悲しみの果てに眠れる弟子を描く医師なるルカのまなざしやさし
ルカは福音書の執筆者で、医師であった。四福音書の中でもルカによる福音書は、貧しい人や病気の人、社会的弱者に温かいまなざしを向けている書として知られている。そのことを川藤は、ハンセン病患者の精神医学調査を行った神谷美恵子や、長島愛生園の嘱託医を務めつつハンセン病患者の収容のために奔走した小川正子らと姿を重ね合わせて、「ルカのまなざし」という一連にまとめている。しかし一連の内、いや歌集全体を通しても出色なのは掲出歌であろう。
ルカによる福音書22章39節以下には、この歌の下敷きとなった場面が描かれている。イエスは祭司長らに捕らえられる前にオリーブ山へ行き、一人祈る。44~45節には「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。〕 イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた」とある。同じ箇所をマタイによる福音書では「再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである」(26章43節)と記す。一方マルコによる福音書では、マタイと同じ文面に続け「彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった」の一文を加えて一節と成している(14章40節)。それにしても、眠りこけていた弟子達を<悲しみの果てに>と捉えるルカの優しさが光る。
ルカが温情をもって見つめたのは、社会的弱者ばかりではなかったようだ。イエスと親しかった姉妹にマルタとマリアがいる。もてなしのため立ち働く自分を手伝うよう妹を説き伏せてほしいとイエスにお願いするマルタが逆に諌められたのを読んで、私達はどうかすると主がマリアを贔屓にしているかのように早合点しかねない。しかし、イエスは「マルタ、マルタ」と愛情を込めて二度呼びかけているのだ(ルカによる福音書10章41節)。同じようにシモン・ペトロも、イエスが十字架に架かる前の晩「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカによる福音書22章31~32節)と呼びかけられている。これらは共にルカによる福音書にしか記載が無い。
マリアより気働きができるものの人を裁きがちなマルタ。「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と勇ましく答えつつも主を裏切ってしまうことになるペトロ。気丈に見えながら弱さを内に抱えた二人に対して温かなお心をもって接せられたイエスを、ルカは注意深い筆致で書き留める。御言葉にイエスを辿る時、その場に居合わせたかのように私達は自身の姿も見出す。そこにルカの筆が一役買っているのは疑いもない。
川藤青理沙『ヨルダンの岸辺』
ルカは福音書の執筆者で、医師であった。四福音書の中でもルカによる福音書は、貧しい人や病気の人、社会的弱者に温かいまなざしを向けている書として知られている。そのことを川藤は、ハンセン病患者の精神医学調査を行った神谷美恵子や、長島愛生園の嘱託医を務めつつハンセン病患者の収容のために奔走した小川正子らと姿を重ね合わせて、「ルカのまなざし」という一連にまとめている。しかし一連の内、いや歌集全体を通しても出色なのは掲出歌であろう。
ルカによる福音書22章39節以下には、この歌の下敷きとなった場面が描かれている。イエスは祭司長らに捕らえられる前にオリーブ山へ行き、一人祈る。44~45節には「イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。〕 イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた」とある。同じ箇所をマタイによる福音書では「再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである」(26章43節)と記す。一方マルコによる福音書では、マタイと同じ文面に続け「彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった」の一文を加えて一節と成している(14章40節)。それにしても、眠りこけていた弟子達を<悲しみの果てに>と捉えるルカの優しさが光る。
ルカが温情をもって見つめたのは、社会的弱者ばかりではなかったようだ。イエスと親しかった姉妹にマルタとマリアがいる。もてなしのため立ち働く自分を手伝うよう妹を説き伏せてほしいとイエスにお願いするマルタが逆に諌められたのを読んで、私達はどうかすると主がマリアを贔屓にしているかのように早合点しかねない。しかし、イエスは「マルタ、マルタ」と愛情を込めて二度呼びかけているのだ(ルカによる福音書10章41節)。同じようにシモン・ペトロも、イエスが十字架に架かる前の晩「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカによる福音書22章31~32節)と呼びかけられている。これらは共にルカによる福音書にしか記載が無い。
マリアより気働きができるものの人を裁きがちなマルタ。「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と勇ましく答えつつも主を裏切ってしまうことになるペトロ。気丈に見えながら弱さを内に抱えた二人に対して温かなお心をもって接せられたイエスを、ルカは注意深い筆致で書き留める。御言葉にイエスを辿る時、その場に居合わせたかのように私達は自身の姿も見出す。そこにルカの筆が一役買っているのは疑いもない。