雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

何度でも

2014-09-27 00:56:27 | サブ・タイトルの話
時折、
大変な目にあっている人に会います。
壮絶な思いで毎日を過ごしている人に出会います。



誰かが言います。



「アイツはおかしい」

「アイツは終わってる」

「アイツは壊れる」



時折、
自分もそんな目に遭うこともあります。
大変な思いをしている只中では、
こんなことを思うことだってあります。



「死んだほうがマシだ」



馬鹿げていると思っていても、
そう考えてしまうのです。



「よく生きてるな。。」

「よく死なないな。死ねないな。。」



そんな風に、
自分を他人の様に眺めるようなこともあります。
そして、
そんな思いをしている人を対岸の地から見て、
こんなふうに言う人もいるのです。



「あいつさ、よく居れるよな」

「あいつ消えるから。もう少しで」



罪は......無いかもしれません。
が、そこには「愛」も「真実」もありません。



最悪なことは、
そんな言葉を対岸でなく、
その人を追い込んでいる当事者から聞く様なことがあった時。
そんな人は大抵、
自分が間違っているという自覚は微塵もありません。
自分が大きく関わっていると言う自覚すらありません。
そこには人の「エゴ」と呼ばれるものだけが頑然と、重たく、暗く、
薄汚れた姿で聳え立っています。



汚れは汚れを自覚しないのです。



僕はそんな「暗さと汚れの固まり」の様なモノをジッ......と、
見据える時があります。



自分の中にも同じモノがある......



そんな、
目を背けたくなる様な事実と向き合うような事もあります。



平然と嘘をつく人。

平然と人の悪口を言う人。

平然と人を裏切る人。

平然と人を陥れる人。

平然と噂を作る人。

平然とメディアで論調を作る人。

平気で人を壊す人。



思い、悩み、苦しみの底でのたうち回っている人は、
自分が壊れていく恐怖や、
壊れそうな自分の弱さと必死の思いで戦っています。
戦っていることがわからないほど戦っています。



壊れない様に。
壊れませんように。

なんとか希望を見出せる様に。
見出せますように。

壊れても、
壊してもいいから、
自分が生まれ変われる様に。
生まれ変われますように。



途轍も無く尊い戦いをしています。



「あいつはもう終わりだよ」



そんなこと誰が?
言えるのでしょうか。
言う資格などあるのでしょうか。



馬鹿げた言葉です。



負けないで下さい。
勝たなくても良いでのす。
自分に負けないで下さい。
引き分けでもいいのです。



この世界は、
勝ち負けだけで語れる様なそんな陳腐な世界ではありません。
星が丸いのは、
上下左右などないと示したいからです。
この広大無辺な宇宙では、
どんな人間でも、
上下左右の無い星のカケラに過ぎないのです。
そして、全ての星屑が、
存在の意味と意義のある、
世界や宇宙に必要なものだから「在る」のです。

馬鹿げた言葉に負けないで下さい。
エゴに覆われた偽の自分などに負けないでください。
世界からポツンと取り残され、切り離され、
孤独の海で打ち震え、
地獄より暗く深い泥沼から這い上がって来た人は皆こう言うのです。



