2011. 6/1 950
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(11)
「八月になりぬれば、その日などほかよりぞ伝へ聞き給ふ。宮はへだてむとにはあらねど、言ひ出でむほど心くるしういとほしくおぼされて、さものたまはぬを、女君はそれさへ心憂くおぼえ給ふ。しのびたることにもあらず、世の中なべて知りたる事を、その程などだにのたまはぬことよ、と、いかがうらめしからざらむ」
――八月になって、匂宮と六の君のご婚儀の日取りなども、女君(中の君)は人伝にお聞きになりました。匂宮は隠しておくおつもりではないのですが、お知らせするのも心ぐるしく、お気の毒の思えて言い出されないのを、女君はそれさえも辛い事とお思いになります。六の君とのご婚儀は別に秘密のことでもなく、世の中の皆がすでに知っていることなのに、その日取りさえ教えてくださらないとは、と、お恨み申し上げずにはいられないのでした――
「かく渡り給ひしのちは、ことなることなければ、内裏に参り給ひても、夜とまる事はことにし給はず、ここかしこの御夜がれなどもなかりつるを、にはかにいかに思ひ給はむ、と、心ぐるしきまぎらはしに、この頃は、時々宿直とて参りなどし給ひつつ、かねてよりならはしきこえ給ふをも、ただつらき方にのみぞ思ひおかれ給ふべき」
――(中の君が)こうして二條院に移られて後は、特別のことがなければ、匂宮は内裏に参内されても宿直なさることもなく、ここかしこに外泊して中の君のところを留守にすることもありませんでしたのに、六の君と結婚したならば、急にこちらを空けることも多くなり、中の君はどう思われるだろう、と、匂宮は先々を考えて、中の君の気を紛らわすために、この頃は、時々内裏の宿直だと理由をつけて、留守に馴れさせなさるのも、中の君はただただご寵愛が薄れてのことだとばかりお思いになっていらっしゃる――
薫中納言も、六の君の事をお聞きになって、中の君のためには何とお気の毒なことよ、とお思いになります。お心の中で、
「花心におはする宮なれば、あはれとおぼすとも、今めかしき方にかならず御心うつろひなむかし、女方も、いとしたたかなるわたりにて、ゆるびなくきこえまつはし給はば、月ごろもさもならひ給はで、待つ夜多く過ごし給はむこそ、あはれなるべけれ」
――匂宮というお方はとにかく浮気っぽい方だから、中の君を可愛いとは思われても、今風な派手な六の君の方にご愛情が移るであろうよ。六の君も今もっともご威勢のある夕霧が御後見人であれば、しっかりと匂宮を引きつけて置かれるだろうし、夜離れ(よがれ)などご経験のない中の君でありましょうから、空しく匂宮を待つ夜が多くなられるだろう、それはまったくお気の毒なことだ――
などと思いやるにつけても一方では、
「あいなしや、わが心よ、何しにゆづりきこえけむ」
――いやまったく、矛盾したつまらぬ料簡をおこしたものだ、どうして中の君を匂宮にお譲りしてしまったことか――
◆女君=結婚したては「対の御方」、妊娠して女を強調するとき「女君(おんなぎみ)」
では6/3に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(11)
「八月になりぬれば、その日などほかよりぞ伝へ聞き給ふ。宮はへだてむとにはあらねど、言ひ出でむほど心くるしういとほしくおぼされて、さものたまはぬを、女君はそれさへ心憂くおぼえ給ふ。しのびたることにもあらず、世の中なべて知りたる事を、その程などだにのたまはぬことよ、と、いかがうらめしからざらむ」
――八月になって、匂宮と六の君のご婚儀の日取りなども、女君(中の君)は人伝にお聞きになりました。匂宮は隠しておくおつもりではないのですが、お知らせするのも心ぐるしく、お気の毒の思えて言い出されないのを、女君はそれさえも辛い事とお思いになります。六の君とのご婚儀は別に秘密のことでもなく、世の中の皆がすでに知っていることなのに、その日取りさえ教えてくださらないとは、と、お恨み申し上げずにはいられないのでした――
「かく渡り給ひしのちは、ことなることなければ、内裏に参り給ひても、夜とまる事はことにし給はず、ここかしこの御夜がれなどもなかりつるを、にはかにいかに思ひ給はむ、と、心ぐるしきまぎらはしに、この頃は、時々宿直とて参りなどし給ひつつ、かねてよりならはしきこえ給ふをも、ただつらき方にのみぞ思ひおかれ給ふべき」
――(中の君が)こうして二條院に移られて後は、特別のことがなければ、匂宮は内裏に参内されても宿直なさることもなく、ここかしこに外泊して中の君のところを留守にすることもありませんでしたのに、六の君と結婚したならば、急にこちらを空けることも多くなり、中の君はどう思われるだろう、と、匂宮は先々を考えて、中の君の気を紛らわすために、この頃は、時々内裏の宿直だと理由をつけて、留守に馴れさせなさるのも、中の君はただただご寵愛が薄れてのことだとばかりお思いになっていらっしゃる――
薫中納言も、六の君の事をお聞きになって、中の君のためには何とお気の毒なことよ、とお思いになります。お心の中で、
「花心におはする宮なれば、あはれとおぼすとも、今めかしき方にかならず御心うつろひなむかし、女方も、いとしたたかなるわたりにて、ゆるびなくきこえまつはし給はば、月ごろもさもならひ給はで、待つ夜多く過ごし給はむこそ、あはれなるべけれ」
――匂宮というお方はとにかく浮気っぽい方だから、中の君を可愛いとは思われても、今風な派手な六の君の方にご愛情が移るであろうよ。六の君も今もっともご威勢のある夕霧が御後見人であれば、しっかりと匂宮を引きつけて置かれるだろうし、夜離れ(よがれ)などご経験のない中の君でありましょうから、空しく匂宮を待つ夜が多くなられるだろう、それはまったくお気の毒なことだ――
などと思いやるにつけても一方では、
「あいなしや、わが心よ、何しにゆづりきこえけむ」
――いやまったく、矛盾したつまらぬ料簡をおこしたものだ、どうして中の君を匂宮にお譲りしてしまったことか――
◆女君=結婚したては「対の御方」、妊娠して女を強調するとき「女君(おんなぎみ)」
では6/3に。