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「 伝承 」 高橋新子

2014-05-01 08:42:10 | 高橋新子
1994年12月25日発行のTEXTILE FORUM NO.27に掲載した記事を改めて下記します。

 紅花から出来る限り純粋な紅色の成分を取り出して作る「紅」は、古来より寒紅が最良とされ、年間の最低気温が出る一月末から二月の初めの十日間ぐらいを目標にして仕事の段取りにかかる。紅とは勿論口紅のことであり、時代劇で化粧をする女性が紅皿から小指の先につけて……というお馴染みの品である。特に笹色に輝き蛍光を発する紅皿を作ろうとするならば、寒中にそれなりの覚悟をして臨まなければならない。
 ある博物館に、展示品として数年毎に新しく作った笹色紅を納めている。これは、昔ながらの方法で作った紅は当然のことながら、夏の湿気と高温では美しい色を保つのが難しく、ふた夏も越せば表面が赤黒くなって、甚だ具合が悪くなるからである。

納める紅はほんの数皿であるが、その分だけを作ることは出来ない。紅花中の紅の含有量はごく微量であり、作業中のロスも大きく、良質な成分だけを取り出すには乾燥した花びらで最低四キログラムを必要とする。取り出した色素は紅皿にするほか、布・糸・紙等を染め、その他余すところなく使い切るように心がけている。

 この一連の作業には、隅々に至るまで先人達の知恵の凄さが詰まっている。今まで博物館に納める以外に紅皿を商品化することはなく、これ等の紅ものは、自分と身近な人の為に使用してきた。紅皿は心ときめかす程の雅やかなものではあっても、おそらく理解者はごく少人数であり、この色が現代感覚に合うか、コマーシャルベースに乗るかという点で、多くの問題があると思えるからである。

 同じような理由で、つい先頃まで日常生活の中に根付いていた工芸技術や手仕事の知恵で、今は途絶えてしまったものは数知れない。一度絶えてしまうと、それを掘り起こして再生させるには、並大抵の努力では出来ないといわれている。実際にそのようなケースを見聞きすることも多い。

 しかしその一方で先人達の知恵から学ぼうとする人々は根強く生き続け、今や「伝承」という分野を形成し始めた。この動きは染織のノウハウや材料を求めて立ち寄る先々で、プロ・アマチュアを問わず最近見聞きすることが多くなった。過日訪問した五日市の黒八丈染がそうであったし、上総博物館のはたおり友の会、神奈川県蚕業センターに関連している各分野の人々、野蚕学会のメンバー等。その目的はそれぞれ、収入の増加であり、自己表現の手段であり、趣味の充実であり、探求心であったりとまちまちではあるが、「もう一度原点に戻って」という点で共通するものがある。

 さらに染織の分野に限らず、「何々にこだわって昔の知恵を生かし」という売り込みの商品も、ごく僅かながら目につくようになった。二十年毎に行なわれる伊勢神官の遷宮は、神殿を建て替え、道具や調度類を作り替え、装束を新調することで、その技術が途絶えないように神事にこと寄せて、先人遠の知恵を確実に伝承する為の行事であると見る人もいる。

 先人達の技術と知恵の奥深さと凄さは、計り知れないものがあり、伝承といっても、とうてい全うできるものではない。材料も方法も目的も価値観も時代と共に変わってゆくのは当然のことではあるが、何千年にもわたる積み重ねのノウハウのほんの一端でも、次の世代に手渡せたら、師へのささやかな報恩になるのではないかと思うことがある。

 持てよ、その前にまだまだ私自身が学ぶべきことが山程あった!




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