「生きていて良かった」



何度でも言います。



「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」

「生きていて良かった」



そんな日は来るのです。
そんな時間はちゃんと用意されているのです。



そのための苦しみです。
夜明けのための夜です。



死んだ方がマシだ



そうです。
その通りです。



「生きていて良かった」



だから、
それも、
その通りなのです。



心なき人に傷ついている全ての人に。

理不尽なる出来事に追い込まれている全ての人に。

全てを乗り越えましょう。

僕だってそんなふうに生きてみせます。

僕の愛する全ての人に。

僕が出会った全ての人に。

心なき人や言葉や出来事に突き落とされている全ての人に。

僕だって、

頑張ってみせます。



雲は完璧な姿だと思います。


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一緒にな

2013-11-15 01:56:52 | サブ・タイトルの話
あるロックバンドの凄腕ドラマーだったJ君から
LINEにメッセージが来ました。



「今朝、◯◯◯が自宅のマンションで自殺したそうです。
uzmetさんには伝えておきたくて連絡しました。
長年彼とは会っていないので詳しいことはわかりません。」



◯◯◯君はまだ30代半ばを過ぎたぐらい。
J君と組んでいた4人組のロックバンドでは作詞作曲とボーカル、
ギターまでも担っていた才人。
溢れる才能と繊細な感性は、
それ故に彼自身持て余すようなところもあって。
バンドの仲間にも外の人間に対しても、
時折激しく接することも多かったような感じで。
ビジネス部分も担うプロデューサーという立場であった僕とも
色々なことでよく衝突していたりもしていました。
そんな彼の激しさと、メンバーそれぞれの人生の歩みや考え方は、
長年活動を共にしていたバンドを分解していきました。
......もう......
かれこれ10年以上も前のことです。



「、、、そうか、
わざわざ教えてくれてありがとう。
精一杯の冥福を祈るしかないのかな。。残念すぎる」



そんな返信をJ君にした直後に、
また別の友人から電話がかかってきました。
彼はこんな説明を僕にしてくれました。



「......ちゃんと警察も入って、
鑑識もシッカリ調べて、
それでね、明らかに自殺ではないって。
常用していた睡眠薬を少し飲み過ぎてしまっていて、
横になった状態も悪くて、
喉に詰まって呼吸困難になってしまったらしい」



僕はまたJ君にLINEで連絡をしました。



「......で、、ね、、自殺ではないようだね」

「朝倒れていたと聞いて、、、まだ実感できません」

「......が、、で......ね、、窒息してしまったらしい」

「そうでしたか...
彼には恨みもありますが、全てを許し、
あの頃をたくさん思い出そうと思います。
死ぬまでには和解したいと思っていました」



ドラマーの彼と◯◯◯君との間で、
僕などにはとても想像できないような深い葛藤があり、
もう長いこと会っていないということはなんとなく「知って」はいました。
僕はまたJ君に返事を入れました。
今日ここに記していることは一字一句、
ほぼ、この時の言葉そのままです。



「......もう五年ぐらい前のことかな。
◯◯◯から会いたいと連絡をもらってね。
ご飯を食べたんだよ。
その後の彼の歩みの中で、
色々と自らについて考えることが沢山あったようでね。
俺には、、

“あの頃の俺は間違ってました。
今、やっとuzmetさんの気持ちがわかります”

と、そんな話をしてくれていてね。
その後俺は△△さんにもそのことを伝えてね。
◯◯◯も大人になって、成長していて、
何より、とても頑張っていたよ、と。

だから、ね。。

だから、、、ね。

みんなとの間でどれほどのことがあったかは想像もつかないけど、
きっと、◯◯◯はJにも色々と詫びる気持ちも、
後悔の気持ちも、
君とまったく同じように仲直りしたいと思うような気持ちも、
きっと持っていたと思うな。

アチラの世界に行くとね、
人の気持ちが手に取るようにわかるんだ。
Jの、、純粋なる気持ちはちゃんと伝わってるよ。

大丈夫。

もう、和解してるよ。大丈夫」



暫くしてJ君から返事が来ました。



「すみません。
言葉が何も出てきません。

ありがとうございます。

uzmetさんの言葉がなければ消化出来なかったかもしれません。
忙しいと思いますが、いつか思い出話に付き合って下さい。
俺達は戦友のようなものですから」



「みんなそう思ってるよ。
◯◯◯も同じだ。

これから先、
君が見るもの、手にするもの、失うもの、無くすもの、、
全て◯◯◯も一緒に味わってる。
戦友とはそういうものです。

君が成長すれば◯◯◯もそうなる。
君が幸せであれば◯◯◯も幸せ。

あの世とこの世はそう出来てる。

大丈夫。

◯◯◯が好きだったものを、思い出しながら食べてあげな。
きっとあいつもJを通して味わってるから。
そういうもんだ。

これからも粛々と一緒に生きよう。

俺は幸せだぜ。
Jもそうのハズだ。

一緒に生きよう」



「その通りですね......
uzmetさん、本当にありがとうございます。
いま、うまく言葉が出てこなくて、
うまく感謝を伝えられません。

俺も幸せです。

今度、一緒に奴に乾杯しましょう。
久しぶりにuzmetさんにも会いたいし」



「改めてスケジュール出して、皆も呼んでご飯食べようね。
落ち着いたら仕切るよ」



「すみません。
ありがとうございます。」



「こちらこそ!
君らには昔も今も、これからも、感謝してる。
ありがとう。」



「俺もです。
最後に家に来てくれて泣いてくれたこと。忘れません。
そして、
会った時に直接謝りたいことと、感謝を伝えたいことがあります。
今日、混乱してたんですが、
uzmetさんのおかげで少し素直になれました(^_^; 」



