とうもろこしから燃料をつくろうと号令がかかり、大きな畑の作物を変えた話がいつかあった。
その後どうなっているのだろう。
エタノール蒸留には天然ガスなど大量のエネルギーを使わなければならないはずなのだが。
そんなぐるぐる回りは、回るたびにエネルギーを消費する。
人間が人間らしい活動をするにはどうしても必要だということになってしまった膨大なエネルギー消費習慣は、ブレーキでも逆回転でも、させるにはまたエネルギーが要る。
代替エネルギーなどと名前をつけても、それですべてがまかなえるものではないことはわかりきっている。
しかし、それで一挙に利得を得られる人は、とうもろこしでもなんでも作って売るだけでよいので、エネルギー問題にどう寄与するかなど心配はしていない。
バイオ燃料の生産が普及すれば、世界の石油価格が農産物の事実上の最低支持価格になるという、うまい仕掛けによって、誰かが大いに儲け、誰かが酷い目にあうというだけのことに違いない。
こういうものもエネルギー源になる、燃料になるという話は、諸所方々に生まれる。
風だの海だのの力は、いくら偉大であっても、そんなことから得られるエネルギーなどたかが知れている。
膨大な量を集め使えるようにするには、そのためにまた形を変えたエネルギーが必要なのである。
何かを燃やして熱を得られれば、それが燃料にできると思ったら大間違いで、燃料の条件は、「できる」だけではなく「なる」ことが必要なのだ。
燃料に「なる」には「量」がなければならない。
爪に火をともすという貧困のたとえどおり、チビチビ何かやってもエネルギー源としては用をなさないのである。
ミドリムシによるバイオ燃料を研究しているところがあると聞いた。
http://p.tl/8jzw
油っ気の多い虫を培養して、石炭と同程度の体内油脂燃焼力を生かそうというのだが、バイクか耕運機を動かす程度のものはとれても、それでは燃料に「なる」の条件を満たすことはできず「できる」止まりでしかない。
研究機関は「残る課題は安定的かつ大量に生産すること」と説明しているそうだが、燃料としての課題は、安定大量が中心課題ではないのか。
巷の趣味科学者が手がけるようなことに、国立の大学が共同で研究する。
して悪いとは言わない。
しかし、どこかで何かがずれているような気がするのだが、どうだろうか。
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