毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

{先進国辞めましょう」  2012年4月29日(日) No.338 

2012-04-29 07:54:00 | 中国事情
「先進国とは何か」という問題はさて置いて、
「先進国意識」の弊害が鼻につくのである。

中華思想とは、中国が先進国(世界の中心)だった時代に確立されたのが
状況の変化にも関わらず、今も変わらず存在しているところの意識である。
その当時、遣隋使や遣唐使を派遣していた日本は、
全然進んでいなかったので先進国意識などに煩わされることなく、
ひたすら学び、上手に学び、何しろ学び、と「学び名人」になれた。

さらに「学び名人」として、
当時の中国の「唐めいた」先進文化に憧れると同時に、
(何キザなこと言ってやがるんででぇ)といった気風があり、
それが当時のベトナムや朝鮮と違い、独自の文化が日本で花開くことに繋がった。
(参考書:「日本人と日本文化」司馬遼太郎・ドナルドキーン著、中公新書)

日本風「学び名人」にも長所と短所があるが、
何といっても長所は、
(自分はまだまだです)という意識を堅持するところだと思う。
それがあるから学ぼうとするのだ。

今の日本、この傲慢さは何?
と感じる方々も多いのではなかろうか。
これは、やっぱり日本が「先進国の仲間入り」とかしちゃったからであろう。
世界のセンターにしがみつくことが、日本の人々を成長させるだろうか。
そうではありませぬ。
さっさと辞表を提出したほうがいいと私は考える。

だいたい、どこが先進国?
哲学ないし、
仕事や時間に振り回されて豊かさ感ないし、
人間より原発とお金が優遇されるし・・・。

日本はまだまだだよ、ね。
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「ゴールデンウィーク到来」   2012年4月27日(金) No.337

2012-04-27 19:18:14 | 中国事情
と言っても土・日・月・火の4日間だけだ。
今回の名称はMay−dayとオフィスのカレンダーには書いてある。
清明節の時は、なんと土日に振替授業なんかさせられて、
本当に気分が悪かった。
この4日間は少なくとも授業は無い。
学生が寿司づくりの練習に来るけど・・・。

やっぱり日中文化交流は
食べ物が一番の近道かも知れない。
美味しい食べ物は無条件に心を溶かす。
しかし、お寿司(巻き寿司)の場合、
食材がそろってないので、自分としては非常に不満足な出来なのだが
昨年は、そんなものでも学生たちは何人も、そして何回も作文に書いてくれた。

これからはゴチャゴチャ言わんと
ひたすら食べ物紹介に走ろっかな。
巻き寿司、
カレーライス、
サンドイッチ
おにぎり
・・・
これしかできないけど。
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「餞の言葉」  2012年4月25日(水) No.336

2012-04-25 22:10:55 | 中国事情
いつ別れるか分からないのが人と人。
ここの大学の学生たちと私との関係もそうだ。

そう思って授業に臨む今日此の頃。
中国の内陸の貧しい省に生まれ、教育は公教育のみ、
子供の頃は首に赤いネッカチーフをくくりつけ、
共産主義青年同盟の少年隊みたいなことをしていた子もいる。

先生によっても子供の育ちは違ってくる。
多くの子達は、画一的な教育を受けてきたことがうかがえる。
しかし、
彼女ら、彼らの素晴らしいところは
胸を開いて、話を聞いてくれることだ。
私が大大大嫌いな日本(これ、この間の名古屋市長発言以来、こうなってしまったのです)
から来た日本人であるにも関わらず。
私という日本人と、
自分たちが恨み、憎んでいる日本はまるで別であるかのように
考えている。

もし、私が政治について話すことを許されていたら
ちょっとは説明ができるのだが、
そんなことで憎悪がなくなるかどうか、いや、無理だろうなあ。

そういうわけで、私が学生たちに言えることはなんだろうと考えた。
作文教育として精一杯言えるのは、

①文を書く事は、思考することである。
②主張したいことを堂々と書く。
③主張が正しいかどうか、最大限の検討をする。間違っても1箇所だけからの情報を鵜呑みにしてはならない。
④反対意見をなで斬りにせず、相手の意見を丁寧に考察する。
⑤○か×かだけの単純な発想を捨てて、多面的に考察する。インターネットを駆使して資料を調べる。
⑥自分の経験や身近なところでの見聞を手がかりにする。

