キラキラ

毎日の生活を写真と共に綴っていきます。

ローテンブルグとロマンチック街道

2010-08-04 00:03:23 | Weblog
3日目はタウバー渓谷の高台にある、ローテンブルグの町を

観光の予定です。









(ホテルからローテンブルグの町を)






朝にツァーで散策がありましたが、不参加でした。







(ドイツ人の食卓は質素なようです。)






私たち2人は、自分たちでホテルの近くの公園を

散策したりしました。







(ホテルのロビーで)






公園では、絵描きさんが衣装を着て(黒いおしゃれなスーツだったような・・・。)

蝶ネクタイを付けているところでした。

主人に 「そばまで行ってみようか?」

と言ったら

「やめとき!!」

と一言返されて、そのままに。

公園も本当に一般的な普通の公園でしたが、とても広くて

何か落ち着いた感じがしました。

ゆっくりベンチに腰かけて小休止です。









(ローテンブルグの町角で)






ローテンブルグは、中世風のとってもかわいい町並みでした。

その後、ロマンチック街道をドライブして、『ノイシュバンシュタイン城』

に到着です。







(ロマンチックなノイシュバンシュタイン城)







ノイシュバンシュタイン城は、1869年から17年の歳月をかけて建設され、

バイエルン最後の国王ルートヴィヒ2世のすべてがつまった夢の城です。







(高台にあるので、私たちはバスで行きましたが、馬車も。)







ノイ=新   シュバン=白鳥   シュタイン=石  ブルク=城砦   という意味らしいです。






(ノイシュバンシュタイン城はどこから見ても素晴らしくかっこいい!!)

  





外観は、もちろん柱の彫刻や調度品にいたるまで、芸術的な香りを

漂わせていました。







(お城からもどる時は、徒歩で。その途中で)







でも、でも ルートヴィヒ2世がこの城に滞在できたのは、

わずか172日間だけだったそうな・・・。







(日本の城とは、全く違ったたたずまいを。)






ルートヴィヒ2世は、


現実の社会に背を向け、城造りに没頭しました。

そして、精神病を理由に拘束され、

拘束された翌日、医師と散歩に出たまま行方不明になり

湖で遺体となって発見されます。

死因は、今も謎のまま。


また、ルートヴィヒ2世は、1867年1月に ゾフィーと婚約しますが、10月に解消し

一生独身でした。

それから、ワーグナーのパトロンとしても有名でした。










(険しい崖の間に橋が見えます。)





これは、添乗員さんから聞いたお話。

~~ どうして、ルートヴィヒ2世が生涯独身であったのか?

  それは、初恋の人 『エリザベート』 を忘れられなかったから。

  という説と、もう1つ

  『ゲイ』 だったから。

  という説もあるようです。 ~~ 



人の人生は、色々ですものネ!!







その後、ミュヘンのビヤホールへ。









(ツアーで親しくなったお友だちと、飲みごたえがありましたねぇ~。)





大きなジョキーでドイツビールを堪能しました。







(歌や楽器の演奏や踊りも披露してくれました。)



そして、この日はミュヘンで宿を取りましたよぉ~。

コメント
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