永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(953)

2011年06月07日 | Weblog
2011. 6/7      953

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(14)

 薫が使い馴らしている女達の中には、宇治の姫君たちの身分に劣らぬ家柄の人々もいるのです。時勢のために家運が衰え、困窮している家柄の人々を探し出しては侍女としてお使いになっているのです。そうしてはいつも、

「今はと世をのがれそむき離れむ時、この人こそ、と、とりたてて、心とまるほだしになるばかりなる事はなくて過ぐしてむ、と思ふ心深かりしを、いでさもわろく、わが心ながらねぢけてもあるかな」
――いよいよ出家しようとする時に、この女だけはと特に心が残るようなことのないように過ごそうと深く心に決めていたものを、いやもう大君故に、こんなに見苦しいことになってしまい、(折角の帝からの御縁談にも気が進まないとは)全く自分は偏屈者だ――

 と、いつもより更に眠られずに明かした朝、霧の間から見える垣根の花々に目を止められて、中でも、はかなげに咲く朝顔に、古歌の「朝顔は常なき花の色なれや明くるま咲きて移ろひにけり」と口ずさまれて、しみじみとご覧になっているのでした。
人をお呼びになって、

「『北の院に参らむに、ことごとしからぬ車さし出でさせよ』とのたまへば、『宮は昨日より内裏になむおはしますなる。昨夜御車卒て帰り侍りにき』と申す」
――「北の院(二條院のこと、薫の住いの三條の宮から北に当たるので)に参上するが、あまり目立たぬ車を用意せよ」と伝えますと、仕える者が「匂宮は昨日より内裏に行かれたままです。昨夜お車だけがお帰りだったようです」と申し上げます。

 薫は、

「さばれ、かの対の御方のなやみ給ふなる、とぶらひきこえむ。今日は内裏に参るべき日なれば、日たけぬさきに」
――それはどうでもよい。あちらの御方(中の君)のお加減が悪いと伺ったので、お見舞い申し上げよう。今日は参内する日だから、日が高くならないうちに――

 と、おっしゃって、念入りにお化粧やお召し替えをなさって、お出かけになるついでに、庭の朝顔を折ってお持ちになる。そのお姿は殊更思わせぶりに振る舞っておられる訳ではありませんが、雅やかで品が良く、何をなさらなくてもただ佇んでおられるだけでお美しい。わざと気取っている伊達男など、足元にも及ばないなまめかしさです。

(歌)「けさのまの色にやめでむおく露の消えぬにかかる花と見る見る」
――せめてつかの間の一輪を愛(め)でもしようか、朝露の消えぬ間の命なのだから――

◆さばれ=さはあれ=それはそうだが

では6/9に。