————————今日の通夜には、
J君も、他のメンバーも、メイン・エンジニアだった仲間も、
当時懸命に流通営業をやってくれていたスタッフの方も、
皆久しぶりに集まりました。
沢山の溢れる思いが集まりました。
葬儀壇の遺影は、
昔みんなであーだこーだ言いながらデザインした
メジャーデビュー盤のジャケット写真でした。



今日の記事は不快に思われる方も、
色々な捉えられ方をされるかもしれません。
ただ、
このブログは、
書き出す時に幾つかの決意を自らの内に明確に刻み、
そうして記し出したブログです。
これ迄も幾度か記して来ましたが、
タイトルやサブタイトルの言葉に偽りはありません。



僕の大切な、愛する人へ。



今日の記事も、
強い意思と意味、
明確な覚悟を持って記しておこうと思います。



天国の◯◯◯に。乾杯。
な。好きだろ!?バーボンだぜ。ブッカーズだぜ。
一緒に飲もうな。
これからも、一緒に。
一緒に生きような。


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嫌いなものの中

2013-09-25 04:40:07 | サブ・タイトルの話
HS君は僕の信頼する音楽作家で敏腕のアレンジャーさん。
年齢は30代。男性。
毎日、音楽業界の一線で活躍している才人。
クラブのDJでもあります。
先日、某メジャー・アーティストのライブ後の食事会で、
そんなHS君も加わって、
大勢でワサワサとヨパラーーーイの与太話を楽しく
ウルサクしていたのですが、
その時に彼がみんなの前で僕にこんな話しをしてくれました......



「......uzmetさん!
あのですね、
uzmetさんは多分忘れていると思いますけど、、、
僕は強烈に覚えているuzmetさんと話した話しがあってですね、
もうカナリ前の話しですけど。。。」


「(゜ω゜)!?。。むふむふ。。なに?それ?」


「俺って生意気じゃないっすか!?
今も!?ん!?
なんで?
何でみんなうなずくんだ!?ん!?
まぁ、いーーや。まぁ、、、
つーことわ!ですよっ!
昔はもっと生意気であったわけで!、、間違いなく、、、」


「......(゜゜)ウンウン......一同賛同ナウ...」


「でね!
俺の好きな音楽ってマニアックだし、ヒップホップだし。
ジョン・レノンも好きだし。
いわゆるアーティスティックなものばかり好きだったじゃないっすか!
当時若ゾーだったし。
インディーズで好き勝手やってたし」


「......まぁ、確かにね。。(*-ω-)ゥィゥィ......」


「その時にね、
uzmetさんがウチのスタジオに来て、
俺も色々とメジャーの仕事しだしたじゃないっすか。
メジャーの。
でね!
ある時uzmetさん俺にこう言ったんスよ!
俺ソレ完璧に覚えてるんっすよ!
言われたときの状況、風景、全てを完璧に覚えてるんスよ!
ソレぐらい、そのこと忘れないんスよ。今でも。
そんときの俺にはソレぐらいのインパクトがあったんスよっ!」


「な、なにか、
お失礼なことでも言いましたでしょうか、、( ̄。 ̄;)わちき、、」


「ええ!言いました!
衝撃的でしたよ!
それってですね、、
お前は◯◯◯◯◯の音とか聞かないからダメなんだよ。。
って言ったんスよ!
俺の大っ嫌いな音楽を出して、
お前はそういうのを聞かないからダメなんだっ!......て、
言ったんスよぉ!」


