久米村は、中国明王朝の朝貢交易に
重要な担い手と成って、政治力、経済力を手にした
久米三十六姓の地位は極めて高く
流球国の政治に深く影響を与えて
朱明府と呼ばれるようになる
察度王(在位1350年~1395年)の時代
1392年に閩(びん)と呼ばれた現在の福建省から
渡来してきた人達を閩三十六姓と呼ばれた
彼らは大多数が福建省出身の
客家であったことが明らかになっている
客家とは漢民族で古代中国の中原(都)の
王族の末裔で政変によって王朝が交代したとき
権力の座からの追放、戦乱から逃れるため
中原から地方に落ち延びて
移住先から見てよそ者であるため、客家と呼ばれた
客家は移民のため土地の所有が困難のため
商業や流通に従事することが多く
そのため子弟には教育熱心であった
その客家が、東南アジア、東アジアに渡り
そして琉球にも渡来してきた
この客家が華僑のルーツだとされている
シンガポール初代首相の
りー・クァンリュー、二代、三代目首相
フィリピンの大統領、コラソン・アキノ
現ベニンク・アキノ大統領や
タイのタクシン・チナワット元首相
インラック・チナワット前首相
中国の元最高指導者鄧小平なども客家の出身である
沖縄の政治家に多数、
久米三十六姓の末裔の出身者がいる
前仲井間弘多知事(蔡家)(2006年~2014年)
元稲嶺恵一知事(毛家)(1998年~2066年)
元平良松那覇市長(馬家)(1968年~1984年)なども
久米三十六世の末裔出身者で
教育者、経済界にも多数の方が活躍して
沖縄の政治、経済に多大の影響力を与えている