりとも明石なみには、たちならべ給はざらし」
――それでもまさか、明石の御方ほどの待遇はなさらないでしょう――
と、やはり、明石の御方を気に障る方として、お心に許していらっしゃらないようです。しかし、傍らで明石の姫君の愛らしいご様子をご覧になると、その可愛らしさに、
「また道理ぞかし、と思しかへさる。」
――源氏が姫君の御母として明石の御方を重んじられるのも尤ものことと、紫の上は思い返されるのでした。――
ではまた。
【玉鬘(たまかづら)】の巻】 その(16)
玉鬘の御住居を、夏の御殿・花散里の西の対にお定めになります。花散里という方は、
「あひずみにも、忍びやかにこころよくものし給ふ御方なれば、うち語らひてもありなむ、と思しおきつ」
――源氏は、同居でも、内気で気だてのよい御方ですから、玉鬘と仲良くなさるでしょうと、思われたのでした――
源氏は、ここではじめて、紫の上にも、あの昔の夕顔との恋物語を話し出されました。紫の上は、今までずうっとお心に秘密にしてこられたことを恨みに申し上げますと、源氏は、
「理なしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでにへだてぬこそは、人にはことに思ひ聞ゆれ」
――それは無理なこと。生きている人のことでさえ、聞かれもしないのに話出しはしない。それをこんな機会に隠さずお話をするのは、つまり、あなたを特別大切に思っているからですよ――
とおっしゃって、また懐かしげに思い出されるままに、
「(……)自からさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、また類なくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人のなみには、などか見ざらまし。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」
――(世間で、沢山の女の執念の深さを見てきましたから、自分は決して浮いた心は持つまいと思っていたのですが)やはり、そうもしていられない女も大勢いた中に、実に可憐と思われる点では、あの夕顔は、他に並ぶ者もなく思いだされるのですよ-―
紫の上は、
「さりとも明石なみには、たちならべ給はざらし」
――それでもまさか、明石の御方ほどの待遇はなさらないでしょう――
と、やはり、明石の御方を気に障る方として、お心に許していらっしゃらないようです。しかし、傍らで明石の姫君の愛らしいご様子をご覧になると、その可愛らしさに、
「また道理ぞかし、と思しかへさる。」
――源氏が姫君の御母として明石の御方を重んじられるのも尤ものことと、紫の上は思い返されるのでした。――
ではまた。