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【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(1)
引き続き同じ年の三月。
人物の年齢も「初音の巻」と同じ。
兵部卿の宮 源氏の異母弟
中将 内大臣の長男・柏木
中将の君 夕霧
秋好中宮 六条御息所の御娘、冷泉帝の中宮、六条秋の御殿を里とする。
「三月の二十日あまりの頃ほい、春の御前の有様、常よりことにつくしてにほふ花の色、鳥の声、外の里にはまだ旧りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。(……)」
――三月の二十日過ぎのころ、春の御殿のお庭は、例年より特に優れて咲き匂う花の色香や、鳥の声の囀りが、他の里に比べて、ここはまだ盛りが過ぎないのかと、よその囲いの内に住む方々には、珍しくも羨ましくも思われます。(築山の木立や池の中島のあたりの、一段と緑の色を増した苔の様子などを、若い女房達がわずかにしか見られず、気を揉む様子なので、源氏は、唐風の船を造らせて、急いで艤装などもおさせになりました。)
「中宮はこのころ里におはします。…大臣の君も、いかでこの花の折、ご覧ぜさせむと思し宣へど、ついでなくて軽らかにはひわたり、花ももて遊び給ふべきならねば、(……)」
――秋好中宮は、このころ里下がりをなさっておいでです。源氏はこの花盛りの景色を中宮にお見せしたいと思っておりましたが、同じ六条院の内とはいえ、何かのついでがなくては、軽々しく外でお花見などおできになれないので、お考えになりましたのは、
「若き女房達の、ものめでしぬべきを船に乗せ給うて、(……)龍頭鷁首を、唐の装ひに、ことごとしうしつらひて、梶とり棹さす童、みな鬟ゆひて、唐土だたせて、
(……)」
――中宮付きの若い女房達で、人目を引きそうな者たちを、船に乗せて、(中宮の庭の南の池は紫の上の庭に通じて造ってあり、その間にある小さい山を境界線にしてありますので、その山の先を漕ぎ巡ってこられるようになっております。紫の上の方では、東の釣殿にこちらも若い女房達をお集めになっております。)龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)を唐風に華美に仕立てて、なにもかもことごとく唐風の扮装をおさせになって、
梶をとり、棹をさす童もみな髪を鬟(みずら)結って、唐風の風俗をさせ、(大きな池に漕ぎ出てきますと、本当の外国に来たようで、しみじみと春の御殿を見慣れない中宮付きの女房達は、心底から素晴らしいと思うのでした。)――
中島に何気なく配置した石の趣、青々と色を増した柳が枝を垂れ、桜も今を盛りと咲き匂い、藤の花房、池に影を映している山吹。水鳥が二羽なかよく泳ぎまわり、いつまでも見飽きない絵のようで、時のたつのも覚えぬままに夕暮になってしまいました。
女房達はまだまだこの景色を楽しみたかったのですが、船は釣殿にさし寄せられて皆下船しました。
◆写真:春の御殿(源氏と紫の上の御殿) 三月二十日のころ。
左奥の女房たちは碁を打っています。
ではまた。
【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(1)
引き続き同じ年の三月。
人物の年齢も「初音の巻」と同じ。
兵部卿の宮 源氏の異母弟
中将 内大臣の長男・柏木
中将の君 夕霧
秋好中宮 六条御息所の御娘、冷泉帝の中宮、六条秋の御殿を里とする。
「三月の二十日あまりの頃ほい、春の御前の有様、常よりことにつくしてにほふ花の色、鳥の声、外の里にはまだ旧りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。(……)」
――三月の二十日過ぎのころ、春の御殿のお庭は、例年より特に優れて咲き匂う花の色香や、鳥の声の囀りが、他の里に比べて、ここはまだ盛りが過ぎないのかと、よその囲いの内に住む方々には、珍しくも羨ましくも思われます。(築山の木立や池の中島のあたりの、一段と緑の色を増した苔の様子などを、若い女房達がわずかにしか見られず、気を揉む様子なので、源氏は、唐風の船を造らせて、急いで艤装などもおさせになりました。)
「中宮はこのころ里におはします。…大臣の君も、いかでこの花の折、ご覧ぜさせむと思し宣へど、ついでなくて軽らかにはひわたり、花ももて遊び給ふべきならねば、(……)」
――秋好中宮は、このころ里下がりをなさっておいでです。源氏はこの花盛りの景色を中宮にお見せしたいと思っておりましたが、同じ六条院の内とはいえ、何かのついでがなくては、軽々しく外でお花見などおできになれないので、お考えになりましたのは、
「若き女房達の、ものめでしぬべきを船に乗せ給うて、(……)龍頭鷁首を、唐の装ひに、ことごとしうしつらひて、梶とり棹さす童、みな鬟ゆひて、唐土だたせて、
(……)」
――中宮付きの若い女房達で、人目を引きそうな者たちを、船に乗せて、(中宮の庭の南の池は紫の上の庭に通じて造ってあり、その間にある小さい山を境界線にしてありますので、その山の先を漕ぎ巡ってこられるようになっております。紫の上の方では、東の釣殿にこちらも若い女房達をお集めになっております。)龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)を唐風に華美に仕立てて、なにもかもことごとく唐風の扮装をおさせになって、
梶をとり、棹をさす童もみな髪を鬟(みずら)結って、唐風の風俗をさせ、(大きな池に漕ぎ出てきますと、本当の外国に来たようで、しみじみと春の御殿を見慣れない中宮付きの女房達は、心底から素晴らしいと思うのでした。)――
中島に何気なく配置した石の趣、青々と色を増した柳が枝を垂れ、桜も今を盛りと咲き匂い、藤の花房、池に影を映している山吹。水鳥が二羽なかよく泳ぎまわり、いつまでも見飽きない絵のようで、時のたつのも覚えぬままに夕暮になってしまいました。
女房達はまだまだこの景色を楽しみたかったのですが、船は釣殿にさし寄せられて皆下船しました。
◆写真:春の御殿(源氏と紫の上の御殿) 三月二十日のころ。
左奥の女房たちは碁を打っています。
ではまた。