毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

夏ですが黒豆を煮てみました

2024-08-30 22:31:17 | 自分事情

⤴トカゲの子。毎日裏庭でちょろちょろと動き回っています。親はどうしたのでしょうか、ちっとも見ません。

 

ついに連日36℃~37℃の暑さは台風とともに過ぎ去ったようです。

ふう、やれやれ。

昨年に続き、エアコンを使わず扇風機の風だけで過ごしてみました。

今夏は昨年同様か、或いはさらに猛る暑さの日々でしたが

実感として昨年よりずっと楽にやり過ごすことができました。

身体の細胞が自然に暑さに順応したのでしょうか。

もちろん扇風機以外にも、

ガラス戸に遮光シートを張って午前10時半以降は戸を閉め、

さらにカーテンでガラス戸を完全に覆い隠し、室温は戸外より数度低く保ちました。

⤴遮光シートの端切れで、襖ふうに模様をつけてみました。

薄暗さは否めませんが、暑いよりましです。

ガラス戸4枚、窓ガラス2枚で6000円ぐらいかかりました。

⤵和室の分まで足りず、仕方がないので新聞紙でカバーしました。

(天星人語さんのブログで紹介されていたので真似てみたのです)

天星人語 (goo.ne.jp)

なんかビンボーくさいです(笑)。

しかし、私は実際ビンボーだし、明らかに熱を遮るのでよかったです。

 

昨年より暑さへの抵抗力を身につけた私は、真夏に黒豆を煮てみました。

なぜそんなことをしたかと言うと、昨年末に友人から贈られた黒豆が

この暑さで劣化するのを恐れたためです。

結果、煮物は冬に似合うものだと再確認しました。

何時間もコトコト煮ているとその熱が部屋に充満しました。

無謀でした。

しかし、冷蔵庫で冷やした黒豆はなかなか美味しいスウィーツでした。

鉄くぎがなかったのでホイッスル、セロテープのカッター、

何か知らない輪っかをよく洗って使いました。

黒くつやつやに炊けたのできっと役に立ったのだと思います。

 

⤵尼崎市の天気予報です。

もう35℃を超える日はないかも知れません。

一仕事終えた気分です。

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「『犬夜叉』『アシガール』みたいに」No.3980

2020-10-04 23:41:33 | 自分事情

今日日曜日は一週間ぶりの休日でした。

朝9時、のっそりと起き出して、

庭のハーブやら雑草やらに水を遣り、

のろのろとコーヒーを飲んで洗濯機を回した後

脳みそは別世界へ(笑)。

今日はこれです。

 ☟ ☟ ☟

『アシガール』森本梢子

徒競走だけは他の追随を許さない女子高校生が

発明好きの弟の作ったタイムマシーンで

1500年代の戦国時代にワープしてしまい、

足軽となって若君の命を助けるため450年前と現代とを往復する話で、

女子高生が時代を超えて行き来するのは

高橋留美子『犬夜叉』とよく似た設定です。

実は私は現代人が時代を遡ったり、

昔の人が現代に登場するといった

荒唐無稽の話が好きでたまりません。

『信長のシェフ』『戦国小町苦労譚』『いいね光源氏君』など

この手の漫画はいくらでもありますが、

もし私がストーリーの主人公になるとしたら

第一希望:江戸時代、第二希望:平安時代に行って

有名・無名の人々に会いたいです。

現代日本に身を置きながら

歴史的な制限の中で精いっぱい生きて死んだ過去の日本人が

気になって、愛しくてならないので。

 

 

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「亡き母と同じ日に生まれた孫娘」No.3973

2020-09-21 21:54:14 | 自分事情

9月20日は亡き母の誕生日でした。

その同日に2番目の孫娘が生まれ

私はしばらくの間

赤ちゃんである孫娘は母の生まれ変わりではないかと疑い、

他に誰もいないとき、

孫娘に向かって小さい声で母を呼んでみましたが、

母としての応答はありませんでした。

 

