3年の冬休みの課題レポートを少しずつ読み進めている。
少しずつしか進まないのは、解読するのに非常に時間がかかるからである。
それほど暗号のような文が多い。
しかし、内容は今の中国社会の一端がうかがえて興味深い。
下の文は、
「江西省宜春市奉新県における自然環境の変化について」(周文いく)
の一部である。
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今度の冬休み、私は久しぶりの故郷に帰った。故郷とは、今住んでいるところではなく、育った田舎のことを言う。
生まれてから、ずっとその小さい町で暮らしていた。そこで中学校の終わりまで、ずいぶん楽しい時間を過ごした。高校時代、父の仕事のために県都に引っ越して、もう6年になる。
記憶の中で故郷はきれいな町だった。両親と私は町に住み、祖父母は隣の村に居住していた。村の周囲は山が多く、多くの田と野菜畑もあった。小川の水は澄み、空気はとてもきれいだった。毎週、週末になると必ず祖父母の家に行って、友達と野山で遊んだ。
春はいつも山に入り、ヤマモモや野生の果実を探して摘み取った。山のあちこちに美しいつつじの花が咲く。子どもたちはその花を摘み、洗って食べたものだ。おいしかった。
夏は一番楽しい季節だった。毎日、暑い午後、川で水浴びしたり、泳いだり、遊びたわむれた。
夜、大人たちは屋外で涼む。子どもたちは川の傍で蛍を捕まえる。楽しかった。
秋や冬には、田野で遊ぶ。冬は時々雪が降る。南方の子どもたちにとって、雪が降る日は、まるで祭りだった。このような懐かしい故郷とは、もう永遠に会えない。
今、故郷は人を失望させるところでしかない。 鉱物資源が発見された後、祖父母の村の周りの山は採掘されつつある。今も止まらない。目に映るのは全て黄土と掘削機の残したしるしだけだ。緑は全く見当たらない。山の採掘によって、街と村、すべての道路も泥だらけだ。
そして、幼年時代の小川も枯れた。町も村もひどく汚染されている。田野はもうなくなった。とってかわったのは工場とビルだ。 さらに悲しいことは、小さいときよく泳ぎに行った川は、川底が掘られたせいで、今、とても危険な場所になっている。毎年、溺死する子が二、三人はいる。 川底を掘るのは砂の需要のためである。
幼年期の楽園は、今、ゴミの王国だ。 幼馴染の友達に聞くと、蛍はとっくにいなくなり、もう何年も見かけないそうだ。
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周文いくさんはこの文章の後、友人と二人で、
故郷の「白色汚染」(プラスチックごみの投棄等)の実態調査を実施した報告を書いている。
1つのゴミ箱に、1日でどれくらいプラごみが投棄されたかを実際に調べたり、
ファストフードの店長さんに尋ねて、1日約250人前の弁当が売れるとつきとめ、
1人前2パックのプラスチック弁当箱×250人前=500個のプラごみ、
プラス、一人当たり1つのプラ包装袋がゴミとなる、と計算したり、
さらに、商工会議所まで訪ねていき、小さい町に20軒ものファストフード店があると聞いて、
1日に10000個ものプラスチック弁当ごみが出ると算出したりしながら、
彼女は、毎日出されるごみの量に驚き、
環境問題について「初心者の私」は、知らないことが多いが
「また頑張り、地球を守るために力を尽くす」と結んでいる。
こういう実態調査は初めての経験だという学生がほとんどだが、
積極的意義を認めて、熱心に取り組んだ学生も少なくない。
しかし、周さんの結論に一言すれば、
故郷の県の実態調査から急に地球規模に話を飛躍させる前に、
中国国内の現実をさらに、さらに、見つめる必要を感じるブルーはーとである。
それにしても、周文いくさんは現在、二十歳過ぎなので、
彼女の故郷の変化はたった10年弱の間に起こったことだ。
まさに激変する中国が垣間見られる。