初めて見る干し柿
妻の友人が結婚祝いに
干し柿を贈ってくれた
箱詰めされた24個入りの干し柿
60年前、東京オリンピックのあった年1964年の事
妻になる 彼女が
某団体の役員をしていたユダヤ系アメリカ人
5人家族のベビーシッターをしていた
役員は1年間の休暇で団体の別荘がある
長野県軽井沢へ
彼女もベビーシッターの仕事で同行し
1年かん軽井沢過ごす
その時に友達になった同年代(当時22歳)の女性から
綺麗な箱に入った干し柿が
結婚おめでとうございますの
メッセージと共に送られてきたのです
箱を開けて 初めて見る干し柿
干し柿の表面に白い粉が吹いている
当時沖縄はアメリカの統治下にあった
(1972年5月15日に日本国に復帰する)
軽井沢から沖縄に着くまでに時間がかかり
干し柿に「カビ」が発生したと思った
1個も食べることなく
泣く泣く 全て破棄したのである
かなり年月が経ってから知ることに成る
干し柿の表面に吹いている白い粉は
柿の糖分が表面に結晶化した
果糖であると知ることになる
妻と共に
友人に本当に申し訳ない事をしたと悔やんだ
私たちが無知蒙昧であるが
60年前の忘れられない 思い出になる
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コメント頂き有難う御座います
大変励みになります
干し柿は今でも高価で贈り物以外ではなかなか食べられないものですね。
干し柿は長野県が有名ですが、寒さと乾燥が必要なのでよく沖縄では出回ることはほとんどなく、輸送中に発生したカビと誤解したのはやむを得ないと思います。
似たような話ですが、長野県で暮らしていた時、りんごの芯の部分がハチミツ色になって「蜜がのって美味しい」と生産者は評価するのですが、消費者に腐っていると誤解されることがあると聞きました。
地元では当たり前でも、土地が離れるとわからないことが多くありますね。
奥様のご友人のご厚意を無駄にしてしまい残念でしたね。でも仕方ないことでもあります。
今は分からないことがあれば、“無料の百科事典”インターネットで調べることが出来ますが、60年以上も前の沖縄では知る術もなかったでしょう。
私は中東に駐在時、同じアパートに住む外交官夫人から手作りの干し柿をお裾分けいただいて感激したことがあります。
まさか異国の地で干し柿が食べられるとは…各国を転々と渡り歩き、各々の場所での生活を自分なりに楽しむ外交官夫人の逞しさが垣間見えた出来事でした。
今の時代なら、ネットで検索できますね。
干し柿の白い粉は何か?
11歳65年昔、親戚からビワが小包で届きました。カビが生えていて捨てました。
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