雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

デジデリオ

2014-08-22 00:52:33 | 不思議
そして、もう一方の「デジデリオ ~前世への冒険~」は、
そんな佐藤愛子さんの作品とはうって変わってとてもポップな感じ。
共通点は、どちらも作者が人生の長い時間を費やして探求した、
自身の出生の秘密を巡る真実の物語であるということ。




———————前回と、前々回からの続きのお話となります(^^)
今回は「デジデリオ ~前世への冒険~」という本の方の話———————



この本の作者で、
物語の主人公でもある森下典子さんは雑誌のライターさん。
彼女はある日「家庭画報」という雑誌の企画で

「前世が見える。。。」

と、とても評判になっていた京都のとある女性に会い、

「自分の前世を透視してもらい、その結果を記事にする」

という仕事を引き受けます。
何故?
その企画のライターとして彼女が選ばれたのか?というと、
彼女がルポやリアルエッセーを手掛けていたバリバリの
「リアリスト」だったから。
今回の特集は魂やら霊やらをマッタク信じない彼女をあてた方が、
もしかしたら面白いのではないか......と、
編集部がそんなふうに考えたからでした。
あやふやな世界が大っ嫌いな森下さんは、
最初にこの話を聞かされた時、

「前世が見えるだなんて......
どうせ根も葉もない作り話を聞く事になるのはわかっている」

「そういう人たちは結局、思い込みが激しいか、
あるいは、他人の注目を浴びたくて、意識的にせよ無意識にせよ、
嘘をついているのだと思っている......」

などと考えつつ、でも、仕事でもあるし。
少々の葛藤を抱きながらも、
半分は好奇心でこの仕事を引き受けることにしました。
そうして向かった京都で、普段は空間デザイナーをしているという、
その不思議な能力を持った女性に森下さんはこんな事を言われます......



「......1430年、
あなたはポルトガルのポルトという海に近い街で生まれた。
名前はデジデリオ。
女の子のような奇麗な顔をした、華奢な少年だった......」



そして、森下さんはこんな事を考えました。



「前世が見えるなんて、どうしても信じられないのだ。
何かカラクリがあるはずだった。
こうなったらこそこそせずに、真っ向から疑おうと思った。
作り話ならば、必ず何処かに矛盾があるはずだ。
そして、本当に真実ならば、やはりその証拠が見たい」



こうして、数年間に渡り、
海外と日本とを幾度も行き来する
森下さんの真実探求の旅が始まりました。
最高に面白い!旅の始まりです。
作品はドキュメンタリーでありながらも、
とても良く出来たミステリー小説の様な物語と仕上がり。
雑誌のライターさんならではの文章の読みやすさ。
数年前にはNHK-BSでドラマにもなりました。



僕が「私の遺言」と「デジデリオ ~前世への冒険~」
の2冊をとても気に入っている理由は、
その物語の終わり方にあります。
実は、どちらも明確な結論は書かれていません。
というか、書きようが無い状態にまで進み収束していきます。
僕はソコにこの二つの物語の真実味と崇高さを見いだしているのです。



魂はあるのか?

輪廻転生はあるのか?

ないのか。



この2冊の本が語りかけて来る結論は
「そのドチラでもない」
ということ。
それは僕の個人的な解釈と同じでもあり、
毎日の現実生活の中で感じている実感でもあります。



魂はあると思っています。

転生も有ると思っています。

ただ、マッタク同じ魂、
同じ形で産まれ来ることは無いように思います。

僕は魂の輪廻をそんなふうに理解しています。



万物は全て量子(素粒子)と呼ばれる恐ろしく小さなモノから出来ています。
魂?の様なものを構成している素材成分を、仮に、
そんな微細なるものとして。
それをまた仮に「100」と表し。
その「100」の中で一番多くの割合を占める
「目立つ要素、モノ」だけを取り立てて
「前世の魂」と呼んでいるように思えてもいます。