「......あぁ!....い、言ったね。うん、、、
言った。ね。。( ̄∇ ̄;)」


「それね、衝撃だったんスよ。俺。
そんなこと言われたこと無かったし。
しかも嫌いなことよく知ってて言ったじゃないっすか!」


「はぃ。。すいませぬ。。。( ̄ー ̄;)ゞ」


「それからっすよ。色々分かったの。
俺が色々変ったの」


「ええ。ええ。変りましたな。。ちみ。
確かに、その辺りから、、( ̄。 ̄;A、ええ」


「そうなんすよ。
売れているものには売れている理由があるから、
ソレをちゃんと見つけろ!って、
そう言ってたんすよ。
プロなら嫌いなものをただ嫌いって言うだけじゃなくて、
ソコを見つけられなければいけないって、
そういうことだったんスよ」


「は、はぃ、そ、そうでございまふ。
間違いわありませぬ。。( ̄ー ̄;」


「で、変ったんスよ!よ!俺。
実わさ!
そんな事があったんスよ!
みんな!聞いてんの!?
俺!?
よっぱらってねーーぞぉ!
コラァァァーーーッ!o(`ω´*)o ウラウラ!!!」



......と、
酔っぱらって皆の中でそんなこと言ってました。
僕としてはなんだか、
今更ながらジワリ......と嬉しい話しではありましたが。
なんだかとてーも怒られていた感じでもあって......
こ、こわひ(T.T)ぶぇ。
このブログはサブタイトルにある通り—————————



いつの日か、愛する誰かが
「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」
と見つけてもらえたら......そんな思いで書き記してます。。




————————というブログなので、
そんな大好きなHS君にも、
その当時の僕の真意をチロッとだけ残しておこうかと。
それはとても個人的な考えで、
対するモノゴトによっても異なってしまうような
考え方でもあるのですが、
その時に僕が思っていたことというのは......
実はこんなことなのです。



たまに、
自分に足りないものが、
自分が嫌いなものの中にある様なことがあると思うのです。
自分は、
そんな事を思い知らされたことが幾度となくあったもので、
それが、その時、僕がHS君に伝えたかったこと。
それが僕の真意。



そして、実はそれは......
以前この「2種類の音楽」という記事で記した、
生意気だった僕が大好きな恩師から丁寧に教えてもらったことでもあって、
ずっと大切にしている「クリエイティブ定理」の一つでもあるのです。
恩師と話しをしていたこの時の状況や風景の全ては、
僕も今でも完璧に覚えています。
だから、その時のことを記すことも出来るのですが......



やんちゃなHS君は、
そんな話をしていた時から数年後。
「日本レコード大賞 編曲賞」
を受賞するほどの成功を手にしました。



......そーだね、



タマには驕ってもらお~うっと ( ̄ー+ ̄)ニヤリ



そんなHS君とメンバーの二人と僕と、
四つ巴のケンカばかりしながら作った「その時」のアルバム。
「mihimalife/mihimaru GT」=「ミヒマライフ/ミヒマルGT」
僕からすると、ケンカ感も満載!で、
そんなHS君の四苦八苦も沢山詰まっている作品です。
HS君やプロジェクト、そしてメンバーが、
熱い摩擦の中で
「足りなかった何か」
を見つけることが出来たアルバムです。(^^)


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ありがとう以上

2013-03-17 00:03:25 | サブ・タイトルの話
東京の南の端を流れる多摩川の空は、
今日はとても良く晴れ渡っていました。
川の上に広がる青い空には

「気持ち、花でも添えましょうか!?」

......なんて思っているかのような小さな白い雲が
ポツリポツリとある程度。
川の向こうには、遠く、富士山も良く見えています。
風もなく、暖かで穏やかな春の日差しは、
川沿いの桜の木の芽を少しでも大きくしようと降り注いでいました。



午後、2時を少し回った頃。
そんな多摩川のほとりに、
小さくて可愛らしいその女性スタッフは
ワザワザ自宅から地下鉄で30分もかけて来てくれました。

何やら、
彼女は僕に話したいことがあると言います。

エンターテイメント世界の真ん中で、毎日、
日本中を忙しく飛び回っている彼女は
土曜日の今日も夜7時ぐらいから仕事があるようでした。
そんなスケジュールの中でワザワザ東京の端にある
僕の自宅迄来てお話しがしたい......ということは、
どれだけ大切で重みのある話しなのか......は、
大体想像がつきます。



そもそも、
彼女が「今」抱えているプロジェクトは元々は僕が始めて、
創って来たもの。
それを1年半前に「やむをえない理由」で
全てを彼女に委ねる事になったわけで。
彼女を取り巻く問題の大体の事は、うぬぼれでなく、
離れていても常に誰よりもよく分かります。
頑張りやで責任感の強い彼女は、
その小さな背中に僕の抱えていた分のバッグも背負いながら、
この一年半を頑張ってきたのだと思います。



きっとその大きなバッグの話し......



