1.梁丘刺針の針響方向
梁丘に刺針すると、刺針局所に響くか、末梢側に響くかのいずれかであって、普通は腹方向に響くことはない。しかし柳谷素霊の本を読むと、次に示すような独特の技法を併用することで、腹方向に響かせることができるように書いてある。
2.柳谷素霊の、胃カタルの治療としての梁丘刺針技法
膝上外側の大腿直筋の外縁で、下肢を伸ばしてウンと力を入れると凹むところを取穴。下方から上方に向けて、大腿直筋外縁下に鍼尖が入るような気持ちで斜刺する。この時、患者は息を吸わせ、なるべく手足をキバルように力を入れさせて刺入、鍼を進ませるのは吸気時に行い、呼気時には鍼を留め、または力を抜く。このようにして徐々に進め、針響きが腹中に入ると患者が訴えれば、病の痛みがだんだんうすらいでくる。その時に腹中に響かないとしらた弾振(ピンピンと鍼柄をゆっくりと弱く弾ずる)すれば、やがて疼痛は軽減する。(「胃カタルの鍼灸法」柳谷素霊選集下より)
3.筆者の工夫
私は健常者に対して、柳谷素霊の梁丘刺針手技の追試してみたのであるが、腹側に響かせるのは困難だった。下腹痛が症状にないと難しいのかと思った。ただし昔から知っている、針響誘導手技を併用してみると、針響は下腹にまで至らないものの、大腿を上行させることは可能だった。その方法を紹介する。
①梁丘へ、やや硬い筋肉部に針先が当たるまで刺入する。通常は深度1~2㎝。
②雀啄などの手技針を行い、末梢方向に針響が得られることを患者とともに確認する。
③柳谷素霊の指定するように、下肢全体力を入れ、息を吸わせる。
④さらに、梁丘の下方(膝蓋骨方向)1~2㎝の部を、指頭で強圧し、下方への針響が遮断されたことを確認する。なお強圧には強い力が必要である。助手等に、両手母指 腹を重ねて強く押圧させること。(助手がいないければ、患者自身に押圧させる) 術者自身が運針しつつ押圧するのでは圧力が足りない。
⑤さらに梁丘の手技針を継続しているうちに、次第に上行性の響きが得られる。
4.足三里や闌尾刺針は上行性の針響を得られるか?
梁丘穴に行った刺針手技を足三里に行うと、上行性の針響が得られるのだろうか。実際に健常者を実験台として行ってみると、どうもうまくいかないようだ。というのは、足三里の深部には深腓骨神経が走行している。私の足三里刺針のやり方は、深腓骨神経を刺激するよう刺針している。刺針部の下方(足関節方向)1~2㎝を押圧すると、足関節方向への電撃様針響は遮断されるのであるが、それが上行性針響になることはないようだ。つまり、足三里刺針して上行性に響かせるには、神経線維をはずして刺針する必要があるということらしい。
足三里穴の下方2寸に闌尾穴がある。この闌尾穴刺針について、森秀太郎著「はり入門」は、次のように説明している。「闌尾は上巨虚(足三里の下3寸)の高さで、脛骨骨際に取穴。10~15㎜刺入。刺針で針響を下腹にもっていくと効果的になる。足三里と闌尾は、ともに深腓骨神経上にあり、前脛骨筋部にあるので、解剖学的特徴はよく似ていると思うのであるが、森秀太郎は、闌尾刺針について、あえて深腓骨神経に当てないような操作をしていると思った。