そして最後に
⑦とにかく、自分の頭で考えよう。

ということ。
どの国の子どもに対しても、言ってあげられることは同じだなあ。
私は日本でも似たようなことを言っていた気がする。
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「異なる感覚に苛立つ学生たち」   2012年4月 24日(火) No.335

2012-04-24 21:09:58 | 中国事情
今回の作文コンクールはまずテーマがたいへんだ。
「中国人がいつも大声で喋るのはなんでなのか」

誇り高き中華民族魂を刺激された多くの学生が
「大声でしゃべることの何が悪いんですか。それ普通です。」
「自信を表現しているのです。自信は大切です。」
「親しさ、情熱の表現です。」
「賑やかなのが好きな伝統がありますから。」
「侵略されて、それと戦ううちに大声になった。」
「これが中国文化ですから。」
と書いているがその背景には、
中国人のプライドがある。

そのプライドは
外国人に批判されるのが、
(ひょっとして特に日本人に言われるのが)
非常に嫌なようだ。

しかし、ここで手をこまねいていたのでは
給料をもらっている値打ちがない。
作文教育は最近、ほとんど中華中心主義との対峙めいてきた。

しかし学生たちが(失礼な!中国の悪口言わないで!)と思うのも分かる。
海外に出かけたこともなく、小さい頃から愛国心をしっかり教育された子供は
普通こうなるだろう。
日本の子どもも、同じだ。
自分の居場所を「へんなの!」とか言われたらムッとするだろう。

だが、「中国人は大声でちょっと迷惑だなあ」
「どうして列に並ばないのか。マナー違反だぞ」
などと思う多くの外国の人々が、事実存在していることは認めなければならない。
そのことも知らなかった学生が非常に多い。
ここからスタートするのだ。
異文化理解への道のりは
かなり、LONG AND WINDING ROADだあ~。
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「朝、小説を読むべからず」   2012年4月22日(日) No.334

2012-04-22 11:09:14 | 日記
つい、日曜だからと油断して、朝から小説を読んでしまった。
ここでの現実逃避の手段として小説は本当に便利だ。
しかし、いくら日曜でも、否、日曜はなおさら、
朝から読むのは良くないことが分かった。
それは、
①全部読むまで顔も洗えない。何もできない。
②読んだあと、小説の中のイメージが頭にこびり付いて、現実生活のスケジュールに支障をきたす。
という二点による。

今朝つい読んでしまったのは、桐野夏生の「東京島」(新潮文庫)。
文面は軽く、非常に読み易い。
しかし、ハッと気がついたら、10時半だ。
今日は朝からスーパー「全家百科」に米や野菜を買いに行こうと、昨夜計画を立てていたが
すっかりその気は失せた。
今私が読みたいのは、
人間関係がトントン拍子に発展して、困難を克服し、まあこんなんで良しとしよう、と
思える、単純明快な友情もの、恋愛もの、歴史ものといったところか。
「東京島」はそうではなかった。
いくら軽いタッチで書いてあっても、
そうもスッキリする結末ではない。

しかし、気に入ったところというか
何度もそのページを振り返りめくってしまう箇所があった。
これからもときどきしてしまいそうだ。
P.91~P.92にかけて、漂流者の隆がヤマザキパンについて描写している。
『ヤマザキパンも素晴らしい。
大衆的なブランドででありますが、万人の口に合うべく企業努力を怠っていません。
柔らかいのに水っぽくない軽さがあり、特にパンの固い耳は秀逸であります。
(中略)
二番目に食いたいのは、同じくヤマザキの八枚切り食パンにバターを塗り、上にうっすらと砂糖をまぶしたサンドイッチです。
(中略)
厚めのトーストにバターを染み込ませ、茹で卵とコーヒーが欲しい。云々』


実は、私もトーストの美味しいのを食べたいのである。
バターじゃなくて、マーガリンでいい。
2月に、冷凍してスーツケースに入れて持ってきたマーガリンが、
もうとっくになくなり、
フライパンで焼いた食パンに付けるものがない。
スクランブルタマゴや胡瓜のスライスを乗っけたりして食べる。
ここに来て、私は初めてどんなにマーガリンが美味しいかを悟ったのである。
ああ、マーガリンが染み込んだちょっと塩味のするトーストが食べたいなあ。
(日本に戻ったら、多分たちまち忘れ去るだろう、この感覚。)
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「どうして自分の頭で考えられないのか」   2012年4月21日(土)

2012-04-21 20:00:44 | 中国事情
この間、寝る間も削って作文を見ている。
そして、だんだん欝に近づきつつある。
嫌になるのだ。
自分の頭で考えない文を読んでいたら。


