琉球の歴史書である
中山世監・中山世譜・球陽は琉球王府によるよって編纂された
正史に天地創造の
琉球開闢神話が記されている
天帝(天の最高神)が
阿摩美久(あまみく)と言う女神と
男神志禰礼姑(しねくり)を下界に遣し
沖縄の島々を創造し
九つの聖地と七つの森を創った
その七つが琉球開闢七御嶽として沖縄の信仰において
もっとも神聖な御嶽として聖地として位置づけられている
それから数万年を経て
阿摩美久は天上に上がり人間の種子を天帝に乞い
天帝は自分の子 男女の神を降臨させた
女神が吹き通る風によって
三男・二女が誕生した
長男は天孫王統として琉球最初の王となる
次男は地方の按司
三男は百姓の始まりとなり
長女は君君(高級神女)
次女はノロノロ(地方の神女)の始まりとなった
歴史書によると
天孫王統のとき琉球を島尻・中頭・国頭の三国に分け
民に住居の建築や農耕、塩、酢の製法などを授けた
都城を築き首里と名付け
行政の間切を定め、按司を配置し国を治めた
この国頭が北山で今帰仁按司が城主となり
五代続いて国頭(山原地方)を統治する拠点となる
天孫王統は 25代17802年 ? 続いて
最後の王 思金松兼が重臣の利勇の反乱によって滅ぼされ
25代続いた天孫王統は断絶した
天孫王統は伝説と伝承によって語り継がれたものを
琉球王府が正史として編纂したものだが
天孫王統は
神話と伝説の域を出ていない