その孫娘は今年で4歳、面白い子になっています。

1番目の孫娘も同じ9月の22日、

私は30日が誕生日とあって

9月は誕生日ラッシュです。

昨日、娘が二人の孫娘を連れて遊びに来るというので

デコレーションいなり寿司を作りました。

寿司飯の間に近所の業務スーパーで買った

鮭のネギトロを挟んでみました。

ケーキの型がなくて、炊飯器の釜を代用したのですが

問題ありませんでした。

 

夜は近所に住む友達マミさんに借りた本を読み始めたのです。

あまりに共感するところ(しかも深く共感)が多くて

抱きしめたくなるような本でした。

これです。↓

 

 

 

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「コロナの前に熱中症で倒れる」No.3944

2020-08-12 06:14:13 | 自分事情

↑先日、「夏の夜のタイ料理」で

ブンさんというタイ人の方からいただいたパパイヤの苗。

早く植えないとと焦りつつ、

ここ2日暑さにやられ身動き取れず。

昨日はほぼ一日部屋で寝ていました。

 

トマトやキュウリもこの暑さでたいへんでしょうから、

朝夕の水遣りだけは欠かせません。

地面に新聞紙を敷いて少しでも蒸発を防ごうとしてみたところ……

試しに埋めたスイカの種が発芽し、新聞を突き破って出てきました。

私もスイカと同じ小さきものですので、

弱った心身が励まされた気がしました。

 

一昨日、娘と2人の孫が遊びに来ました。

下の孫娘はお母さんの自転車の前に乗せられ、

上の孫娘はもう一年生なので自分の自転車に乗ってきたのですが

途中の坂で酸欠になり、休み、休み、来たそうです。

私の家に着いたときは真っ青で唇に色がない状態でした。

それでも、少し横になるとたちまち回復し、

これこのように元気に2人でシャボン玉をしています。

下の孫は終始パワフルでした。

 

私は何でも種を埋めるのが好きで、

色々なものが発芽しているのですが、

自分でも何の種だったか分からなくなるのです。

↓これは何ですかね?ゆず?

↓これは柑橘類の何かを食べた後、土に埋めたものです。

グレープフルーツに似ていますが、

私は近年グレープフルーツを買って食べたことはありません。

ま、育てば分かる…かな?

実をつけるまで育ってくれたら嬉しいんですけど。

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「玄米が発芽した!」No.3876

2020-05-27 08:54:11 | 自分事情

生まれも育ちも北海道の知床付近で

家の周りにはビートやジャガイモ、燕麦畑が広がるばかり、

子どもの頃、水田は一度も見たことがありませんでした。

先日、他の方のブログに

「玄米は発芽させて食べたら栄養価が増す」とあり、

早速コープ園田店で買った玄米(あきたこまち)を

水に浸してみたところ、約一日半で発芽しました。

コメは(も)生きているんですね~。

ちょうど来ていた二人の孫娘のうち、6歳のお姉ちゃんの方に

「土に埋めてみようか」と言うと

乗り気になったのでやらせてみました。

下は数日経った昨日の朝の写真です。

単子葉が出てきましたよ。

芽生えというのはホントに感動的ですね。

↓こちらは今朝撮った写真です。

昨日の雨で一気に成長しました。

それぞれの葉の先についている雨粒の何とまあ可憐なことよ。

今日はまた孫たちがやってきます。

この稲の赤ちゃんを見て何を感じるか、楽しみ~

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「10年使ったルーターが逝き、ネット断絶2日間」No.3866

2020-05-15 20:48:57 | 自分事情

約10年間使っていたルーターが昨日の朝、

突然にその仕事を止めてしまいました。

永遠に壊れないものはありません。

三千円台で買った安い物ですが、十分頑張ってくれました。

箱の表の謳い文句には

「スマホにも使える業界初のWi-Fiルータ」と書かれているので、

へえ、スマホのwifi使用はそんなに最近からだったのかと

スマホ普及の10年間を改めて思いました。

それでも、数年間でスマホが全土を席巻した中国を想えば

のんびりしている方でしょうけどね。

 