作文のテーマは2種類あって、
1「中国人はなんでいつも大声で喋るのか」
2「中日両国民が親近感を高めるために自分ならではの提言」
である。

テーマ1では、インターネットからのパクリが横行することへの怒り、
テーマ2では、この間の名古屋市長発言の受け止め方のワンパターンさへのうんざり感、

だんだん、文を読むのがバカバカしくなってくる。
例えばこんなの。

私日本語を勉強し始めの時日本語、日本人なんて嫌でたまらなかったですが、
いろいろなことを通じて日本のことに大感服してしまいした。
でも、近頃新聞記事で名古屋市の市長は南京大虐殺も否認したこと、及び似たようなことで、
本当に傷つけられます。
まるでこの三年間自分の目で見てきた日本の人々の良さ、日本語の美しさなど
いろいろな物事にすっかり騙されたようです。
夢までも潰されてしまうようです。
正直に言えば、日本に対する見方が逆転しました。


どうして名古屋市長1人のために、
または東京都知事も入れて2人のために
日本全部を否定するのか。
日本政府は「南京大虐殺があったという事実は否定しがたい」という立場は変わっていない。
あんな右翼の雑魚政治家の一人や二人、となぜおおらかに構えられないのか。
背景に、徹底した日本憎悪の教育があるのは否定しがたい。はあ~。

さらに、名古屋市長がああいうことを言うと、
それへの反論としてすぐまた
日本は戦争について謝罪していないと言う。
例えばこんなの。

実は日本側が中国だけにむけて謝罪していない。
侵略したアジア諸国に対してお詫びを言った。
それに、記者会見で口頭でお詫びを述べましたが、書面でない。
日本はもう韓国に向けて謝罪したのに、なぜ中国に謝罪してないか。


上の主張は中国政府の主張をそのまま鵜呑みにしている。
なぜもっと多面的に調べられないのか。

主権国家が閣議決定で談話を発表したら、
それは国際政治の世界では正式のものとみなされるのがごく一般的だ。
第二次世界大戦時におけるカナダ人捕虜虐待への日本政府(外務大臣)の謝罪表明に対して
カナダ政府はそれを受け入れた。

1995年の村山談話は中国政府に評価はされたが
書面でないという。
また、アジア諸国、という表記で、
中国の国名を上げて謝っていないのも不満足と云う。
1998年金大中大統領と小渕首相との「日韓共同声明」で
書面による謝罪がなされたのと比べて、それも批判の対象。


小学生でも、
「ゴメンね」と相手が何回も謝っているのに
いつまでも怒っていて許してあげない子がいたが、
まさにそういう感じ。
もし、小学生にだったら、
「あんた、しつこいな。こんなに謝ってるんだから
許してあげたらどう?」
と言える。
しかし、小学生じゃなく中国なので、
そして私は日本人なのでそういうことは言えない。


そして、日本でも、すぐ権力のある者の発言を鵜呑みする人々で
巷は溢れかえっている。どっちもどっちだ・・・。
あ、ゆっとくけど、名古屋市長の発言は全く、全然擁護していませんからね。
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「パクリ作文に怒る」   2012年4月18日(水) No.332

2012-04-18 20:34:37 | 中国事情
 中国の作文教育事情について以前書いた。
まず、お手本(模範文)を丸写しするそうだ。
構成を掴むため、そして表現を学ぶために悪くはない方法だと思う。
しかし、である。
それを自分の作文であるかのようにしたらダメだろう。

今、2年と3年は
『中国人がいつも大きい声で喋るのはなんでなのか』
というテーマで作文を書いている。
何人もが、ほぼ同じ言葉遣い、ほぼ同じ文、ほぼ同じ構成で書いていたので、
「そういうのを盗作といいます。二度としないでください。」
と学生に言ったところ、学生から抗議のメールが来た。
「先生、あの文は友達のを写したものではありません。
私はインターネットで調べて、それを日本語訳しました。全部自分でしました。」
と、書いてあった。
・・・・・・・・・・

インターネットなら写して良いのかい?
日本では
ほぼ全員がNO!と言うだろう。
ここ中国では、学校で引用の仕方を教えていないのか。
以前、学生の卒論をチラッと見たことがあるが、
全て自分のオリジナル文であるかのごとき書き方で、
「註1」とか(「○○」著者△△)とかは、皆無だった。

