12/12 249回
【初音(はつね)】の巻】 その(5)
明石の御方の所にお泊りになった源氏は、まだ夜の明けぬ前に紫の上の許にお帰りになりました。明石の御方は、
「かくしもあるまじき夜深さぞかし、と思ふに、名残もただならずあはれに思ふ。」
――こんな夜の内にお帰りにならなくても、と明石の御方は、昨夜の名残り惜しさも一通りではありません。――
源氏は、待ちうけている紫の上の、ご機嫌の悪さも察せられて、
「あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかし給はで」
――とんだ仮寝をして子供のように寝てしまったのを、そのまま起してもくださらなかったので――
とか何とか、紫の上のご機嫌をとられるご様子もおかしく見えますが、紫の上はご返事もなさらないので横を向いていらっしゃるので、これは面倒なことになったとお思いになって、空寝入りをなさり、日が高くなってから起きられました。
正月二日は、臨時客にかこつけて、紫の上とはお顔をお合わせにならないでしまいました。上達部や親王たちが常のように残らずお出でになり、管弦のお遊びがあって、たいそうにぎやかな夕べです。
今年は殊に、若い上達部などは、新しい姫君がいらっしゃるらしいと、玉鬘を心に掛けて、そぞろに胸をときめかせていられるのが、例年とは様子が違っております。
「かくののしる馬車の音をも、物隔てて聞き給ふ御方々は、蓮の中の世界にまだ開けざらむ心地もかくや、とこころやましげなり。」
――このように賑やかな馬や牛車の行き通う音をも、築地や築山や木立などを隔てて聞かれる女方は、まだ花の開かない蓮の中に閉じ込められた心持はこうもあろうかとおもわれる、もどかしいご気分です。――
ましてや、二条院の東の院に住まわれている方々は、年月が経つにつれ、侘しいことばかりが多くなって行くようです。
◆臨時客=正月の二,三日の間に摂関の邸で臨時に大臣以下公卿を招いて饗応する。
ではまた。
【初音(はつね)】の巻】 その(5)
明石の御方の所にお泊りになった源氏は、まだ夜の明けぬ前に紫の上の許にお帰りになりました。明石の御方は、
「かくしもあるまじき夜深さぞかし、と思ふに、名残もただならずあはれに思ふ。」
――こんな夜の内にお帰りにならなくても、と明石の御方は、昨夜の名残り惜しさも一通りではありません。――
源氏は、待ちうけている紫の上の、ご機嫌の悪さも察せられて、
「あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかし給はで」
――とんだ仮寝をして子供のように寝てしまったのを、そのまま起してもくださらなかったので――
とか何とか、紫の上のご機嫌をとられるご様子もおかしく見えますが、紫の上はご返事もなさらないので横を向いていらっしゃるので、これは面倒なことになったとお思いになって、空寝入りをなさり、日が高くなってから起きられました。
正月二日は、臨時客にかこつけて、紫の上とはお顔をお合わせにならないでしまいました。上達部や親王たちが常のように残らずお出でになり、管弦のお遊びがあって、たいそうにぎやかな夕べです。
今年は殊に、若い上達部などは、新しい姫君がいらっしゃるらしいと、玉鬘を心に掛けて、そぞろに胸をときめかせていられるのが、例年とは様子が違っております。
「かくののしる馬車の音をも、物隔てて聞き給ふ御方々は、蓮の中の世界にまだ開けざらむ心地もかくや、とこころやましげなり。」
――このように賑やかな馬や牛車の行き通う音をも、築地や築山や木立などを隔てて聞かれる女方は、まだ花の開かない蓮の中に閉じ込められた心持はこうもあろうかとおもわれる、もどかしいご気分です。――
ましてや、二条院の東の院に住まわれている方々は、年月が経つにつれ、侘しいことばかりが多くなって行くようです。
◆臨時客=正月の二,三日の間に摂関の邸で臨時に大臣以下公卿を招いて饗応する。
ではまた。