側胸部第4肋間で乳頭と並ぶ線で、中腋窩線上に淵腋穴をとり、その前方1寸に胆経上のツボとして輒筋(ちょうきん)穴がある。
「輒」は見慣れない漢字なのでネットで調べてみた。なお淵腋(胆) は「脇の下に隠れる水溜まり(腋窩腺分泌)」の意味だろう。
すると①牛車(ぎっしゃ)などの両側の手すり、②牛車のひさし部分、③牛車をひかせるため、柄の端を牛の首に乗せる木のこと、④轍(わだち)のこと、とあった。轍とは荷車が道を走った際、2つの車輪により地面につけられた跡が肋骨だと説明したものもあった。これまで辞書というのは正確だという認識があったのだが、内容がバラバラであることに驚かされた。
④は明らかに別物なので除外できた。②の牛の首に載せる木とは何なのだろう。牛車各部の名称を図解したものを見てみると、長い柄の先には軛(くびき 首木)とよばれる横木があり、それを牛などの首に乗せ、車を牽かせるというものだった。この解釈も間違いだった。
軛(くびき)をつけた牛の写真
香港で出版された辞書には、「輒」とは荷車の側板だとの記載があった。この側板は、板を何枚も並べて作られていたものである。何枚もの板を、比喩として肋骨に例えたのだろうと、ここで初めて納得できた。輒筋は肋骨間中にあるツボだからである。肋骨の間にある筋という意味でと輒筋と名づけられたと思った。
しかしここで、新たな疑問がわいてきた。前胸部にあるツボの大多数は肋間にあるわけで、肋間にあるのは何も輒筋穴だけの特徴ではない。輒筋穴特有の解剖学的特徴は何かないのかと、再び解剖図と経穴図を見比べ検討すると、側胸の一部分には前鋸筋があることに気づいた。前鋸筋も板が並んでいるように見える。すんわち輒筋の「筋」は肋間筋ではなく、前鋸筋のことだと理解した。
「輒」の字を分解すると、「車」+「耳」+「L(おつにょう)」になる。そして「耳」と「L」で、柔らかい耳タブを意味すると書いてあった。なるほど、そういうことだったのかと、初めて腑に落ちた。前鋸筋のノコギリのようにみえる筋の一つ一つは、耳朶のようにも見えないこともない。