1月22日、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河世宗大学名誉教授に対する民事裁判の控訴審判決が下され、朴教授が逆転勝訴しました。
韓国「帝国の慰安婦」民事訴訟、元慰安婦ら逆転敗訴 「記述は学問的」刑事裁判は無罪確定(産経ニュース)
これまでの経緯は以下のとおり。
2013年8月『帝国の慰安婦』刊行。
2014年6月、元軍慰安婦9人が朴裕河氏と出版社を相手取り、『帝国の慰安婦』が名誉棄損をしているとして、出版差し止めと1人3千万ウォンの損害賠償を求める民事裁判を起こす。
2015年2月、ソウル東部地裁は『帝国の慰安婦』の34カ所の削除を求める仮処分を決定。
2015年11月、ソウル東部地検は朴裕河氏を名誉毀損で在宅起訴(刑事告訴)。
2016年1月、民事一審で朴裕河氏有罪。ソウル東部地裁は原告の主張を認め、9千万ウォン(1人あたり千万ウォン)の賠償を命じる。朴裕河氏は控訴。
2017年1月、刑事一審で、ソウル東部地裁は、検察の懲役3年の求刑に対して、無罪判決。検察は控訴。
同年10月、刑事控訴審で、ソウル高裁は一審判決を破棄し、罰金1000万ウォンの判決を言い渡し、朴裕河氏が逆転敗訴。朴氏は上告。
2023年10月、刑事上告審で、最高裁は控訴審判決を破棄・差し戻し。朴裕河氏が逆転勝訴。
2024年4月、ソウル高裁の差し戻し審で、朴裕河氏の無罪が確定。
2025年1月22日、民事控訴審で朴裕河氏が逆転無罪。
今回、無罪判決が出た民事訴訟は、朴裕河氏が刑事告訴されて以降、審理がストップしていましたが、昨年4月に刑事裁判の無罪が確定したのを受けて審理が再開され、朴裕河氏の無罪判決が出ました。
当初の原告9人のうち6人が亡くなり、遺族らが原告に加わって、現在の原告は計13人。原告が上告しなければ、朴裕河氏の無罪が確定します。
2016年1月、民事一審で原告側が勝訴したあと、原告側は朴教授の大学での給与差し押さえを申請、裁判所はそれを認め、朴教授の給与を差し押さえました。朴教授は強制執行停止を申請し、3月、高裁は強制執行停止申請を認め、その代わりに4500万ウォンの供託を命じました。
今回の無罪判決が確定すれば、この供託金は朴裕河氏に返還されることになります。また被告側の訴訟費用も原告側が負担する命令が出されていますが、原告の状況(6人他界、3人療養中)から考えると、履行されない可能性が高い。裁判費用は数千万ウォンに上るそうです(朴裕河氏のFacebookによる)。
この訴訟をお膳立てしたのはナヌムの家の安信権(アン・シングォン)所長。安氏は2023年1月に「ナヌムの家」への補助金を不正受給した地方財政法違反の罪などで起訴され、懲役2年6か月の実刑判決が下されて収監中。
民事裁判が始まってから控訴審判決が出るまで、10年以上の長きに渡りました。
なぜかくも長い時間がかかったかというと、検察が朴氏を「刑事告訴」し、民事裁判は刑事裁判の様子見をしていたからです。
刑事一審では朴氏が勝訴しました。このときの判決は理路整然と朴氏無罪の法理を説明していました。
『帝国の慰安婦』刑事一審が名判決である所以
ところが控訴審で朴氏に逆転有罪の判決が下されました。
朴教授、逆転敗訴
高裁判事は、『帝国の慰安婦』も「第一審判決文」もろくに読んでいないかのような杜撰な判決でした。時の政権(文在寅政権)の顔色を窺って出した判決ではないかと思われます。
2017年の控訴審判決から23年の上告審判決まで7年近くがかかったのも不可解。無罪の方針は早くから決まっていたのに、「進歩系」の裁判長が、 文在寅政権下では判決を出しにくかったので、政権交代後まで引き延ばしたのではないでしょうか。
裁判の真の原告はナヌムの家の安信権氏であり、表向きには無関係を装っていましたが、元挺対協代表の尹美香(ユン・ミヒャン)氏でした。
元慰安婦を利用して、慰安支援団体を批判する朴裕河教授の発言を封じ、社会的に抹殺することを意図していたのですね。
それに対し、朴教授は徹底抗戦しました。
裁判所の「34カ所の削除命令」が出れば、削除部分を伏字にしたバージョンを出版し、ネット上で無料で読めるようにしました。
