最近の針灸勉強会でK宮先生が、小林弘幸先生著「なぜ「これ」は健康にいいのか?」サンマーク出版、2011.4 のことを紹介した。小林先生は交感神経と副交感神経がシーソーのように一方が上昇すると他方が下降するといった単純なものでないことを記し、とくに副交感神経興奮性を上げることの重要性をいろいろな例をあげて説明している。
まずは、この著書から重要部分を抜粋し、その意味するところを図示(自作)することにしたい。
1.交感神経と副交感神経のバランス
従来から、人間を含む動物の身体は、活動的な日中は交感神経が支配し、夜にリラックスする ときには副交感神経が支配するというように、相反する働きをもった2つの自律神経が、交互に身体を支配することで身体機能が保たれている。交感神経優位と副交感神経優位のブレが生理的範囲から逸脱したものが自律神経失調症である。
身体が最もよい状態で機能するのは、交感神経・副交感神経ともに高いレベルで活動している時である。ともに活発に活動しているという条件範囲内で、交感神経やや優位状態と、副交感神経やや優位状態といったバランスシーソー状態が生じている。次の状態は病的である。
交感神経緊張↑↑ and 副交感神経緊張↓↓ ‥‥身体各所の不調者の大部分。感染症等。
交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↑↑ ‥‥鬱病傾向
交感神経緊張↓↓ and 副交感神経緊張↓↓ ‥‥健康状態は悪くないが不活発。体力なし。
2.交感神経緊張症(sympathicotonia ジンパチコトニー)
ストレス → 交感神経緊張状態 → 血流障害による諸症状。
脈拍の増加、高血圧、高血糖、痛み、コリ、不眠、いらいら、便秘、食欲不振、歯槽膿漏、痔疾、傷が化膿しやすいなど。
3.副交感神経緊張症(vagotonia,parasympathicotonia ワゴトニー)
身体を休めるほか、消化と排泄なども優位になる。この状態で免疫機能が高まるが、これが破綻するとアレルギー現象になる。副交感神経緊張症は全身的なものであるが、その人の体質的弱点へ特に強く症状を呈してくる。
①動眼神経:めまい・立ちくらみ
②迷走神経:嘔気、胃の不快感、食欲不振、心臓衰弱感、遅脈
③気管支:喘息様症状、乾咳
④末梢血管や皮膚:蕁麻疹、皮膚の痒み
⑤情緒:元気が出ない、不眠、ため息、生あくび、物忘れ
4.自律神経失調症の針灸治療方針
1)西條一止先生の考え方
西條一止先生は、自律神経と鍼灸治療の関係をライフワークとし、一定の生理学的変化を見い出した。筆者の理解できる範囲で、その要点を箇条書きにすると次のようになる。
①副交感神経を興奮させることが治療となる。その方法とは、浅刺・呼気時・座位の刺激である。浅刺・呼気時・座位の刺激は、臨床では治療開始時と治療終了時の場面で行う。
浅刺:刺激部位は、皮膚・皮下組織である。筋を刺激しないこと。体幹よりも四肢末梢の方がよい。臨床的には外関を使う。
呼気時:副交感神経機能は、呼気時に高まる方向に、吸気時には低下する方向に働く。
座位:姿勢による交感神経機能は、臥位<座位<立位の順に高くなる。
②副交感神経が興奮すると、それに引っ張られる形で交感神経も興奮してくる。
③しかし副交感神経緊張者の場合、副交感神経を緊張させることを意図した治療をしても、交感神経は興奮せず、副交感神経緊張になりすぎるので注意が必要である。
④交感神経を興奮させるには、長座位にての低周波通電を行う。気管支喘息・咳・片頭痛・鬱症状などは、この方法が適している。
2)筆者の考え方
筆者の日常行っている現代鍼灸を中心とし、その観点から西條先生の方法を眺めるならば、その方法も変化してくる。鍼灸来院患者で最も高頻度なのは、関節痛・神経痛・筋肉痛であろう。これらは一括して体性神経症状と捉えることができる。鍼灸治療は神経や筋肉 を刺激する、いわゆる「現代鍼灸」的手法で行うとすれば、愁訴部位を中心とした解剖生理学的な要所に行うのであって、これで解決できることが多い。これらの症状は自律神経的な要素があまりないので、西條先生の方法を使う必要はない。
①交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張傾向のある患者は非常に多い。現代に需要の多い按摩マッサージ指圧の得意分野は、ストレス・疲労の回復であって、これらは交感神経緊張に分類されるのであり、浅刺・呼気時・座位の法則が成り立つ。
經絡治療派であれば、西條流を取り入れることは比較的抵抗ないのかもしれないが、多くの鍼灸師は、伝統的経験的に仰臥位・伏臥位での、浅刺・多取穴・置針を行うことで患者の需要に応え、生計を営んできた。これは患者にウトウトするような眠気をさそうもので、副交感神経の興奮レベルをあげることを意図している。副交感神経興奮させることにより、それと拮抗関係にある交感神経緊張を緩めるという考え方である。ただし新理論では交感神経興奮状態と釣り合う状態にまで副交感神経の興 奮性をあげるというのが新解釈になる。
②副交感神経機能興奮の針灸治療
交感神経緊張と比べると数は少ないが、副交感神経緊張状態の者(喘息、アトピー、鬱傾向)を治療する機会も時々あるだろう。これは、良く言えばリラックス状態、悪く言えば気合いが欠けている状態である。
気管支喘息者は、夜間に呼吸困難発作が起こることが多く、起座呼吸することで呼吸苦が軽減することが知られている。これは夜間は必然的に副交感神経優位になるから発作が起きやすく、座位になることで交感神経優位に導き、症状軽減させているでのある。深夜に鍼灸治療を行うことは困難なので、筆者は熱いシャワーを短時間、首肩に浴びるこよう指導し、良い効果をあげている。
治療院来院時では、交感神経優位にもっていくことを考え、座位で大椎付近に強刺激(米粒大灸7壮程度の有痕灸や太針による刺激)を行うことにしている。
③自律神経失調と針灸の守備範囲
器質的疾患の多くは、同時に自律神経失調的症状を呈するのは珍しいことではない。この場合、器質的疾患を治療することで自律神経失調症状となった根本原因は取り除かれ、自ずと自律神経失調症状も改善するのである。
病の原因として自律神経の問題を過大視するわけにはいかないだろう。自律神経失調症に対して鍼灸が効くといった言い方は、「自律神経の生理的ブレ」から少々逸脱した状態にのみ対処できると捉えるべきであり、これが鍼灸の守備範囲なのであろう。
感染症は勿論、ステロイド使用ししている気管支喘息、アトピー性皮膚炎、鬱病などの根本原因を副交感神経緊張に求めることは無理があり、針灸治療の適応疾患とはいいづらい。