壊れたルーターに代わるものを求め、

昨夕、私は電車に乗りたくないので自転車で

東方の豊中市にあるジョーシンを目指しました。

私には悪い癖があります。

説明書を正確に読まず、テキトーにやってしまうという……。

今回も同様で、

昨夜、古いルーターと買ってきた新しいのとの交換に

何度か失敗し、その度に初期化してやり直し、

とうとう今日は

ネット授業もすっぽかさざるを得ない事態になってようやく

(これではいかん!)と、

説明書のはじめからきちんと読むという体たらくでした。

プロバイダーの情報がどっかに紛失してなくなっていたので(後で発見)

直接店に行って聞こうと、またチャリを飛ばして、

今度は西の方角の「つかしん」ショッピングモール内の

ソフトバンクの店に行きました。

ゼーハー言ってたどり着くと

ソフトバンクはコロナで休業していました……。

 

とまあ、紆余曲折を経て、

何とか今夕またネットにつながったときは

心底ほっとしましたよ~。

そう言えば、中国では何か月かに一度は

ネットが断絶していました(ときには4、5日間も)。

急速なインターネットの普及に

ネットワークサービスがついて行けていないのでしょう。

中国の人口の多さは、

ダイナミックかつ急速な発展を実現すると同時に、

緻密で安定した供給が追い付かない

という現状を生み出しているようです。

しかし、それも年々確実に改善されています。

激変する中国社会では、

「ネットの断絶がよくあったよね」と言っても

(へえ、いつの時代の話?)という顔をされるのは

そんなに先のことではないでしょう。

 

今回のコロナウイルス騒ぎで、日本の保健所や医療現場から

政府に報告するのを手書きファックスでさせていた

アメリカの報道で知り、

新しければ何でもいいという風潮を苦々しく思う私も

かなり残念でした。

 

さて、そんなことで苦労しながらも私は

コロナのため小学校も保育所も行けない孫二人との別世界に

引きずり込まれて面白い一時を過ごしたんですよ。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「神戸三宮経由で明石まで行ってきた」No.3791

2020-02-20 23:36:33 | 自分事情

満を持して(笑)明石に行ってきました。

中国に居るときから

この冬休みにしなければならないことを箇条書きにしていましたが、

日本に戻ってから家の売買とリフォーム、引っ越しに振り回され

いつもに輪をかけて実行がはかばかしく進みませんでしたが、

それでも、残る課題はこの明石行きと

もう一つ、りそな銀行でパソコン用のカードを作るという2つになりました。

なぜ明石か、兵庫県民ならぴんとくるでしょうが

運転免許証を失効したら再交付してもらいに行くのがここなのです。

誕生日の一か月前にはもう日本に居ないので、

私だけ早くしてもらえませんかと近所の警察署に頼みに行ったら

きっぱり断られ、今に至ってしまったのです。

思えば25年前にもこの免許再更新のために明石に行ったことがあります。

ちょうど1995年の阪神淡路大震災直後で、

免許関係の建物はほぼ全壊し、テントで更新業務をしてくれたのでした。

写真を撮ったり、講習をしたりすることもなく

10分かそこらで再更新できたことを覚えています。

今日25年ぶりに行ったら当時の面影はなく、建物はたいへん立派でした。

ここでたった30分の講習中、

一番前の指定席で居眠りをして注意され、

最後に写真を撮るとき私物を入れたかごの中に袋を置き忘れ、

ちょっと情けなかったですが、何とか運転免許証を再入手しました。

明石は新しい建物が多い清潔な雰囲気の街並みでした。

バス停の名前に「休み天神前」とか「黒橋」、「人丸小学校」など

心を揺さぶる(笑)名前があって、

下の写真のように

JR明石駅のホームから外の川に噴水が上がっているのが見えたのも

私に(明石、なかなか好いかも)という印象を与えたのでした。

尼崎から明石まで行くと言えば

私としては「旅をする」という気持ちでしたが、

実は尼崎の最寄りの駅から神戸三ノ宮まで(40分ほど)のほうが

三ノ宮ー明石間(快速で20分足らず)より倍以上時間がかかりましたよ。

朝、9時に家を出て11時に免許試験場に着きました。

免許の更新に時間を取られて帰途に就いたのは3時過ぎ、

神戸もさっさと通過して家に帰ろうと思ったのですが、

こういうものを見てしまったら

つい、ふらふらと入ってしまう気の弱い私でした(いっぱい買ってしまった)。

 