僕が彼女に委ねていた仕事の話し......



駅で彼女を迎えると、
カフェでひとしきりクダラナイ話しをして。
その後、二人で多摩川の広い河川敷の方にてくてく......
と土手を下って降りていきました。
川の流れの直ぐ傍に延々と敷かれた石堤に腰を掛け。
そうして、やっと、彼女はポツポツ......と、
小さな声で話しを始めました。

話しを聞いていると、
それはやっぱり彼女にとってとても辛く、厳しい話で。
彼女の小さな胸の中に、
決して人目に触れない様に仕舞い込まれていた多くの思いの話し。
それは段々、少しずつ溢れて来て、
いつしか堰を切ったように激しく......大きく流れ出て来ました。

......気がつくと、
彼女は話しながらぐしゃぐしゃに泣いていました。
涙は止めようとも止めようとも、
とめども無く溢れ出て来ます。
その辛さが伝わるので、
傍で聞いていた僕も思わず涙ぐみ、
泣きそうになってしまいます。



「本当にすいませんでした......
uzmetさんが離れてから私何も出来ませんでした......」
すいませんでした......すいませんでした......
本当にすいませんでした......」



彼女が謝る必要などいったいどこにあるのでしょうか。
彼女を荷物の多い大変な環境に追い込んでしまったのは、
むしろ僕の責任なのです。
彼女が謝る事など微塵も無いのです。



「謝る事なんてひとつもないから、
俺の方が謝らないといけないんだから、、、
本当に、本当にごめんね。
一年半も、、、俺の分まで頑張ってくれて、、
本当にありがとう。
君には本当に感謝しか無いんだ。
本当に。
ありがとう。
君にはそれしか無いんだ。
ありがとう......ありがとう......」



僕は、その時、
それしか言えませんでした。



「ありがとう......ありがとう......」



ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......
ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう......



「ありがとう」という言葉では全く足りない気持ち。
そんな気持ちは一体何と言ったらいいのでしょうか?
そんな気持ちは一体何だというのでしょうか?



「ありがとう......ありがとう......ありがとう......」



泣きじゃくる彼女に、
僕はそれしか言えませんでした。
気がつくと僕は泣き続ける彼女を抱き寄せて、
頭をクシャクシャに撫でていました。



「ありがとう......ありがとう......」



それでも彼女はひとしきり泣いていて、
それから......少し笑って......



時刻はいつの間にか夕暮れになっていて、
川の向こうに見える、
富士山の傍に沈んで行こうとしている太陽は少し大きくなって。
オレンジの色が強くなっていって。
キラキラと川面に反射しているその日差しの中で、
また僕らは色々なことを話して.......そして、
河原を後にしました。



今日、一つ確信した事があります。
「ありがとう」という言葉でも
とても伝えきれないような大きな大きな、
とても大きな感謝の気持ちというのは、
それも「愛」なのではないのかな、ということ。

コノ理解がもし間違っていたとしても、
少なくとも今日だけは僕はそんなふうに思えたということ。

泣いて泣いて泣いて泣いて......
こんなになるまで小さな体で懸命に頑張ってくれていた彼女を、
僕は愛しています。



ありがとう。



その言葉では伝えきれないほどの「ありがとう」ですが、



ありがとう。



このブログのタイトルに嘘、偽りはありません。



いつの日か、愛する誰かが
「アイツはこんな事考えて生きていたのか。。」
と見つけてもらえたら......
そんな思いで書き記してます。



愛してます。



仕事に向かう彼女を駅まで送っていって、
その後、また一人、
川沿いの土手を歩きながら家に帰りました。

帰り道。
彼女の前ではこらえていた想いと涙が
止めども無くあふれてきました。
そして、フト、
泣きはらした情けない目で道の横に目をやると、
そこにはいつもの桜の木が佇んでいました。
桜の枝には花の莟が沢山ついていて、
いまや大きく大きく膨らんでいました。
彼女に

「今日はワザワザありがとう、、、」

というお礼のメールを打ちました。
そのメールの最後にはこう書きました。

「......桜は、これから咲くのです」



今日、彼女と歩いた土手沿の道は、
もう少したつとこんな感じになります(^^)

あっ!?