もしかしたら、
そんな最も多くの割合を占める素材でも、
大抵は全体の「20」ぐらいしか無いのかも!?
しれません。

もしそうだとしたら、
その他諸々の沢山の素材種類が寄り集まって占められる
「80」の割合の方が、
全体の「100」に与える影響は大きい、
ということにもなるハズです。

魂も細かく分ける事が出来る......ということです。

実際、そんな事を伝えるためなのか!?なんなのか、
伊勢神宮出雲大社などでは祭神の魂はい幾つかに分けて祀られていたりします。
和魂(ニギミタマ)、荒魂(アラミタマ)、
奇魂(クシミタマ)、幸魂(サキミタマ)......
魂の構造がもしそんな形だとしたならば、
現在の魂が前世の魂と「マッタク同じ」というようなことはマズ無くて。
過去に生きていた時の魂にしても、
また同じことが当てはまるとも言えます。



全ての魂は皆、
その構成要素が毎回、
何処か少しづつ違っているということ。



「100」の割合だけでなく、
構成素材の種類も含めて毎回違っているのであれば、
魂は全て唯一無二のモノであり、
毎回「初めての魂」とも言うことが出来ます。
そんな初めての魂の形で過ごすライフであれば、
当然それも、毎回「最初で最後」のモノとなるはずです。

「新しい」とは、
時に複数の違う要素やモノが集まり、纏められ、
違うものとして仕上げられ、
捉えられていくことであったりもします。
そもそも、世に「新しい」と言われるモノの殆ど全てが
そんな構造になっているのではないでしょうか。
だから構成要素の一つ一つを理解している、知っている、
というような人の場合は、
その構造がわかってしまう故に、いくら周りが

「新しい」

と言っていても、
そこまでの新しいものにはナカナカ見えてこない......という、
そんな経験を持っている人も沢山居ると思います。
音楽でも「新しい」と言われるものは、
実は殆どそんな構造であったりします。



魂の様なものが有るとして、
その構造はそんな感じのように思えています。



転生の秘密とはそんなコトのように思えています。



だから、
毎回新しいけど、新しくはない。
繰り返すけど、繰り返さない。



魂の存在や転生の答えは、
有と非有の間にあって、
有でも非有でもない。



考えても仕方が無い。
その答えには何かの意味はあるかもしれないけれど、
人生を変える大きな力など無い。



色々な巡りの上で新たに組まれた魂の組織成分。
転生を繰り返してはいるものの、
常に一度きりとなるその魂の道のりは、
新鮮さと最善を尽くす思いで歩むより他は無い。




昔、瞳の大きな少女が語ってくれたお話と、
この二冊の本に記されている真実の物語とが
僕に語りかけて来ることとは、
実はそんなコトのように思えているのです。



大好きなハワイ、オアフ島のノース・ショア。
こんな所に佇んでいると、
海、風、雲、山、水、空気、大地、地球、月、太陽......
偉大なるものは多くの存在に広く、
普く(あまねく)分け与えられている様に思えます。
もしかしたら、人間に関しても、
偉大なモノゴトを成したり与えたり出来たような人は、
この世界から去った後、その魂は広く、普く、
多くの人々の魂の中に、
細々(こまごま)と分かれて入り込んでいくのではないか?と、
そんな風に感じたりもします。

キリストや仏陀も。
日本やギリシャやエジプトやロシア、南米、北米などの神々も。
偉大であった魂達は、
その後産まれる全ての人々の魂の中に、
小さなカケラとして、分かれて入り込んでいるのではないか......
そんなふうに感じる時があります。

僕等が持っている愛や情、仁、義、礼、智......
もしかしたらそんなものも、
生命が長きに渡り育んで来た偉大なる魂の一部なのかも?
しれません。
DNAにはそんなものも書き込まれているのかもしれません。

僕等は皆、そんな仕組みで、
偉大なる魂のカケラを......神を......
宿している存在なのかもしれないな、と、
僕は思っていたりもするのです。



僕の前世に深く関わる!???
京都、清水寺。



ココに行くといつも不思議なことが!?
起ったりなんかして。ね。(ー`´ー)うーん。。


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コメント (2)
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