エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

自由で単独な人となる 改訂版

2015-05-22 07:57:11 | エリクソンの発達臨床心理

 

 赤ちゃんが、あおむけにされて、お母さんのおっぱいや、オシメの世話や、あやされることを求めている時には、実は、心の底の底の願い、最深欲求の答えも求めているのでしたね。最深欲求。とっても大事なものですね。人が人として生きる時になくてはならないもの、それが最深欲求である、と言えますよね。

 The life cycle cpmpleted 『人生の巡り合わせ、完成版』、p41の第3パラグラフから。

 

 

 

 

 

 人間の発達を司るのは、強調点の劇的な変化です。赤ちゃんの時、とっても長い間、人の世話になる中で、初めて全人格が価値あるものと認められる体験をする中で、人の子は、まもなく、かつ、徹底的に、学ばなくてはならないことと言えば、それは、自分自身の(2本の!)足で立つことですし、まっすぐに立つ姿勢を確かにさせることです。人の子が、まっすぐに立つことを学べば、新しい(人生の)見通しを作り出すことにもなるので、たくさんな、とっても大事な(生きることの)意味を、遊ぶ(自由な)人間として、まっすぐに(単独で)立つ人として、手に入れることができます。

 

 

 

 

 

 素晴らしいエリクソンの文書でしょ。人の子が自分自身の二本足で立つことは、自由=遊びがあり、「みなさん御一緒に」と言う世界とは別れを告げる、1人単独で立つ、内村鑑三が言う「単独者」として、大事な意味を手に入れることにもなる、ということも、エリクソンは教えてくれているからですね。

 でもね、いつものことですが、翻訳は滅茶苦茶でしょ。村瀬・近藤のみすず書房版だと、何のことだかさっぱりわかりません。翻訳と言うのは、特に臨床の翻訳ですと、臨床ができない人、臨床が下手糞の人はやらない方が良い。エリクソンの臨床の機微が分からないから、横だったものを縦にしただけ、直訳しただけの、村瀬・近藤版では、そのことがハッキリと分かる所です。

 

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宗教改革者マルティン・ルターが生まれた瞬間

2015-05-22 07:52:43 | アイデンティティの根源

 

 ルターの魂の嵐とは、何なのでしょうね。

 Young Man Luther 『青年ルター』p202の9行目途中から。

 

 

 

 

 

ルターが「詩編講義」の中で、「詩編」の聖句、in iustitia tua libera me〔あなたの義をもって、わたしを助けて下さい。「詩編」第31篇2節の関根正雄訳]を「仕事で」解釈すると言う、自分の講義をする仕事に直面したとき、ルターはこの仕事のおかげで、きわめて個人的な決断を迫られることになりました。それは雷に打たれるような衝撃であって、ルターは最も重大な衝動に目覚めました。それはそれは、ルターが自分の人生の中で、戦慄を覚えずに思い返すことができないことでした。

 

 

 

 

 

 何気ない日常に聖書の授業が、ルターの人生の分岐点になったのでした。それはマルティンが、宗教改革者マルティン・ルターになった瞬間でした。

 

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ポツダム宣言の「ジーンと熱くなる」感動 3訂版

2015-05-22 06:00:07 | エリクソンの発達臨床心理

 

 

 
そういうものにわたしはなりたい
  子どもの遊びから政治まで 序文では、儀式化と遊びについて、大切なことを教えられましたね。 特に、ウィリアム・ブレイク...
 

