『船に乗れ! Ⅲ合奏協奏曲』藤谷治
がつっと心をつかまれた。
失ったもの。人の力ではどうにもならないもの。
きらめいた青春、仲間との一体感、音楽の美しさ。
あの時にこうしていれば 違った今があるはず。
でも戻らない時間。
ほんの一瞬の選択の差。
失ったものがどんなに大きくても 船は進み、揺れる。
☆伊藤がサトルに吹いた曲、ドビュッシーの『シランクス』
~シランクス(シュリンクス)とは下半身が山羊のかたちをしたギリシア神話の牧羊神パンが手にする笛で、たくさんの管を横に並べ束ね合わせた民俗楽器である。
こんにちでも世界各所にみられるが、ペルーやエクアドルなど南米諸国では、とりわけ好んで演奏されている。(中略)
さて、シランクスという言葉は、元来はギリシア神話の森の精(ニンフ)のひとりの名だったのだが、なぜパンの神が演奏する楽器が、シランクスとよばれるようになったのであろうか。
ギリシア神話によれば、パンの神は、ある日、たまたま目にしたシランクスを激しく恋するようになった。
しかし、ぶざまな半獣神の気持ちに応じることはシランクスにはできなかった。
なおも執ように求愛を続けるパンの追跡を逃れることができないと悟ったシランクスは、水の精ナイアドに頼み、みずからの姿を川辺に生える葦に変えてもらい、やっと難を逃れた。
しかし、満たされぬ恋の想いを捨て去ることができなかったパンは、その葦を切り取り、パンの笛を作り、それを奏でては自分の痛む心を慰めたという。](新編世界音楽全集 フルート名曲集Ⅱより一部抜粋) ~