今、私は孤軍奮闘して、
「リサーチはどんな方法で、どこで調べたか根拠を示せ」
「インタ-ネットで調べた場合は、サイト名とHp(http://wwwとか)を書くこと」
とか、涙ぐましい教えをしている。
それを言ったとき学生たちは、
「オオー!」とか声を上げたりするけど、
その声はどーゆう意味?
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「中国のお札事情」   2012年4月14日(土) No.331

2012-04-14 21:10:02 | 中国事情
1元、5元、10元、20元、50元、100元札と
全て毛沢東の顔だ。
いかにも優しく微笑む中年時代ぽい毛さんの顔(本当にこんな顔だったんだろうか)。
しかし、なぜどれもこれも毛沢東ばっかりなんだ?
(偶像崇拝だめなんじゃないの?)と中国人民のために心配してあげていたのだが、
ついに毛沢東以外の顔のあるお札を発見!
右下の2枚、1角と2角のお札だ。





両方とも、1元~100元札に比べてやや小さい。
この人たちは誰なんだろうと、4年の3人娘に聞いたら
「名も無き少数民族の人々です」
とのこと。少数民族の地位を保証しているというプロパガンダのようだ。
それにしてもこの2角札のシワクチャなこと。
触ったら手が汚れそうな気がする。



これらは新札で、以前は周恩来のお札や別の人のお札もあったとのこと。
なぜそれをやめたか、私の想像だが権力闘争の浮き沈みの中で、
お札になった人の名誉も時には失墜する可能性があるからじゃないだろうか。
(毛沢東なら間違いない)と中国造幣局?が判断したのかもしれない。
それに江沢民とかのお札が出回ったりしたら、
はっきり言って私は日本に帰らせてもらいますから。
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「敷居の高いのは国民性?」  2012年4月13日(金)No.330

2012-04-13 19:06:36 | 中国事情
 「中国人は日本人が嫌いでたまらない」と日本では宣伝されている。
実際、そういう人も多いと聞く。
しかし、私がこの1月に4年生の劉さんの故郷を訪ねたとき、
そんなムードは全く感じられなかった。
テレビで反日ドラマ(日本軍人が「バカヤロー!」と怒鳴って中国人をひどい目に遭わせる話)を
いつも見ている村の人たちも、
「日本人でもテレビと全然違うね」
としげしげ私を眺めたりした。

南昌の他の日本人教師たちも、
学生たちの家に宿泊することが珍しくないと聞く。
中国の人々は、
「泊めてもらえないかな」と頼まれたら殆どの場合、
「いいよ。いつでもO.K.ね」
と両手を広げてくれる。

2年近くの中国滞在で、
食堂の床が滑るの、スピ・コン運営がいい加減だのと、腹立たしいことは次々見つかるけれど
この中国人の大らかさには、心から敬服する。
頼まれたらイヤと言えない人の良さを感じる。
御もてなしも全力だ。


その逆の印象を
「我が祖国」ニホンの人たちに感じる。
スクリーニング(適格検査)が粘り強いというか、
相手を受け入れるのに、そんなにしつこくチェックせなあかんのかい!と私には思える。
私はだいたい
○か×かの判断は一瞬、即断即決人間だ。
そして、できる限り×と言わない。
これは、日本的風土の中では異色かも。

この夏、中国の若者が日本に来て、ホームステイする予定だ。
何とかO.K.してくれはった一子さんには、本当に感謝している。
(そういえば、彼女もかなり大ざっぱなところが・・・)
そして、我が娘も、ただ一言
「いいよ~。たのしみい~」
とメールしてきた。
この脳天気さはかなり中国大陸的だね。

ふっと、(私は日本に帰って、やっていけるだろうか)と思ったりする今日此の頃だ。
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「放課後作文指導開始」  2012年4月11日(水) No.329

2012-04-11 22:33:46 | 中国事情
つい先週の木曜日まで、放課後はスピーチ個人レッスンでびっしり詰まっていた。
今度は作文だ。5月末締切の「第8回中国人の日本語作文コンクール」(日中交流研究所)
の作文がボチボチ集まってきた。

「中国人がいつも大声で話すのはなんでなのか」
このテーマを聞いて、多くの学生はポーカーフェイスを保ったが、
何人かが作文メモで、
(正直、ムッとしました)とか
(日本は国土が小さいから遠くの人を呼ぶ必要がないのでしょう。
中国は広いですから小さい声なんかじゃ聞こえませんよ)
と、プリプリ怒った雰囲気を伝えてきた。