 国会で、共産党の志位和夫委員長と安倍晋三首相の党首討論がネットで話題ですね。ポツダム宣言が話題だそうですね。私もネットで、その国会中継を見ました。

http://mizu8882.blog.fc2.com/blog-entry-680.html

 志位委員長は、ポツダム宣言では、日本の戦争は侵略戦争であるから、「間違った戦争」だと位置づけているとして、安倍晋三首相に15年戦争は「間違った戦争だった」という認識を確かめるものでした。それに対して、ポツダム宣言を勉強したことがない、哀れな安倍晋三首相は「詳らかでない」ポツダム宣言を論評することは控えたい、と、日本が起こした15年戦争は間違いだったとは、口が裂けても言いたくない、という感じでしたね。安倍晋三首相のおバカ加減と、いつもの「ウソとゴマカシ」の姿勢をハッキリさせた点と、私どもも、「そうだ、僕もポツダム宣言読んだことないから、読んでみよう」と思わせてくれた点で、勉強熱心な志位和夫委員長の功績としたいと思います。

 ただ、気になる点も残りましたね。党首討論の時間が短いし、しかも、共産党に割り当てられている時間は、質問だけではなくて、安倍晋三首相の答えを含めて、7分と言う制約がありました。だけれども、志位和夫委員長の「あの戦争は間違っていたという認識がありますか」と言う質問は、「間違った戦争」と「間違いでない戦争」がある、という誤解を生む余地があるので、非常にまずい質問だと、私は考えます。なぜならば、「あらゆる戦争は、間違い」だからです。ですから、後方支援だけでも、「後方支援は戦争だから間違い」であり、それを許す様な法案自体が、憲法9条に反する違憲立法の試みだと断じることができます。

 私は、この話題を知って、ポツダム宣言を、この際きちんと読もうと思いました。それで英文とその翻訳を読んでみました。だけど、思ったのは、それだけではありません。丸山眞男教授の言葉を思い出しました。

 15年戦争は、安倍晋三首相のような、おバカな政治家と、それにマンマと騙された、数多くの日本市民によって、始められ、行われたのでした。一部、知識人、仏教やキリスト教の信徒、それから、共産主義の人といった、ヨーロッパと比べたら、極めて極めて少数の人が、明確に、あるいは、暗々裏に、戦争に反対しただけなんですね。そのごく少数の戦争反対という抵抗の記録は、同志社大学が出している『戦時下抵抗の研究』(みすず書房)に詳しいです。

 ポツダム宣言を最初に知り、かつ、理解できた人の1人は、その文書をラジオで「傍受」した丸山眞男陸軍一等兵だと言って、間違いないだろうと思います。横道付きの私は、この「一等兵」と言うのにも引っかかる訳ですね。丸山眞男教授は、すでに、当時、東大助教授でした。東大を卒業してすぐに徴兵された人たちでも、「大学出」ということで、教育訓練を受けると「士官」になれたんです。つまり、兵隊ではない、少尉以上のランクが保障されていた。けれども、丸山眞男教授はその道を選ばなかった。何故でしょうか?

 話がますます拡散しそうなで、ポツダム宣言に戻ります。ポツダム宣言が採択されたのが1945年7月26日。欧米のラジオに、すぐに流れたようです。広島県宇品の陸軍船舶司令部参謀部情報班の一員として、ポツダム宣言を読まれるのを傍受した丸山眞男一等兵は、次の言葉を「備忘録」に残しておられます。日付は7月27日です。

 「ポツダム宣言の全文をはじめて見た時『基本的人権の尊重は確立さるべし』という言葉、それを見た瞬間、からだ中がジーンと熱くなった」。

 当時「基本的人権」とは、大学の授業でもはばかられる言葉だったと思います。戦争とは、その「基本的人権」がいともたやすく蹂躙されることでしたし、戦争をやる前から、当時の日本は「基本的人権」が蹂躙され続けていることを知っていた丸山眞男教授にとって、戦争が終われば「基本的人権が確立される社会が出来る」と分かった感動は、どれほどだったでしょうか?!

 現在を生きる私どもは、ポツダム宣言を生かして作った現在の憲法を、狂気の安倍晋三首相の「おバカなハカリゴト」(unintelligent calculations )【ポツダム宣言の言葉】で台無しにされてはなりません‼


 

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