永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(641)

2010年02月06日 | Weblog
010.2/6   641回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(56)

 夕霧は、このように言い繕って、さらに、

「院の渡らせ給へらむにも、事のついで侍らば、かうやうにまねび聞こえさせ給へ。ありありて心づきなき心つかふと、思し宣はむを憚り侍りつれど、げにかやうの筋にてこそ、人のいさめをも、自らの心にも従はぬやうに侍りけれ」
――六条院(源氏)がいらっしゃった時にも、ついでの折にこのようにお伝えください。今まで真面目に過ごして来て、今更つまらない料簡を起こしたと父上から思われそうで、遠慮しておりましたが、まったくこの道ばかりは、人の忠告も耳に入らず、わが思うままにもならないものでございますね――

 と、次第にしんみりとお話になります。花散里は、

「人の偽りにやと思ひ侍りつるを、まことにさるやうある御気色にこそは。皆世の常のことなれど、三條の姫君の思さむ事こそいとほしけれ。のどやかにならひ給うて」
――世間の誤解かとおもっておりましたが、本当にそういうこと(ご遺言)があったのですか。それも常の世にあり勝ちなことですが、それにしましても三條の姫君(雲井の雁)のお気持がお可哀そうですね。今まで気楽にお過ごしでいらしたのに――

 と申し上げますと、夕霧は、

「らうたげにも宣はせなす姫君かな。いと鬼しう侍るさがなものを。などてかそれをも疎かにはもてなし侍らむ。かしこけれど、御有様どもにても、おしはからせ給へ。なだらかならむのみこそ、人はつひの事には侍るめれ」
――あれが可愛らしいとおっしゃる姫君ですかね。まったく鬼のようなやかまし屋を。でもどうして私が雲井の雁を粗末にいたしましょう。失礼ですが、あなた方ご自身の身の上からでも御推量ください(源氏は関係のあった女たちを見捨てず)。穏やかな性格こそが結局は良いのです――

 さらに、

「さがなくことがましきも、しばしはなまむつかしう、わづらはしきやうに憚らるる事あれど、それにしも従ひ果つまじきわざなれば、事の乱れ出で来ぬる後、われも人も憎げにあきたらじや」
――(妻が)口うるさくやかましいのも、男は一時は厄介で面倒だと遠慮もしますが、いつまでも妻に従っていられませんから、結局ごたごたが起り、そうなれば双方とも憎らしさに愛想がつかないでいられましょうか――

 ついでのように、

「なほ南の御殿の御心用こそ、さまざまにあり難う、さてはこの御方の御心などこそは、めでたきものには見奉りはて侍りぬれ」
――やはり紫の上の御態度は何かにつけて御立派ですし、また、あなたのお心なども結構だと、今にはっきり分かってきました――

◆さがなくことがましき=性質が悪く、(言がまし)口やかましい。

ではまた。


源氏物語を読んできて(640)

2010年02月05日 | Weblog
010.2/5   640回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(55)

 夕霧は、(歌)

「うらみわび胸あきがたき冬の夜にまた鎖しまさる堰のいはかど」
――あなたの無常が恨めしく胸も晴れない冬の夜に、なおその上、お部屋の戸まで閉めて私を拒絶なさるとは――

 全く申し上げようもない落葉宮のお心よ、と、泣く泣くお帰りになります。ご自邸にはお戻りにならず、(三条を通り過ぎて)そのまま六条院においでになり休息なさいます。夕霧を御母に代わって養育なさった花散里(はなちるさと)の東の対は心の休まるところなのです(夕霧にとっては実家)。花散里は、

「一條の宮渡し奉り給へる事と、かの大殿わたりなどに聞こゆる、いかなる御事にかは」
――落葉宮を小野の別邸からご本邸にお移しになられたとか、致仕大臣(柏木の父君・落葉宮の御義父)あたりで評判になっていますが、どういうことなのでしょう――

 と、ご几帳で隔てていらっしゃいますが、その脇からちょっとお顔を覗かせておっとりとおっしゃいますと、夕霧は、なるほど世間では妻を迎えると噂しているらしい、と
意を強くなさって、

