1.症例1 65才、男性、無職(元会社員)
1)右側のフォーハンドとバックハンドのテニス肘合併による右肘運動時痛が主訴で来院していたが、数回の少海・曲池あたりの圧痛点運動針で略治していた。ある日、ジムでトレーニングをしていて、正座して状態を前屈する動作(=お辞儀する動作)で、右鼠径部痛を生ずることに気づき、気になるようになった。
2)鼠径溝上で、どこが痛むのかを指先で押すよう患者に指示しても、私自身が押圧して調べても、これだという明瞭な圧痛硬結は見いだせなかった。やむなく関係ありそうな点である長内転筋の起始部腱、腸骨筋の起始部腱に刺針し、股関節の外転・外旋の運動針を行うも無効。また座位にて髀関穴(大腿直筋が下前腸骨棘に起始する部)に刺針しても効果なかった。
3)とにかく反応点を指先で探しあてることが先決だと考え直し、上記の維道穴、すなわち下前腸骨棘の真上から、深々と押圧してみると、深部についに筋硬結を感じとることができた。この押圧方向と同じ方向に2インチ中国針30番(和針10番相当)で3~4㎝刺入し、硬結に当てて雀啄して抜針した。
するとその直後から、正座でのお辞儀の際の鼠径部痛は消失した。以後、たまに軽く痛むことはあっても、そのつど上記刺針法で症状軽減している。
2.症例2 54才、女性、看護士
左変股症、膝OA等にて来院中の患者で、主症状は順調にコントロールされている。ある日、正座をしてお辞儀をすると左鼠径に痛みを感じるとのこと。上記症例1の経験に従って、座位で、髀関(下前腸骨棘部)あたりの筋硬結を触知し、そこに2インチ中国針30番(和針10番相当)で3~4㎝刺入し、硬結に当てて雀啄して抜針した。すると本例も治療直後から症状消失した。
3.髀関刺針を有効にするための触診技法
大腿直筋のストレッチは、スポーツトレーナー分野でよく行われている。それは、正坐した状態で、上体を後に倒して床につける動作や、立位で片側の膝を屈曲させ、その側の足首を指でつかんだりする動作になる。
今回の大腿直筋起始部痛は、そうした筋の伸張痛ではなく、同筋の収縮時痛であろうと考えた。針灸で、この筋の起始部に刺針することで収縮痛を改善するには、独特なコツがあることがわかった。同筋の起始部は下前腸骨棘(それに寛骨臼上縁)であるが、仰臥位姿勢にてこの部を指頭で押圧しても、他の筋に邪魔され、この筋の緊張の有無は分からない。
※髀関穴位置:教科書的には上前腸骨棘の下方、縫工筋と大腿筋膜張筋の間、陥凹部である。筆者は上前腸骨棘の下方1~2寸の下前腸骨棘部を髀関としている。
正坐させて、図の×印のように下前腸骨棘を普通に触診しても。やはり緊張の有無は分からない。下図の○印のように、大腿に指をもぐり込ませ、骨盤縁に対して直角に指をあてるようにして、初めてシコリを発見できる状態になった。そしてシコリ中に針先が到達するように刺針すると、効果をあげられることを知った。