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「日陰の我が家にもけなげに育つ生き物が」No.3786

2020-02-15 19:09:24 | 自分事情

今度引っ越したマンションの我が家は

一階で日当たりが悪く、

正午から午後1時過ぎの一時間ほどしか

部屋に日が差しません。

『半日村』という

日照時間が短く作物が育たないので

貧しい村の話がありますが

我が新居(古いけど)は「一時間部屋」です。

中国にいたとき、

送ってもらった写真を見て購入を決めたのですが

隣家がこんなにも差し迫っていて、日光が遮られているとは

思いが至りませんでした。

でも、部屋の外には狭いながらも土部分があり、

リフォーム会社さんが以前生えていた木や草を全部きれいに

刈り取ってくれていました。

切り口が痛々しくて、

見るたびに(悪いことしちゃったなあ)と

申し訳なく思う切り株もあります。

今年、関西は暖冬で雨が多く、まるで菜種梅雨のようです。

引越して約3週間経つと

土の中から草たちが一斉に芽吹いてきましたよ。

↓藻類と言うのか、苔類と言うのか。

下の右にシダ類の子どももいます。

塀の隙間から

スミレみたいなのが花を咲かせていました。

私はそれを見て、

日当たりのことでグジグジ思うのを止めました。

この小さくて可憐な花に心を動かされたのです。

ここで暮らしていこうと覚悟を決めました。

 

ある朝、外に置いてあるごみを出そうと外に出ると、

(あれ、何か違うな)と感じました。

黄色い丸の部分が違和感を覚えた個所です。

近寄ると、やっぱり!

堂々たるサイズのカタツムリでした。

根本まで切られた木に張り付いて

生きている小枝の先を食べています。

 

私が撮影していることなど一切お構いなしです。

もはや撮影会のモデル状態。

しかし、この巨大カタツムリを養育する十分な施設設備は

私の土地には今はありません。

 

隣家に緑が豊かに生い茂っていることに着目した私は

カタツムリの幸せのため、そちらへ引っ越させてあげました。

物干しざおの上に置いてあげたのにすぐ落ちて

ポト、と音がしました。

(お隣さん、あとはよろしく頼みます)

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「北海道知床の姉からの贈り物」No.3779

2020-02-07 19:43:05 | 自分事情

故郷北海道斜里町には兄と姉が住んでおり、

長姉が亡くなった今、きょうだいは3人ぽっちになってしまいました。

末っ子の私にとっては兄一人、姉一人です。

姉は斜里の端っこ、知床半島のウトロに住んでいて、

毎年知床の味覚を送ってくれます。

以前もブログに載せましたが飯寿司は知床の高級漬物で私は大好きです。

↑鮭の飯寿司。鮭以外にもいろいろな魚で作れるのでぜひ一度自分で作ってみたいものです。

これ以外にもたくさん送ってくれた食べ物一つ一つに

姉の手書きの一言が添えられていて、それだけで胸が熱くなります。

例えば、故郷名物「ジャガイモ団子」

故郷を離れたのが高校を卒業した18歳で、

その後結局北海道には戻らず、関西方面を流れ流れている私です。

イモ団子の作り方も食べ方もすっかり忘れているので

この注意書きはありがたく、その通りやってみました。

じゃーん!

砂糖醤油をつけて食べるとうんま~~~い!

引っ越ししたてで満身創痍、気合だけで片づけに邁進していた私にとって

この贈り物は人間らしさを取り戻すきっかけになったほどです。

私が留守ばかりなので、いつも娘の家に送ってくれるのですが

イクラは私のところまで到達しないうちに消費されることになっております。

 

もし、ずっと故郷で暮らしていたら、

あるいは人生の途中で故郷に戻っていたら、

私も知床の海や山奥の川で魚を釣って暮らしていたことでしょう。

骨ごとチカ(オホーツク海産、もしくは網走湖産?)を食べながら、

引越した古マンションのそばに

藻川という魚影の濃い川が流れているので

そこで釣った魚をぜひこのチカのように

料理して食べたいものだと未来への希望が湧いてくるのでした(笑)。

 