このときの「惨憺たる心境」は以下で読めます。
『帝国の慰安婦』第2版の序文
朴氏を誹謗・中傷する言論に対しては、書籍、新聞、ネットなどを通じて、逐一反論しました。
韓国の言論は、当初、朴教授に対する批判一色でしたが、風向きが変わったのは、元慰安婦である李容洙氏による尹美香告発でした。
元慰安婦が支援団体を批判
この告発により、「聖域」だった市民運動に対する疑念が生じ、慰安支援団体(挺対協、ナヌムの家)に対する批判が噴出しました。そして、補助金・寄付金の横領疑惑で尹美香、安信権が起訴され、有罪判決が出たのです。
こうした世論の変化が、『帝国の慰安婦』裁判にもたらした影響は大きいように思います。
日本文学を研究する学者が、日韓関係改善のために専門外の本を書き、学術的な内容の本が「刑事告訴」されるという前代未聞の騒動に巻き込まれ、法廷闘争に10年以上も翻弄されました。
朴教授は、裁判の途中で大学を定年退官。学者としての円熟期に、研究生活を滅茶苦茶にされたのは、さぞ無念なことでしょう。
10年間、本当にご苦労さまでした。
なお、「進歩系」のハンギョレは、今回の判決に対し、批判する記事を書いています。
「帝国の慰安婦」の著者、損害賠償控訴審で逆転勝訴…裁判所「学問的主張に過ぎず」
控訴審判決で、裁判所は「問題の本は学問的表現物であり、学問的に容認される範囲を深刻に超えた不正行為をしたわけではない」とし、「学問的主張ないし意見の表明とみるべきだ」と述べた。
これに対し、イ・ジュヒ梨花女子大学教授(社会学)は、「国家共同体が基本的に共有する真実を否定することまで学問の自由と認める必要があるのかは疑問だ」とし、「学問の自由という名でこのような事実を覆い隠すのは、社会にとってもプラスにならない」と述べた。慶北大学法科大学院のキム・チャンロク教授も「教授という肩書きを持つ人が本に書いた表現ということだけで、学問的主張になるわけではない」とし、「学界の常識とかけ離れた主張に対し、人格権侵害が認められなかったのは非常に遺憾だ」と語った。
この2人の教授は、「国家の主張を否定することに、学問の自由は認められない」「学界の常識とかけ離れた主張は許されない」と言っているようです。
あきれてしまいます。
韓国「帝国の慰安婦」民事訴訟、元慰安婦ら逆転敗訴 「記述は学問的」刑事裁判は無罪確定(産経ニュース)
これまでの経緯は以下のとおり。
2013年8月『帝国の慰安婦』刊行。
2014年6月、元軍慰安婦9人が朴裕河氏と出版社を相手取り、『帝国の慰安婦』が名誉棄損をしているとして、出版差し止めと1人3千万ウォンの損害賠償を求める民事裁判を起こす。
2015年2月、ソウル東部地裁は『帝国の慰安婦』の34カ所の削除を求める仮処分を決定。
2015年11月、ソウル東部地検は朴裕河氏を名誉毀損で在宅起訴(刑事告訴)。
2016年1月、民事一審で朴裕河氏有罪。ソウル東部地裁は原告の主張を認め、9千万ウォン(1人あたり千万ウォン)の賠償を命じる。朴裕河氏は控訴。
2017年1月、刑事一審で、ソウル東部地裁は、検察の懲役3年の求刑に対して、無罪判決。検察は控訴。
同年10月、刑事控訴審で、ソウル高裁は一審判決を破棄し、罰金1000万ウォンの判決を言い渡し、朴裕河氏が逆転敗訴。朴氏は上告。
2023年10月、刑事上告審で、最高裁は控訴審判決を破棄・差し戻し。朴裕河氏が逆転勝訴。
2024年4月、ソウル高裁の差し戻し審で、朴裕河氏の無罪が確定。
2025年1月22日、民事控訴審で朴裕河氏が逆転無罪。
今回、無罪判決が出た民事訴訟は、朴裕河氏が刑事告訴されて以降、審理がストップしていましたが、昨年4月に刑事裁判の無罪が確定したのを受けて審理が再開され、朴裕河氏の無罪判決が出ました。
当初の原告9人のうち6人が亡くなり、遺族らが原告に加わって、現在の原告は計13人。原告が上告しなければ、朴裕河氏の無罪が確定します。
2016年1月、民事一審で原告側が勝訴したあと、原告側は朴教授の大学での給与差し押さえを申請、裁判所はそれを認め、朴教授の給与を差し押さえました。朴教授は強制執行停止を申請し、3月、高裁は強制執行停止申請を認め、その代わりに4500万ウォンの供託を命じました。
