石垣島に関する歴史的記録は
十四世紀以前の記録された歴史書は皆無に等しいと言われているが
「続日本記」714年に「信覚」「しがき=いしがき」などの
人々が大宰府に来朝したと記述されている
「信覚」は石垣島を指すと言われ
日本の歴史に始めての記録である
沖縄の歴史に登場するのは、十世紀末頃、琉球王府が編纂した
史書「球陽」に、1390年に宮古と八重山(石垣)が
中山王察度に入貢したと記されている
石垣島は伝統的祭祀・神事が多く存在し
拝所であるオン(御嶽)が43ヶ所もあり
古代からの祭祀形態も根強く引き継がれて
沖縄本島よりも石垣島には濃厚に残って島の暮らしの中に生きている
ハーリー(海神祭)・プーリィ(豊年祭)・シチ(節祭)ソーロン(旧盆)
タナドゥイ(種子取祭)祈願祭などの祭祀・神事がある
これらの祭祀を執り行う神職は女性で
ツカサ(司)カンツカサ(神司)と呼ばれる
沖縄本島ではツカサをノロ(神女)と呼び
拝所である「オン」を御嶽(うたき)と言う
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