2011. 6/13 956
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(17)
その朝顔の色が赤味がかって移ろっていって趣き深く感じられましたので、そっとそれを御簾の下から差し入れて、
(薫の歌)「よそへてぞ見るべかりけるしら露のちぎりかおきしあさがほの花」
――朝顔におく白露のように大君が約束されたあなたを、私は大君と同様に思ってお世話すべきでした――
殊更ではないでしょうが、露をおいたまま枯れそうな朝顔をご覧になって、中の君は、
(中の君の歌)「消えぬまにかれぬる花のはかなさにおくるる露はなほぞまされる」
――露が消えぬ間に枯れてしまったような儚い姉君でしたが、それにおくれた露のような私は、更に儚い身の上です――
つづけて「何にすがってよい私でしょうか」とその後もお続けになれない。そのご様子が、あの大君によく似ていらっしゃると思うにつけても、まず悲しみがこみ上げてくるのでした。しみじみと、
「秋の空は今すこしながめのみまさり侍る、つれづれの紛らはしにも、と思ひて、先つ頃宇治にものし侍りき。庭もまがきもまことにいとど荒れ果てて侍りしに、堪え難きこと多くなむ」
――秋の空は、他の季節より物思いが増すものでございます。そのつれづれの慰めにもと思いまして、先頃宇治へ行って参りましたが、庭や垣根がすっかり荒れ果てておりましたので、堪え難いことの多い思いでございました――
さらに、昔を思い出されたのでしょうか、
「故院の亡せ給ひて後、二、三年ばかりの末に、世をそむき給ひし嵯峨の院にも、六条院にも、さしのぞく人の、心をさめむ方なくなむ侍りける。木草の色につけても、涙にくれてのみなむ帰り侍りける。かの御あたりの人は上下心浅き人なくこそ侍りけれ」
――故院(光源氏)がお亡くなりになって後の、その晩年の二、三年を出家生活をされた嵯峨院にせよ、六条院にせよ、立ち寄られた人は皆、悲しみの心を抑えようもなく、木のさま、草の色を見るにつけ、涙にくれて帰ってきたのでした。源氏のお側にいた人は、上下を問わず悲しみの浅い人はおりませんでした――
◆故院の亡せ給ひて後=源氏の薨去に先立って、晩年の二、三年出家した後、亡くなったことが、この記述ではじめて知られる。源氏が出家の意思を示されたのは「幻の巻」にあるが、そのように実行されたことは見えない。薫を通して、この場面で急に源氏の晩年を説明している点で、記述を疑問視する人もいる。
では6/15に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(17)
その朝顔の色が赤味がかって移ろっていって趣き深く感じられましたので、そっとそれを御簾の下から差し入れて、
(薫の歌)「よそへてぞ見るべかりけるしら露のちぎりかおきしあさがほの花」
――朝顔におく白露のように大君が約束されたあなたを、私は大君と同様に思ってお世話すべきでした――
殊更ではないでしょうが、露をおいたまま枯れそうな朝顔をご覧になって、中の君は、
(中の君の歌)「消えぬまにかれぬる花のはかなさにおくるる露はなほぞまされる」
――露が消えぬ間に枯れてしまったような儚い姉君でしたが、それにおくれた露のような私は、更に儚い身の上です――
つづけて「何にすがってよい私でしょうか」とその後もお続けになれない。そのご様子が、あの大君によく似ていらっしゃると思うにつけても、まず悲しみがこみ上げてくるのでした。しみじみと、
「秋の空は今すこしながめのみまさり侍る、つれづれの紛らはしにも、と思ひて、先つ頃宇治にものし侍りき。庭もまがきもまことにいとど荒れ果てて侍りしに、堪え難きこと多くなむ」
――秋の空は、他の季節より物思いが増すものでございます。そのつれづれの慰めにもと思いまして、先頃宇治へ行って参りましたが、庭や垣根がすっかり荒れ果てておりましたので、堪え難いことの多い思いでございました――
さらに、昔を思い出されたのでしょうか、
「故院の亡せ給ひて後、二、三年ばかりの末に、世をそむき給ひし嵯峨の院にも、六条院にも、さしのぞく人の、心をさめむ方なくなむ侍りける。木草の色につけても、涙にくれてのみなむ帰り侍りける。かの御あたりの人は上下心浅き人なくこそ侍りけれ」
――故院(光源氏)がお亡くなりになって後の、その晩年の二、三年を出家生活をされた嵯峨院にせよ、六条院にせよ、立ち寄られた人は皆、悲しみの心を抑えようもなく、木のさま、草の色を見るにつけ、涙にくれて帰ってきたのでした。源氏のお側にいた人は、上下を問わず悲しみの浅い人はおりませんでした――
◆故院の亡せ給ひて後=源氏の薨去に先立って、晩年の二、三年出家した後、亡くなったことが、この記述ではじめて知られる。源氏が出家の意思を示されたのは「幻の巻」にあるが、そのように実行されたことは見えない。薫を通して、この場面で急に源氏の晩年を説明している点で、記述を疑問視する人もいる。
では6/15に。