いつか、故郷に里帰りして、

姉に連れられて一緒にのんびり魚釣りをしたいものです。

 

 

 

 

 

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「引越したけどwifiがない~」No.3766

2020-01-24 19:37:57 | 自分事情

引越しました。今度は穴ぐらみたいな家です(笑)。

30日にソフトバンクの人がインタ―ネット工事に来てくれるまでは、

毎日自転車で10分の所の息子のがらくた酒房「どるめん&遊」(下の写真)

ブログを綴ろうと思っていました。

#パブリックハウス
#園田グルメ 
#遊食酒房 dolmen&遊

しかし、現実に段ボール箱の山に埋もれてみれば

息子の店も虹の彼方ぐらい遠くに思え、夜中の3時ぐらいまで

せっせと働く2日間でしたんです

それでも取りあえず、友人に自転車屋さんに連れて行ってもらって、

自転車で周囲をぐるぐる回り、自分の新居の地域を調べ、

近くにBOOK-OFFと業務スーパーがあるのを確かめてホッとしましたよ。

そして、今日は前の家の売却決済日でした。

淀川区十三(じゅうそう)の銀行で

買主さん(私より少し年上の上品なお母さんと30代ぐらいの優しそうな息子さん)

にお会いし、心から「買っていただいてありがとうございました」

とお礼を言いました。

今度の家は私の想像では訳アリ物件です。

前の住人さんが残した大きなローチェストやハンガーの置きっ放しや

外の庭(というほどでもないけど)の散らかった状態も

「立つ鳥跡を濁さず」が当然の私としてはあり得ないことでしたし、

昨日、郵便受けにまだ前の住人の名前が貼ってあるだけでなく

中にびっしり広告やらが詰まっているのを見て

これはただ事ではないと思えたのです。

実は、所有者は前の住人じゃなくて不動産屋さんです。

つまり、前の住人は夜逃げかなんかして、

裁判所が競売にかけ、不動産屋さんが落札したのではないでしょうか!

ま、想像してもこの穴倉ハウスの状況が好転するわけでもありません。

今日は、

前のマンション売却をかゆいところに手が届くような気配りで

一つも不安を抱かせずにここまでリードしてくれた

不動産屋さん「ハウスDO淀川北店」の合田さんとお別れの日でもあります。

8月から半年近くの間、合田さんの「大丈夫です!心配要りません」を

何回聞いたかわかりませんが、

その度にこの売却は着実に進展するに違いないと思えました。

日本の営業マンの底力を感じてやたら感心すると同時に

きっとプライベートライフも犠牲にしているだろうことが容易に推察され、

(いいはわるい、わるいはいい)というゲーテの『ファウスト』の文句なんかが

ふと胸をよぎったものです。

その合田さんが、私の新居のある尼崎市園田駅まで車で送ってくれ、

私が最後に振り返ると、まだ車の外に佇み私に両手を大きく振りました。

映画の1シーンのようでした。

人生の忘れられない一コマです。

ー息子の店で大きく黒糖焼酎のお湯割りを飲みながらー

https://www.facebook.com/dolmen.to.you/

遊食酒房 dolmen&遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「14年住んだ家を明日出ていく」No.3765

2020-01-20 21:15:06 | 自分事情

昨年夏休みにふと思い立って引越すことにしました。

その後、8月下旬にはまた仕事で中国に出向いたのですが、

大阪の不動産屋さんに尽力していただき、

売り主の私は中国に居ながら、

スカイプやフェイスブックのメッセンジャーやらで連絡を取り合い、

うまく買主さんを見つけてもらいました。

その後、今度は

売りに出された物件を毎晩目を皿のようにして何度もチェックし、

娘夫婦に現場を見に行ってもらったりして

次に住むマンションも実にうまいこと決まったのです。

と言うわけで大変ありがたいことに、

この冬休みは、

売却決済、購入決済、そしてリフォームや引っ越し、と

全てがこの1月で完結します。

明日は引っ越しです。

14年住んだこのマンションは南向きで

とても、とても、居心地がよかったので

今となっては名残惜しいのですが、

さよならだけが人生さ、と言うことで。

今度の引っ越しは私の人生で15回目です。

今度こそ終の棲み処になればいいな。

 