「さやうにも、なほ人の言ひなしつべき事に侍り。故御息所は、いと心強うあるまじきさまに、言ひ放ち給うしかど、限りのさまに、御心地の弱りけるに、また見譲るべき人のなきや悲しかりけむ、亡からむ後の後見にとやうなることの侍りしかば、(……)」
――やはりそのように人が思いそうな事なのです。亡き御息所は、初めは大変きつく(結婚は)とんでもない事と、言い切っておられましたが、臨終も迫ってお心が弱られたときに、他には宮の後見人が居ないことを悲しまれて、ご自分の亡きあとには後見人になって欲しいというようなご遺言がありました。私としては元々亡き柏木との約束がございましたので(こういう気持ちになったのですが、人はさぞいろいろと取りざたしているのでしょう)」

 と、苦笑いなさって、さらに、

「かの正身なむ、なほ世に経じと深う思ひたちて、尼になりなむと思ひ結ぼほれ給ふめれば、なにかは。こなたかなたに聞き憎くも侍るべきを、さやうに嫌疑はなれても、またかの遺言は違えじと思ひ給へて、ただかくいひあつかひ侍るなり」
――ご当人の落葉宮は、やはり世俗には暮らすまいと固く決心なさって、尼になってしまおうと沈み込んでおられるご様子ですから、なんで私の申し上げることなどお聞き入れになるものですか。落葉宮を迎えれば方々で悪い噂も立ちましょうから、宮がそのようにご出家なさって世間の疑いが無くなってからでも、御息所のご遺言には背くまいと存じまして、ただこうしてお世話しているだけなのです――


ではまた。

源氏物語を読んできて(638)

2010年02月03日 | Weblog
010.2/3   638回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(53)

 宮のところへ案内するように責められて、小少将は、

「御志まことに長う思されば、今日明日を過ぐして聞こえさせ給へ。なかなか立ち返りて、物思し沈みて、亡き人のやうにてなむ臥させ給ひぬる。こしらへ聞こゆるをも、つらしとのみ思されたれば、何事も身の為こそ侍れ、いとわづらはしう聞こえさせにくくなむ」
――幾久しくお添いとげなさるお心ならば、今日明日のところは過ごしてからお逢いくださいませ。こちらへお帰りになりましてから却ってお悲しみも増されて、死んだも同然のご様子で臥せってしまわれました。私たちがお取りなし申し上げるのさえ疎ましくお思いのようでございます。宮のご機嫌を損じては私たちも身が立ちません次第で、まことに困り切っております。これ以上面倒なことは申しにくいのでございます――

 と申し上げますと、夕霧は、

「いとあやしう、おしはかり聞こえさせしには違ひて、いはけなく心え難き御心にこそありけれ」
――まったく妙な、かねてから想像していたこととは違って、子供っぽくて訳の分からない方でいらっしゃるのだな――

 とおっしゃって、続けて、

「思ひよれるさま、人の御為も、わが為も、世のもどきあるまじう宣ひ続くれば」
――私の考えていることは、宮の御為にも、自分にも、特に世間の非難を受けるわけはないのだから、と、くどくどと言われます――

 小少将は、

「いでや、唯今は、また徒人に見なし奉るべきにやと、あわただしき乱り心地に、よろづ思ひ給へわかれず。あが君、とかくおしたちて、ひたぶるなる御心なつかはせ給ひそ」
――いえもう、私どもも唯今のところ、また宮がどうにかなって仕舞われないかと、気が気ではなく何も判断がつかないのでございます。お願いでございますから、無理押しに向こう見ずなことをなさいませんように――
 
 と、手を擦り合わせて懇願します。

ではまた。

源氏物語を読んできて(637)

2010年02月02日 | Weblog
2010.2/2   637回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(52)

 落葉宮のぐずぐずなさっていらっしゃるのを、「まったく稚いお振舞いですこと」と女房たちもどうして良いかお扱いかねております。

「殿は東の対の南面を、わが御方に仮にしつらひて、住みつき顔におはす」
――夕霧は、東の対の南廂をご自分のお部屋として仮に設えて、まるでこの御住居の主人のような座を占めていらっしゃる――

