2011. 6/27 963
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(24)
「松風の吹き来る音も、荒ましかりし山おろしに思ひくらぶれば、いとのどかになつかしくめやすき御住ひなれど、今宵はさもおぼえず、椎の葉の音にはおとりて思ほゆ」
――松を渡る風の音も、あの宇治の荒々しかった山風に比べれば、この二条院はたいそうのどかに好ましいお住まいではありますが、今宵はそうは思えず、宇治の椎がもとに吹きよる風がなつかしい――
「『山里のまつのかげにもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき』来し方忘れにけるにやあらむ」
――(中の君の歌)「宇治の山里の住いでもこれほどわびしい秋風を聞いた事はなかったものを」過ぎ去った日々の辛さを、中の君はお忘れになったのでしょうか――
歳をとった女房などが、
「今は入らせ給ひね。月見るは忌み侍るものを、あさましく、はかなく御くだものをだに御らんじ入れねば、いかにならせ給はむ。あな見ぐるしや。ゆゆしう思ひ出でらるることも侍るを、いとこそわりなく」
――さあ、もう中にお入りください。月をじっとご覧になりますのは不吉だともうしますのに。それにほんの少しのお食事も召しあがらず、せめて水菓子をとおもっても見向きもされないでは、いったいどうなりますやら。ああ何と辛いことでしょう。つい不吉なことも思い出されて、心配でなりません――
と、溜息をつきつつ申し上げますし、若い女房も嘆かわしげに、
「いで、この御事よ。さりとも、かうておろかにはよもなりはてさせ給はじ。さ言へど、もとの志深く思ひそめつる中は、名残りなからぬものぞ」
――それにしても、匂宮のなさり方のひどい事。まさかこのまま疎遠になりきっていまわれますまい。何と言ってももともと深いお気持で愛しはじめた間柄ですもの、まったく切れてはしまいませんでしょうとも――
と、聞きにくいことを囁き合っています。
◆月見るは忌み侍る=月夜は不吉な事がおこると思われていたか。かぐや姫が満月の月夜に月に惹きつけられて帰るなど。
◆お月見とは
お月見は旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、この日の月は「中秋の名月」、「十五夜」、「芋名月」と呼ばれます。月見の日には、おだんごやお餅(中国では月餅)、ススキ、サトイモなどをお供えして月を眺めます。
月見行事のルーツはよくわかっていません。最近の研究によると、中国各地では月見の日にサトイモを食べることから、もともとはサトイモの収穫祭であったという説が有力となっています。その後、中国で宮廷行事としても行われるようになり、それが日本に入ったのは奈良~平安時代頃のようです。
また、日本では8月15日だけでなく9月13日にも月見をする風習があり、こちらは「十三夜」、「後の月」、「栗名月」とも呼ばれています。十三夜には、月見団子の他に栗や枝豆をお供えします。各地には「十五夜をしたなら、必ず十三夜もしなければいけない」という言葉が伝えられており、片方だけの月見を嫌う風習があったようです。十三夜の風習は中国にはなく、日本独自のものです。
では6/29に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(24)
「松風の吹き来る音も、荒ましかりし山おろしに思ひくらぶれば、いとのどかになつかしくめやすき御住ひなれど、今宵はさもおぼえず、椎の葉の音にはおとりて思ほゆ」
――松を渡る風の音も、あの宇治の荒々しかった山風に比べれば、この二条院はたいそうのどかに好ましいお住まいではありますが、今宵はそうは思えず、宇治の椎がもとに吹きよる風がなつかしい――
「『山里のまつのかげにもかくばかり身にしむ秋の風はなかりき』来し方忘れにけるにやあらむ」
――(中の君の歌)「宇治の山里の住いでもこれほどわびしい秋風を聞いた事はなかったものを」過ぎ去った日々の辛さを、中の君はお忘れになったのでしょうか――
歳をとった女房などが、
「今は入らせ給ひね。月見るは忌み侍るものを、あさましく、はかなく御くだものをだに御らんじ入れねば、いかにならせ給はむ。あな見ぐるしや。ゆゆしう思ひ出でらるることも侍るを、いとこそわりなく」
――さあ、もう中にお入りください。月をじっとご覧になりますのは不吉だともうしますのに。それにほんの少しのお食事も召しあがらず、せめて水菓子をとおもっても見向きもされないでは、いったいどうなりますやら。ああ何と辛いことでしょう。つい不吉なことも思い出されて、心配でなりません――
と、溜息をつきつつ申し上げますし、若い女房も嘆かわしげに、
「いで、この御事よ。さりとも、かうておろかにはよもなりはてさせ給はじ。さ言へど、もとの志深く思ひそめつる中は、名残りなからぬものぞ」
――それにしても、匂宮のなさり方のひどい事。まさかこのまま疎遠になりきっていまわれますまい。何と言ってももともと深いお気持で愛しはじめた間柄ですもの、まったく切れてはしまいませんでしょうとも――
と、聞きにくいことを囁き合っています。
◆月見るは忌み侍る=月夜は不吉な事がおこると思われていたか。かぐや姫が満月の月夜に月に惹きつけられて帰るなど。
◆お月見とは
お月見は旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、この日の月は「中秋の名月」、「十五夜」、「芋名月」と呼ばれます。月見の日には、おだんごやお餅(中国では月餅)、ススキ、サトイモなどをお供えして月を眺めます。
月見行事のルーツはよくわかっていません。最近の研究によると、中国各地では月見の日にサトイモを食べることから、もともとはサトイモの収穫祭であったという説が有力となっています。その後、中国で宮廷行事としても行われるようになり、それが日本に入ったのは奈良~平安時代頃のようです。
また、日本では8月15日だけでなく9月13日にも月見をする風習があり、こちらは「十三夜」、「後の月」、「栗名月」とも呼ばれています。十三夜には、月見団子の他に栗や枝豆をお供えします。各地には「十五夜をしたなら、必ず十三夜もしなければいけない」という言葉が伝えられており、片方だけの月見を嫌う風習があったようです。十三夜の風習は中国にはなく、日本独自のものです。
では6/29に。