不動産屋さんがこのマンションを売りに出したとき

その会社の写真専属スタッフが撮ってくれた写真を

最後に皆さんにご紹介して

もう最後の荷造りもしないで寝ます。

明日、あした。

 

①玄関。売ろうと決める1か月前に網戸通風ドアをつけたばかりで

売却に全く計画性がなかったことの証拠です。

②中から玄関を見たところ。

写真で見るとめちゃきれいですが、築35年も経っています。

 

③2LDKのうち、私はいつもこの辺りに居ました。

他の2つの小部屋は物置&通路。( ´艸`)

 

④普通の畳をちょん切った短い4枚の畳を敷いて、

「ジャパニーズコーナー」と名付けていましたが、

中国で暮らしているうちに正座できない人間になり、

ただただ、寝転がって本を読むだけの場所に成り果てました。

 

⑤カナブンがしょっちゅうひっくり返り、

ヒヨドリや雀が糞をしに来たバルコニー。

とにかく南向きは幸せ度が違います。

今度のマンションは、残念ながら南向きではありません……。

 

⑥数件の不動産屋さんに査定をお願いしたとき、

この洗面台のレトロさにみんな驚愕していました。

今日、この洗面台に接続されている洗濯機のホースを引き抜こうとしたら

何と、タールを塗って、

さらにその上にビニールテープをぐるぐる巻きにしてあり、

未来永劫絶対取れなさそうでしたから

(そう言えば14年前ここに引っ越してきた時、親切な内装業者さんが

「絶対水漏れしないようにしときましたから~」と言っていた

ホースだけ置いていこうかと思ったものの、

コーナンでは洗濯機に直属するホースが売られておらず、

そんなことでは洗濯することができなくなるので、

強力タール剥がし溶液を買ってきて、

手え真っ黒にして取りましたよ。

ホースを持って引越します。

 一昨日ぎっくり腰になって、15分離れたコーナンに行くのに

そろりそろりと25分かけて行きました。

コルセットも買いました。5000円以上しましたが

とても楽になったのでありがたいと思って寝ます。

 

 

 

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【今度引っ越す家は○○じゃないとね」No.2423

2019-09-16 23:43:33 | 自分事情

 

 

いったい私は今までの人生で何回引っ越したのかな、

と数えてみました。

子どもの頃からのを入れたら、12、13回は住処を変えています。

「引越し貧乏」とは実に、私のことです。

住んでいる時は、至極機嫌よく満足して暮らしているのに、

ふとある日、引っ越す事情が湧いて出てくるのですから不思議。

 

でね、今はまだ大阪の家が売れてもいないのに、

それは大阪の不動産屋さんにお任せして、

私は中国にいながら、

もっぱら、今度住むのはどんな家がいいか

毎日、ネット検索しては、

「住みたい家(マンション)ランキング」の表を

作成しているんですよ~。 


値段の安い物件でなければ私には買えません。

値段制限でおのずと買える家は絞られてくるのですが、

それでも自分の中で(これは譲れない)と確信することがあります。

築30年越えていても、駅から遠くはなれていても構わない。

すぐ近くにスーパーがなくてもお金の節約になるからいい。

しかし、家のベランダは南向きでなければなりません。

できれば、川の傍がいいな。

私は「住みたい家ランキング」に間取りなども貼り付けて、

「おいおい、君とこはベランダ北東でしょ。

よくこんな値段ふっかけるもんだな」

   ↓      ↓      ↓

 

とか、

「あら、あなたんとこ、南向きでやたら広いのに上のマンションと値段一緒?

駅から遠いとは言え、こんなに安くていいの?