私とてこのテーマは、非常に挑戦的であると感じる。
「日中交流研究所の段躍中さん(日本に長年住んでいる中国人)が考えたのであって、
日本人が思いついたんじゃありませんから、あしからず。」
と最初にお断りしてからしか説明が始められなかった。
(本当にまあ、薄氷を踏む思いだわ

それでなくても無神経な名古屋市長の発言とか、2チャンネルの吐き気を催すゴミ言葉で
私の神経はヒジョーに弱っている。
ていうか、疲れるんだよね、野放しの無責任で攻撃的な言葉は。
ちゃんと裏付けをとって、証拠示して、前向きな態度で発言してほしいもんだ。
そうでなかったら喋らないでもらいたい。
ここ中国で中日両国の友好を夢見て働いている日本人の気になってみろっての。


さて、学生たちの作文の多くは、例によってどれも似たり寄ったり。
中国式お手本作文にどう似せるかに影響されている。
今後はこのワンパターンをいかに切り崩すかが課題になる。

今日の放課後資料室にやって来た方麗群さんのは、
歴史の中や人々の生活から例を出して、なぜ中国人の声が大きくなったのかを説明していた。
その例のいくつかは非常に興味深かったが、
ここで紹介したら、盗作されないとも限らない、とは全然思わないが
方さんに悪いからやっぱ5月末以降のお楽しみにしよう。


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「アガっていても堂々たる演説者たち」  2012年4月10日(火) No.328

2012-04-10 21:23:49 | 中国事情
 金曜日から4日目、スピーチコンテスト当日運営への腹立たしさが、少しずつおさまってきた。
それでも脳裏には、
ずさんな運営にもかかわらず、ベストを尽くした演者たちの姿が浮かんでは消える。
22人の参加者は今まで、スピーチなんか目もくれず受験勉強ばかりしてきた子たちがほとんどだ。
3年生は、2年生に比べてかなりプレッシャーがかかっているようだった。
「(2年生より下手だったら、めちゃ恥ずかしい)とばかり考えていた」という3年生がいた。
本当にプライドが高いヒトたち。

気楽なはずの2年生も
みんな、まあ、非常に緊張して、アガってしまっていた。
足がずっと震えっぱなしの子、
顔面が引きつっている子、
頭真っ白で言う内容が出てこない子などなど。

しかし、総じて言えるのは
どんなにアガっていても、なんか堂々としている。
これ日本の子たちの印象と違うところだなあ。

彼らは、いざという時、真正面から必死で頑張る。
こういう姿が見られることは、ホント、教師冥利につきる。
2年生のある子は、最初から足がガクガクして、頬も引きつっているのに
必死のニコニコ顔で、最後まで通した。
見ていて思わずウルウルした。
全ての参加した子の演技の一生懸命さに、大げさじゃなく心が震えた。

来年はもっと、整った設備、一貫性のあるきちんとした運営の下で
のびのび頑張らせてあげたい。
今年の参加者のみんな、ゴメンね。
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「終わり・・・始まる」   2012年4月8日 No.327

2012-04-08 16:24:47 | 中国事情
校内スピーチコンテストが終わった。
とにかく第一回目、初めての取り組みだ、とはいえ非常に多くの課題を残した。

その1
参加者たちには(あまりにも気の毒な・・・)と思えるマイク事情。
スタンドマイクがないこと。ハンドマイクはハレーション起こしまくり。
スピーチ台は背が高く、小柄な子には超不利。しかしそこには置くタイプのマイクがあった。
そのスピーチ台を会場前の中央に持ってこようとすると、
今度はその置きマイクのコードが短くて無理だった。

その2
タイム係は何やっていたのか、
質問に答える選手たちが1分超えても何にも言わない。
選手は言えば言うほど文法ミスボロボロなのに、
自ら墓穴を掘るかのごとき長話。
加えて、審査員の先生たちの質問も自分勝手、バラバラなことこの上ない。

他にもいろいろあって、
途中、あまりのルーズな運営に嫌気がさした。
だいたい、日本語学科の教師たちが最後の打ち合わせをしないままに大会に突入したのが大間違いだ。

結果が公平、平等なものかも、こんな有様なので、きっぱりとは言いづらい。

昨日は進学組4年生3人(黃斯麗さん、範夢しょうさん、劉思ていさん)が、
まもなく迫り来る大学院の第2選考試験(面接)対策で宿舎に来た。
とは言っても呑気なムード炸裂、サンドウィッチとホタテスープ(福建米粉入り)を作りながら、
彼女たちも校内スピ・コンには観客として最後まで参加していたので
バーバーバーバーしゃべりまくり、ちょっと気持ちが落ち着いた(かな)。

