黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

きょう加齢?

2015年11月17日 10時18分29秒 | ファンタジー

 前立腺をなくした。どこかに落としてきたみたいだが、それっきり私は自転車に乗れない身体になった。特別、自転車が好きだったのでもないのに、家から駅までの通勤経路に使えないのは痛く心残りだ。二年経ってもまだグチグチ言いながら、歩いたら二十分足らずのちょうどいい運動量になる道のりを、毎日車で通勤している。
 屋外の月極駐車場に車を置き、線路の北側にある駅舎までは、南口から入り跨線橋を渡って行く。この跨線橋は昨年の秋まで吹きさらしだった。そのころ、冬の跨線橋は雪と氷のだるまみたいになった。カンカンに凍りついた階段を登っていると、決まって外国の古いひょろひょろにそびえ立つ尖塔を思い出し、真っ逆さまに地面まで墜落しそうな不安にさいなまれた。事実、冬の季節、相当数のけが人が出ていたらしい。
 ところが昨年の雪が降る直前、突貫工事の末、取りあえず本体が新しくなった。屋根付きの堅牢な跨線橋は何とも頼もしく輝いていた。外構工事はほったらかしの泥だらけだったが、そんなことはどうでも良かった。胸をなで下ろした住民たちの気持ちは、そう簡単に表現できないくらいのものだった。
 月極駐車場から南口まで行くには、片側一車線の舗装道路を横断する必要があった。住宅街を走る道なのに、朝晩の通勤通学時間はかなりの数の車であふれていた。道路を渡ろうと縁石に足をかけ南口の方に顔を向けると、道はちょうどその辺りで後ろ側に屈曲していて、すぐ道の奥が見えなくなる。おまけに歩道縁には数本の電柱が生えていた。なので、柱の間から首を突き出し、左右から来る車の途切れを待ち構えて横断しなければならない。渡ろうとすると、右手十数メートル先の信号機が赤になって、左折の車が意地悪く急に現れることもある。数年前、その辺の路上で人なつこい金茶色の猫が轢かれて死んだ。
 その日の朝は、車の往来がいつもよりまばらだった。右からの車影がないのを確認し、左から来る一台の車が通り過ぎるのを見やりながら、左車線に一歩二歩と踏み出したそのとき、右手数メートルのところに、スピードを落としながら近づく一台の車に気がついた。どこから出てきたのか私には理解できなかった。右手の交差点を左折してきたのか、もう少し手前にある、非常に危険なマンションへの出入口から出てきたのか。私は自分の注意力のなさにショックを受け、車の方に頭を下げるでもなく、足早に道を渡って南口に逃げ込んだ。
 いつもだったら、跨線橋の階段や長い通路を歩きながら、ああ疲れると愚痴っているところだが、その日は気がつくと駅の改札口の前にいた。
「きょう加齢、ああ加齢かな、ボン加齢」
 私の口からそのような意味不明の言葉がもれていた。(2015.11.17)
コメント
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