ひょっとして、殺人事件の現場だったとか?」

    ↓       ↓      ↓

など、私にランク・インされた物件たちと対話をする日々です。

今度の冬休みには、

ちゃっちゃと売ったり、買ったりできたらいいんですけどね~。

 

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「家を売ることに」No.2399

2019-08-20 23:19:36 | 自分事情

↑夜ライトに映えて美しい隣のマンションの垣根の木。

漫然と(そろそろ大阪暮らしとおさらばしよう)

と思いつつ過ごした数年でしたが、

ここにきて突然急展開し始めました。

先週、思い付いてネットでマンションの部屋の査定を申し込んだところ、

なんと6つの不動産会社から電話があり、

連絡の早い方から4社に部屋を見て査定してもらったのです。

4社だけでも私にとっては非常に疲れることでした。

スーツも靴もバシッと決めてそれぞれの会社を背負い、

査定に来てくださった不動産会社の方々からは、

(何が何でも我が社に販売を任せてくださいね~~)

というオーラがひしひしと伝わってきます。

4人とも30代から40代と見受けましたが、

説明のしかたや質問への答え方など、

(日本の営業マンのプレゼンテーション能力はこうなのか)

と舌を巻くばかりの見事さで、感動的ですらありました。

4社とも当該マンションや近隣の過去データを基に

部屋の現況を見て査定するので結局、査定額はほとんど同じです。

しかし、この4社のうち1社を選び、

専らお任せしてバリバリがんばってもらわなければなりません。

私は人間に序列をつけるのが本当に苦手です。

教師の習性でしょうか、

(どの子もそれぞれ輝いている。

相対的に評価したり順位をつけたりすべきでない)という感覚を

全力で査定してくれる営業マンの皆さんにも感じてしまうのでした。

昨日、とうとう1社に電話して

「販売媒介を貴社にお願いします」と言いましたが、

決断まで一晩苦しみました。

しかし、選択した会社の営業マンさんの説明は

あらゆる点から評価に値する優れたものでしたし、

会社も私のマンションの近所にあるので

ここにお願いするのが妥当だ、と最終的に決めた次第です。

 

23日(あ、もう明日だ!)中国に出発する身とあって、

留守の間の段取りをしたり、

購入希望者が部屋を見に来たとき、ちょっとはきれいにしておかないと、と

片付けたり(十数年前の引っ越し以来初めて見たものも(笑))、

中国に送る荷物もまとめたりと、

パソコンを見る暇もありませんでした。

このブログも、1日前に書こうとして

くたびれ果てて寝てしまい、今続きを書いているものです。

この夏休みはホンマ、忙しかったわ……。

 

SUUMOやHOMESに我が部屋が載るのもまもなくかも

家が売れたら、娘や息子の住む尼崎のどこかにひっそりと庵を結ぶつもりです。



 

 





 

 

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「悪かったなあ、下の階のおじいさん」No.2931

2019-08-09 23:16:33 | 自分事情

 

↑8月4日夕刻の京都七条大橋の夕焼け。文とは無関係ですけどね。

 

7月25日のブログにマンションの下の階のおじいさんが

夜中の1時半に私の部屋に押しかけ、

モニターフォンをピンポンピンポン鳴らして

大迷惑したという話を書きました。

   ↓    ↓    ↓

「見知らぬパジャマ老人が真夜中に押しかけてきた…」No.2992

その時は、夜中に押しかけて来て

「お前の部屋のモーターの音がうるさくて寝られへんねん。バカ」

と決め付けた爺さんの言葉が全く事実と異なることや、

「お前」「ばか」という超失礼な言葉遣いで罵られた怒りに燃え、

お爺さんの顔写真をバシバシ撮って、

「みんなに発表するよ。当然でしょ。」

と、お爺さんが入れ歯も入れず

「撮るのか。まあ、なんだな」とかフォゴフォゴ言っているのを

肯定したと断定し、

お爺さんの顔のみならず、

モーター音なんか一つもしていないお爺さんの部屋の写真を

ブログに載せたのです。

私のその時の気持ちは、被害者意識100%で、

(私は悪くない!あのくそ爺さんに自分が悪かったと認めさせないと)

