AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

眼瞼下垂に対する針灸治療の検討

2011-08-23 | 眼科症状

1.眼瞼下垂をおこす疾患 
 内科的には、動眼神経麻痺、ホルネル症候群、重症筋無力症が主要疾患となる。眼科的には腱膜性眼瞼下垂症が主要疾患となる。



1)動眼神経麻痺
上眼瞼挙筋(動眼神経支配)の麻痺により、一側の眼瞼下垂が起こる。同時に、毛様体筋(動眼神経支配)麻痺により散瞳になる。     

2)ホルネル症候 
眼に対する交感神経支配の消失状態。相対的に頸部交感神経機能亢進により縮瞳になる。また、交感神経は上瞼板筋を支配するので、交感神経支配が弱くなれば眼瞼下垂になる。ホルネル症候の3第徴候は、縮瞳・眼球後退・眼裂狭小で、軽度の眼瞼下垂も出現する。 
ホルネル症候群は、眼の交感神経機能低下や星状神経ブロック時に出現する。星状神経節ブロックは、バレリュー症候群時の頸部交感神経刺激症状の改善目的や、顔面神経麻痺時の頭蓋内血流改善目的で実施される。

3)重症筋無力症
全身骨格筋の筋力低下。とくに両側性に眼瞼下垂が起こる。瞳孔は正常。

4)腱膜性眼瞼下垂症
腱膜性眼瞼下垂症は、片側性で、瞳孔大は正常である。視力自体は正常。
眼瞼挙筋の下端は腱膜を介して瞼板に付着する。すなわち、眼瞼挙筋は腱膜を介して瞼板を持ち上げることで、上眼瞼が上がる。後天性腱膜性眼瞼下垂症の大部分は、眼瞼挙筋と瞼板の接合部が剥がれた状態になる。剥がれる原因としては、常にまぶたを擦る習癖、コンタクトレンズの常用、事故、老化などがあげられる。腱膜性眼瞼下垂症は程度の差はあれ、多くの老人で起こるので老人性眼瞼下垂症とも呼ばれている。
先天性の腱膜性眼瞼下垂症は、眼瞼挙筋が線維化し、収縮力が弱くなることが原因である。   
症状としては、まぶたが重い、夕方になるとまぶたが開かない。眼瞼挙筋を余計に収縮させているために目の奥が痛い。歯を食いしばってまぶたを開けているので咀嚼筋の疲れ、痛み、歯が浮く、顎関節の症状がおこる。眼瞼挙筋が働かないので、ミューラー筋の収縮を強いられるようになるので、頭顔面部の交感神経緊張状態にもなる。



2.上眼瞼の解剖と機能 

上眼瞼は表層から順に、皮膚、眼輪筋、眼瞼挙筋、ミュラー筋、眼瞼結膜という層構造をとる。上眼瞼の開閉には次の筋が作用する。
1)開眼作用
眼瞼挙筋:動眼神経支配。意志により開眼させる。動眼神経麻痺では上眼瞼挙筋麻痺が生じ、瞼が閉じない。
ミュラー筋:交感神経支配。驚愕や興奮時、意思とは無関係に少し目を見開く。

2)閉鎖眼作用:
眼輪筋:顔面神経支配。意志により閉眼させる。 顔面麻痺では眼輪筋麻痺となり、瞼が開かない(兎眼)。
※要するに、顔面麻痺では完全には閉眼できず、動眼神経麻痺では完全には開眼できない。

3.眼瞼下垂の針灸治療
1)腱膜性眼瞼下垂は、上眼瞼挙筋が瞼板から剥離している状態なので、針灸適応とはいえない。しかし加齢性などで上眼瞼挙筋の伸張により眼瞼下垂を生ずることはあり、鍼灸院環境では両者の鑑別は難しい。したがって腱膜性眼瞼下垂を疑う症例であっても、鍼灸が奏功する場合がある。

2)粕谷大智先生が顔面神経支配である眼輪筋刺激を目的として、上眼瞼縁部への2㎜程度の浅刺(皮内針でもよい)をすること報告した。眼輪筋と上眼挙筋は拮抗筋の関係なので、上眼挙筋を緊張させるには、輪筋筋緊張を弛めるのがよいと考えた訳である。上眼挙筋は眼瞼の深部にあり、また上眼窩内にあるので、直接刺激することはためらいがある。
私の所属する「玉川現代針灸研究会」にて、紺野康代先生は、老人性陳久性の片側性眼瞼下垂症に対し、この治療法を2~3ヶ月追試し、ほぼ正常にまで回復した症例を報告した。

3)頭部外傷後遺症による片側性耳鳴りを訴える例に対し、鍼灸をおこなうと2回治療で非常に効果あったのだが、この患者は、患側に眼瞼下垂があった(頭部外傷受傷前には存在しなかった)。バレリュー症候群のたぐかと考え、星状神経節刺を行うも眼瞼下垂状態に変化はなく、眼瞼縁への多数浅刺を行っても変化なく、上眼瞼挙筋刺激を目的として上眼窩内刺を行っても変化なかった。
主訴である耳鳴りが改善したから治療成功例だが、眼瞼下垂には無効だった。結局本症は、ホルネル症候群だったのかもしれない。ホルネル症候群には有効な治療があまりない。

4)ある常連患者の不定愁訴症候群で、本日は左瞼が開きにくいという訴えをがあった(外見上に左右差はなかった)ので、眼瞼縁に多数浅刺したところ、だいぶ改善したが、眼窩上縁部を指さし、このあたりが動かないと訴えたので、その上眼窩内刺針点部に1㎝ほど単刺をすると、良くなったとの返答を得た。これは軽度の上眼瞼挙筋の伸張症だったのだろう。

5)普段は眼瞼下垂を呈していても、本人の好きなテレビをみている時や、趣味に没頭してる時など、交感神経緊張状態でミュラー筋が緊張した結果、眼瞼下垂が一時的に改善されている場合がある。この時の治療は、ワゴトニー(副交感神経緊張状態)体質を是正する目的で、気管支喘息の治療と同様に考え、上背部督脈に施灸すればよい。(単に一過性に改善させるだけならば、身体のどこにでも響かすような鍼をすれば済む)。