今日は、時間ができたら読もうと取っておいた
『サイダーハウス・ルール上』(ジョン・アーヴィング;文春文庫)を朝からベッドの中で読んだ。
昼頃残り物とアールグレイ紅茶を飲み、分厚いのを一気に読み終えてしまった。
朝7時半から読み始めて夕方4時になっていた。
「上」だけしか資料室から借りてきていなくて良かった。
「下」があったら絶対続きを読んでいただろう。

パソコンでメールをチェックしたら、
3年生から「中国人の日本語作文コンクール」原稿が届いていた。
終わったことをぐちゃぐちゃ言うまい。
「NEXT!」
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「麦路キャンパス付近」  2012年4月6日(金) No.326

2012-04-06 23:47:26 | 中国事情
毎日通っている麦路キャンパスは、私の宿舎のある南昌郊外からさらに一層郊外にある。
桜や桃はもう時期はずれで、今は市バスの停留所側にある菜の花畑がとても綺麗だ。



といっても面積はちょっぴり。この写真のすぐ右にバス停がある。
ゴミ箱が停留所の目印においてあるだけだけどね。


バスを待っていると、たくさん荷物を積んだトラックがヨロヨロと通っていった。

バスが来た。誰も並んだりなんかしません。ワラワラと乗っていく。


のどかな午後。グラウンドのフェンスに洗濯物が干してある。
以前、1階教室の外に赤いパンツとGパンが干してあったこともある。かまっちゃいられない。
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「日本への留学生たち」  2012年4月5日(木) No.325

2012-04-05 20:14:46 | 中国事情
 南昌は今、1年で最も過ごしやすい気候を迎えている。
朝、小鳥たちが壁の向こうでピチクリピチクリさえずる声で、
(今日も雨じゃない、嬉しいな)と起き出す。

3月末に日本国岡山県の岡山商科大学に留学した3年生4人から
メールが届いた。
日本は4月が新学期だが、こちらは今、2学期中旬に差し掛かったところ。
4人は、日本の大学の新学期に合わせて留学したので
この間まで、こちらで授業を受けていた。
この中途半端さは、どう評定するのか分からないが、
私が心配することはあるまい。

女の子2人は、外国人登録をした後、
布団を買ったり、吉備津神社のお祭りに行ったり、
学校が始まるまで楽しくも忙しいとのこと。
男の子2人は
同じ寮ではなく離れてしまったが、
それぞれ全然寂しくなさそうだ。

劉君は、寮の部屋に台所があるので
他の寮生と料理を作ったり、自転車で岡山市内を探検したり、
とても楽しいと書いてあった。
彼の日本に対する印象は、
日本人は色白だなあ、ということと
岡山はたくさん車が走っているが、ホーンの音がほとんど聞こえないということだった。
そりゃそうだ。
南昌は、けたたましい警笛の洪水で、
私は最初(ずっとここで暮らしていたら耳が悪くならないだろうか)
と心配したほどだ。

最後の李君はお金のことを書いていた。
布団を買っただけで8000円。
毎日パン1個の生活を3日間続けたが、刺身が2パック500円だったので
何でも試してやろう、と買って食べたところ、(・・・)状態だったそうだ。
生の魚なんて生まれて初めての人にとって、刺身は馴染みにくいかもしれない。
早くバイトを探したいのだろうが、学校の生活が軌道に乗るまで
しばらくは金欠生活が続くのだろう。

今、日本人の私は中国に、中国人の彼らは日本にいる。
この逆転現象、ちょっとオモシロイ。
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「中国新聞網配信~日本の雪猿」 2012年4月2日(月)No.324

2012-04-02 21:24:21 | 中国事情

日本雪猴泡温泉取暖
日本の雪猿が温泉に入って体を温める。

一只雪猴在温泉中惬意地闭上了眼睛,享受温暖。
一匹の雪猿が温泉の中で気持ち良くて目を閉じて温もりを享受している
《中国新闻网2012.02.27より一部抜粋》。


ああ、うらやまぴ~。
この写真は「1日1分中国語ニュース」に掲載されていたもの。
もうひと月以上ずれ込んだけど、このおサルさんの幸せそうな表情はどうしても紹介したかったので。
日本のこういうニュースも中国の新聞網に乗せられてるのね。
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