という憎しみの気持ちがチロチロと燃えていました。

・・・・・・

数日後、ブログを見た娘から

「そのお爺さんが認知症だったら、

せめて顔は隠すべきやと思うで。

他人の部屋の写真を公開するのも良くないよ。」

とたしなめられ、

それまでも少しずつ怒りに変わって心に痛みを感じていた私は

一気に目が覚める思いでした。

自分こそが被害者だと思い、怒りの感情に身を任せると

相手のことなんか考えていられません。

しかし、気を落ち着けて冷静に見れば

相手には相手の事情があるのですよね。

今回、仕掛けてきたのは確かにおじいさんの方ですが、

その際、いわゆる「被害者」の私がどのような対応をするかが

ものごとを打開する際に重要だったわけで、

私はお爺さんがどうも認知症っぽいなと感じつつも

(くそジジイに絶対負けるもんか)という対抗意識ばかりで

売り言葉に買い言葉の喧嘩をしたわけです。

ああ、1972年の周恩来と田中角栄の会談の際、

周恩来さんが見せたあの寛大さが私にも欲しかったな(笑)。

お爺さん、張り合ってごめんなさいね。

今度、昼間に「その後、モーターの音しますか」と

お爺さんの部屋を訪れても良いほどの気持ちになっている今の私です。

 

 

↑8月4日、夕刻の京都七条大橋たもとの枝垂れ楊と遠い月(文とは全く無関係)。

 

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「孫娘、初めてスーパーのおつかいに挑戦す」No.2925

2019-07-31 23:59:16 | 自分事情

私には5歳と2歳の孫娘がいます。

帰省のたびに大きく成長している2人に会って

一緒に餃子を作ったり、裏声でごっこ遊びをしたりするのが

何よりも楽しいのですが、

今回は5歳の孫娘が初めて一人で

スーパーでお買い物をする様子を観察しました。

途中こっそり写真に記録しているうちに、

(子どもが一人で買い物をするということはこういうことなんだ)

と思える場面がありました。

その時のミニフォトアルバムです。


①スーパー入り口でやる気むんむん、私に手を振る孫娘。

勇気と自信に溢れています(笑)。

②写真では店の奥行きや幅は表現できませんが、

店内に消えていく小さい孫の後姿を見て、

子どもにとってスーパーとは、

商品のジャングルなんだと気がつきました。

③3回も4回も店の中をグルグル回る孫娘。

しかし、頼まれた納豆も、牛乳も、食パン(6枚切り)も見つけられず、

かごの中は空っぽのままです。

④孫はついに、お店のスタッフに尋ねました。

遠目にも知らない人に話す緊張感が伝わってきました。

後での孫の話ですが、

黒いエプロンの若いスタッフ(お兄さん)に

「なっとうはどこですか」と聞くと、

「こちらです」と丁寧体で話して連れて行ってくれたそうです。

「他はありませんか」とも聞いてくれたとのこと。

下は親切なスタッフに連れられて行く孫。

こんな小さいお客さんは他にいません。

⑤孫が再び現れました。かごに何かが入っています!

⑥レジの外側で待つ私を見つけてニッコリ微笑む孫娘。

(☆マークで隠さなければならないのが残念な笑顔です)

かごに牛乳、食パンが見えます。

⑦最後の難関のお金の支払いです。

順番を待つ孫の胸中やいかに。

⑧お財布から千円札を出すのに1分、

おつりを財布に仕舞うのにも1分、

レジ係のお姉さんも、次のお客さんも、

実に根気よく待ってくれています。

お客さんが「えらいな。」と孫を励ましてくれる声が

レジの外の私にも聞こえました。

日本の地域社会全体がこの二人のようだったら

どんなに、どんなに、子育ては安心でしょう。

⑨遂に手を出し、

財布の口を締める手伝いをしてくれるレジのお姉さん。

⑩レジを通過して私の待つ品物入れのテーブルまで来ても

孫は一人、黙々と仕事を続けます。

いつも大人のすることを見ていて要領をすっかり飲み込んでいる様子。

まず、かごから買った品物を出し・・・

⑪スーパーの袋に入れ替えます。

最後に、

「これ(スーパーの袋)、保育所の服やら入れるのにまた使えるで」

と生活感溢れる言葉を述べて、

お買い物は終わりました。

おわり

 

コメント (2)
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