遠州の遺跡・寺社・地名 127 蛭子神社(南区飯田町)
読みは「ひるこ」か「えびす」です。
『街の達人 静岡便利情報地図』(通常の神社探索はこの「1万分の1地図」を使っています)で見つけて、行ってきました。
南区飯田町の田園地帯で、浜松バイパスの東側で、ちょうど東部地区体育館と逆の側です。「豊永自動車工業」の東側の道を水路を越えて南へ降りた西側、松林の中に小さな鳥居と小さな祠があり、石で「」と建てられています。
手元の『浜松神社名鑑』には「蛭子神社」という名前すら掲載されていないので、浜松ではここだけでしょうか?
「蛭子」という名前の初現は『古事記』でイザナギ・イザナミが2人で作ったオノゴロ島に「天降り」して、そこに建てた「柱」の周りをイザナギは左回り(時計回り)で、イザナミは右回り(反時計回り)で回ったとき、最初に女性のイザナミから「ああ、すてきな若者」と声をかけたので、イザナギは「女性が先に声をかけるの不吉だ」と言いました。
原文は「興而生子水蛭子此子者入葦舩而流去」
それなら、そこでストップして最初からやりなおせばいいのに、イザナギも男の性欲は我慢できなかったのかセックスにいたってしまい、『古事記』では「それでも寝所で結婚をして産んだ子は水蛭子(ひるこ)。この子は葦の船に入れて放流した。」(角川ソフィア文庫、p258)とあります。
つまり、女性が男性に先に声をかけるという積極的態度をとったから、長男(長女?)に障害児が生まれたという、女性差別の最初のような物語です。
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ところが、この流された第1子が、流れ着いて「エビス神」になったという信仰が日本中にあります。正式・正当な『古事記』『日本書紀』神話に逆らって、商売の神様になったのが「エビス神」、「西宮神社」です。
中世以後の「えびす信仰」は別途、追いたいと思いますが、原型としての「ひるこ」は、本来、「ひ=日」で、「ひる=昼」であるように、「太陽信仰」の長男(あるいは長女か、両性具有か)だったと思います。
邪馬台国の「卑弥呼」が女王であるように、本来「ひるこ」は女性だったのではないでしょうか。今日はここまで。「柱」についても別述します。