経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、ほとんどの場合、なぜこの症状に使うのかという理由は書いていない。根拠が分からないのか秘密にしておきたいのか不明だが、こうした書き方であったとしても、これまで通用してきた。しかしながこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。故・代田文彦先生は、症例報告会では、使用したツボの取穴根拠は、こじつでもよいから、ともかく書くようにと指導していた。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。どこまで長くなるか分からないが、部位別に5回前後に分ける予定でいる。
1.手三里
1)解剖と取穴
肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。
2)臨床のヒント
①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。
②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。
2.合谷
1)解剖と取穴
標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。
2)臨床のヒント
①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。
②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁をえぐるように探って圧痛硬結を発見し、て第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。(通常の押圧方法では圧痛硬結は触知できない)
③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。
3.陽谿
1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。
2)臨床のヒント
長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。
4.郄門
1)解剖と取穴
手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。
2)臨床のヒント
①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。
②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。
③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。
5.神門、澤田流神門
1.神門
1)解剖と取穴
①標準神門:豆状骨の際で尺骨手根屈筋腱が付着している部の橈側で、横紋中で神門の脈(=尺骨動脈の脈拍)が触れる処にとる。教科書神門は心經上にある。
②澤田流神門:豆状骨に尺骨手根屈筋腱が付着している部の尺側で、豆状骨と尺骨茎状突起の中央の間で、澤田流神門は神経と小腸経の間にとる。尺骨神経手背枝の経路。
2)臨床のヒント
①私にとって神門の治効は昔から謎だった。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、澤田流神門は、狭心症、心筋梗塞、精神病、ヒステリー、テンカンの名灸穴、便秘の特効穴、面疔にも効くとある。一般的には便秘に効能ありとして記憶されていることが多いが、なぜ便秘に効くのか、その根拠は不明なままである。代田文彦先生は、<便秘に澤田流神門>というのは、錯覚かもしれないと語ったことがあった。実際に便秘に神門の鍼灸をしても、多くの場合は効果がない。しかし神門に鍼灸して効いたとする症例を持つ者は確かにいる。どういう便秘が神門の鍼灸で効果あるのかを聴いてみると、「よく分からないが、効く時には効く」という返事だった。
②代田文誌を師匠としていた塩沢芳一は合谷の圧痛と澤田流神門の関係を調べた。その結果、合谷の圧痛は神門の刺針によって, 拭うがごとく消退するものが多いことが判明した。塩沢は、澤田流神門に針をすると合谷の圧痛が減り、合谷に針をすると澤田流神門の圧痛が変化することは、代田文誌の日常臨床の経験から熟知していたとも記している。
また澤田流神門に針をしたとき、中府・中脘・上不容・大巨の圧痛が変化するかどうかを229例調べた。この結果、合谷の圧痛が減っていれば、他のツボの圧痛もとれる傾向にあった。(刺針と圧痛の関係の研究 (第5報) 神門について 日鍼灸誌 11巻1号 昭36.12.1)
③合谷といえばまず面疔の名灸穴である点で、澤田流神門と共通点がある。また合谷に30分以上捻針を続けると、首~頭に針麻酔がかかることを発見し、世界中を驚かせた。これは生理学の発展にも寄与し、、麻脳内麻薬のエンドロフィン、エンケファリンの発見にもつながった。
合谷→脳内感受性の鈍化→澤田流神門も同じく脳内感受性が鈍化という関連が推察される。
④ストレス過多で交感神経緊張状態にあると、大腸蠕動運動が円滑にいかない。この結果、痙攣性便秘となる傾向にある。こうしたケースでは心身をリラックスさせる目的で、澤田流神門に施術するという手段はあるといえるのではないだろうか。
6.孔最
1)解剖と取穴
①標準孔最:肘から手関節横紋までを、一尺と定めた時、前腕前橈側、太淵の上7寸。腕橈骨筋中。
②澤田流孔最:尺沢の下2寸。標準孔最の上1寸。腕橈骨筋上。
※孔最のツボ反応は上下に移動することがある。指先の按圧感によって、その最高過敏点の硬結を取穴。痔核の位置によって本穴の圧痛は移動する。左右を比べ、圧痛の強い側を取穴する。
2)臨床のヒント
①孔最は痔の特効穴として澤田流では広く知られている。痔痛、痔核、痔出血、痔瘻、裂肛、脱肛に効くが、脱肛には効かないこともある。灸治が適する。(「基礎学」より)
②左右の沢田流孔最を調べて、圧痛や硬結の多い方が患部である(必ず患側に強く発現する)。まず硬結を目標に5~7壮施灸する。そしてその灸痕は、翌日になれば必ず移動している。毎日移動している硬結を求めて、その中心に施灸する。そのうち硬結の移動が止まる。この時が治癒の近づいた時である。痔痛が除かれても孔最の穴の移動している間は血齲したとはいえない。だいたい2~5週間くらいを要する。3ヶ月を要した例もある。小島福松:痔疾、現代日本の鍼灸 医道の日本300回記念)
③痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢となる。前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。痔の痛みの中での排便のポーズは、この延長上である(三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊 2001年3月1日出版)。
※同種の考え方で、小宮猛史氏は、体験から排便困難時に排便姿勢をしつつ両側の合谷を押圧しながらイキむと便が出やすくなると書いている。(ブログ「JTDの小窓」より)
④以上のような見解から、孔最の刺激を有効にするには、仰臥位で施灸するのではなく、坐位で強く手を握りしめた肢位で行うべきだということが分かるだろう。針ならば太針を用いて5分~1寸、数分間の手技針を行う。主な適応症は、痔出血と痔痛。