 さて、三條邸(夕霧の本宅)では、女房たちが、

「にはかにあさましうもなり給ひぬるかな。いつの程にありし事ぞ」
――急に呆れ果てたことをなさるものですこと。あちらの宮とはいつからのご関係だったのでしょうね――

 と、驚いています。

「なよらかにをかしばめる事を、このましからず思す人は、かくゆくりかなる事ぞうちまじり給うける。されど年経にける事を、音なく気色ももらさで過ぐし給ひけるなり、とのみ思ひなして、かく女の御心ゆるい給はぬと思ひ寄る人もなし」
――物やわらかで風流めいたことを好まれない方に限って、このような突飛なことが起こるもののようです。しかし皆は、お二人の関係は以前からで、ただそれを素振りにも出されずに今まで来られたのであると疑ってもいませんので、まさか宮が実は不承知なのだとは気付かないのでした――

 どちらにしても、落葉宮にはお気の毒なことですが…

「御設けなど様変わりて、物の初めゆゆしげなれど、ものまゐらせなど皆しづまりぬるに、渡り給ひて、少将の君をいみじう責め給ふ」
――婚礼のお支度といいましても、喪中のこととて普段の作法とは違っています。事の初めに縁起の良くないようですが、お食事もすんでから、夕霧は宮のところへお渡りになって、侍女の小少将に(落葉宮のところへ案内するよう)しきりに責め立てられます。

◆ゆくりかなる=思いがけない

◆夕霧には正室(北の方・雲井の雁)がすでにいるので、落葉宮は内親王でありながら、
   ずるずると妻の一人にさせられる屈辱がある。この時代はまだ側室という呼び名は
   ない。見逃せないことは、妻にして後見人になり、妻の財産はいずれ夕霧のものに
   なる。表面には出さない打算が見え隠れする。

ではまた。




源氏物語を読んできて(636)

2010年02月01日 | Weblog
010.2/1   636回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(51)

 落葉宮は悲しくて、

(歌)「のぼりにし峰の煙にたちまじり思はぬ方になびかずもがな」
――母君と一緒に死んでしまいたい。願ってもいない人に添うようなことにはなりたくない――

落葉宮は内心では強くご出家を望んでおられますが、

「その頃は御挟などやうのものは、皆とり隠して、人々のまもり聞こえければ、」
――その頃は、御髪を削いだりなさらないように、鋏のようなものはみな取り隠して、お側の者たちはみな守りを固めていました。――

宮はお心の内で、

「かくもて騒がざらむにてだに、何の惜しげある身にてか、をこがましう若々しきやうには、ひき忍ばむ、人聞きもうたて、おぼすまじかべきわざを、」
――こんなに大騒ぎして監視されなくても、何もかも惜しいとさえ思わぬわが身なのに、どうして子供っぽく人目を忍んで尼になどなりましょう。人聞きも悪く、同情されないことでしょうに――

 と、お思いになって、結局お望みのようにご出家もなさらないのでした。

 侍女たちは京へ帰る準備にそれぞれが、櫛、手箱、唐櫃、そのほかちょっとした袋のようなものまで、先に送り出してしまって大した物も残っておりません。宮が一人お残りになることもおできずになれず、泣く泣くお車に乗られました。

 宮は、小野へ移って来ましたとき、御息所がお具合が悪いにも関わらず、私の御髪を撫で繕われたことなどを思い出されて、目は涙に曇ってひどく悲しいのでした。守り刀に経箱を添えてお側に置いてありますので、このお形見をご覧になる度、空しい心地がなさるのでした。

 一條宮邸にお着きになりますと、お屋敷は喪中でありながら厳かな風情も無く、人々も忙しそうに立ち騒いでいて、まるで以前とは打って変わった様子に、落葉宮はご自分の元の住処の気がせず、お車からお降りになりません。

◆おぼすまじかべきわざ=思すまじかるべき業=同情されない事柄

ではまた。