今日の記事......

コニャ(奥さん)用の言い訳を考えとかなアカンかな?......
失敗か!?(゜_゜i)タラー......


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勁草を知り、華を知る

2012-09-03 00:06:38 | サブ・タイトルの話
僕も人並みに悩んだり、
傷ついたりします。



本当に幸せなことは、
こんな僕にでもそんな時に支えてくれる人が少しだけいて。
もしかしたら、
僕はそんな人達の為に、
そんな人達のおかげで、
生きているようなものなのかもしれません。
そんな人達には本当に感謝しても感謝しても......
しきれません。



いつだったか、
きっと僕の悩みや問題は分かっているハズなのに、
そのことには一切何も触れず、
ずーっと何も言わず、黙って、
ただ美味しいものを食べさせてくれた人がいました。
普段あまり行かないような
超高級なお寿司屋さんに連れて行ってくれて、
お店のご主人と一緒に一つ一つのネタや
調理のコダワリの話しなどを延々としながら、
ずっと笑顔で美味しいお寿司を食べさせてくれました。
帰り際にその人は「一言だけ」僕にこういいました。



「辛い時はさ、美味しいもの食べるんだよ。
それだけでいい時もある」



ある人は
「覚悟を決めるべきです」
と真っ直ぐに僕に言ってくれました。
その時僕は
「覚悟とは何だろうか?」
と聞き返したのですが、
「それは、、全ての人に対する愛情のことです」
とその人は言いました。
そう心から思えること、
思うようにするという「覚悟」を決めろ、と、
そう言いました。
その覚悟ができていればきっと強くなれると思う、と。
そして、こう付け加えてくれました。



「疾風に勁草を知る」



「後漢書」という古代中国の書物に出てくる言葉だそうです。
勁草(けいそう)とは何の変哲も無い、
野原に生い茂る草のことだそうです。



「しっぷうにけいそうをしる」



台風の様な強い風に吹き晒されるような時、
大木や家々や、大きいものほど折れたり吹き飛んだりします。
色々なものも全て吹き飛んでしまいます。
そんな中で、
何時だって最後に変わらずに立っているのは勁草......
草だといいます。

身を低くして、
大地に這いつくばって、
でも、上体は力を抜いて楽にする。
ただ吹かれるままにゆらゆらと楽にしてみる。
風に対して無理に逆らわず、
あるがままに靡き、そして、やり過ごす。

そのしなやかさこそが「素直な心」なのだとその人は言いました。

そして、その時に「根」が大事なのだと。
大地に張った根が大事なのだと。
決して「根っこ」だけは揺るがない。
そんな決意と覚悟を胸の奥にしっかりと秘めて立ち尽くす。
ソレを失わなければ表面は彼方此方に揺れていて、
自分を無くしてしまう様に思えたり、
外からそんなふうに見えていたとしても、
勁草の様にどんな強風もきっとやり過ごせる......と、
その人は言いました。

その根とは心であり信念。
周りの人への愛。
そして「覚悟そのもの」だと。

ひどい強風がぶち当たった時に初めて自分の根や
芯を知ることも出来るのではないか、と。



またある人は......



......きりがないですね......



僕はいつも、
そんな人達の力で、
弱いながらもなんとなく自分を失わずに歩けています。
いつもありがとう。
ココにも記しておきます。
いつの日か、愛する誰かが、

「アイツはこんなこと考えて生きていたのか。。」

と見つけてくれた時の為にここに記しておきます。
本当にいつもありがとう。



この記事の「思い」に合いそうな写真を携帯の中で探していたら、
いつか、沖縄のブセナ(部瀬名)で大切な人と撮ったこの写真がピンと来ました。
華というのは、もしかしたら「感謝」で咲いているのかもしれません。


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