今回の無罪判決が確定すれば、この供託金は朴裕河氏に返還されることになります。また被告側の訴訟費用も原告側が負担する命令が出されていますが、原告の状況(6人他界、3人療養中)から考えると、履行されない可能性が高い。裁判費用は数千万ウォンに上るそうです(朴裕河氏のFacebookによる)。
この訴訟をお膳立てしたのはナヌムの家の安信権(アン・シングォン)所長。安氏は2023年1月に「ナヌムの家」への補助金を不正受給した地方財政法違反の罪などで起訴され、懲役2年6か月の実刑判決が下されて収監中。
民事裁判が始まってから控訴審判決が出るまで、10年以上の長きに渡りました。
なぜかくも長い時間がかかったかというと、検察が朴氏を「刑事告訴」し、民事裁判は刑事裁判の様子見をしていたからです。
刑事一審では朴氏が勝訴しました。このときの判決は理路整然と朴氏無罪の法理を説明していました。
『帝国の慰安婦』刑事一審が名判決である所以
ところが控訴審で朴氏に逆転有罪の判決が下されました。
朴教授、逆転敗訴
高裁判事は、『帝国の慰安婦』も「第一審判決文」もろくに読んでいないかのような杜撰な判決でした。時の政権(文在寅政権)の顔色を窺って出した判決ではないかと思われます。
2017年の控訴審判決から23年の上告審判決まで7年近くがかかったのも不可解。無罪の方針は早くから決まっていたのに、「進歩系」の裁判長が、 文在寅政権下では判決を出しにくかったので、政権交代後まで引き延ばしたのではないでしょうか。
裁判の真の原告はナヌムの家の安信権氏であり、表向きには無関係を装っていましたが、元挺対協代表の尹美香(ユン・ミヒャン)氏でした。
元慰安婦を利用して、慰安支援団体を批判する朴裕河教授の発言を封じ、社会的に抹殺することを意図していたのですね。
それに対し、朴教授は徹底抗戦しました。
裁判所の「34カ所の削除命令」が出れば、削除部分を伏字にしたバージョンを出版し、ネット上で無料で読めるようにしました。
このときの「惨憺たる心境」は以下で読めます。
『帝国の慰安婦』第2版の序文
朴氏を誹謗・中傷する言論に対しては、書籍、新聞、ネットなどを通じて、逐一反論しました。
韓国の言論は、当初、朴教授に対する批判一色でしたが、風向きが変わったのは、元慰安婦である李容洙氏による尹美香告発でした。
元慰安婦が支援団体を批判
この告発により、「聖域」だった市民運動に対する疑念が生じ、慰安支援団体(挺対協、ナヌムの家)に対する批判が噴出しました。そして、補助金・寄付金の横領疑惑で尹美香、安信権が起訴され、有罪判決が出たのです。
こうした世論の変化が、『帝国の慰安婦』裁判にもたらした影響は大きいように思います。
日本文学を研究する学者が、日韓関係改善のために専門外の本を書き、学術的な内容の本が「刑事告訴」されるという前代未聞の騒動に巻き込まれ、法廷闘争に10年以上も翻弄されました。
朴教授は、裁判の途中で大学を定年退官。学者としての円熟期に、研究生活を滅茶苦茶にされたのは、さぞ無念なことでしょう。
10年間、本当にご苦労さまでした。
なお、「進歩系」のハンギョレは、今回の判決に対し、批判する記事を書いています。
「帝国の慰安婦」の著者、損害賠償控訴審で逆転勝訴…裁判所「学問的主張に過ぎず」
控訴審判決で、裁判所は「問題の本は学問的表現物であり、学問的に容認される範囲を深刻に超えた不正行為をしたわけではない」とし、「学問的主張ないし意見の表明とみるべきだ」と述べた。
これに対し、イ・ジュヒ梨花女子大学教授(社会学)は、「国家共同体が基本的に共有する真実を否定することまで学問の自由と認める必要があるのかは疑問だ」とし、「学問の自由という名でこのような事実を覆い隠すのは、社会にとってもプラスにならない」と述べた。慶北大学法科大学院のキム・チャンロク教授も「教授という肩書きを持つ人が本に書いた表現ということだけで、学問的主張になるわけではない」とし、「学界の常識とかけ離れた主張に対し、人格権侵害が認められなかったのは非常に遺憾だ」と語った。
この2人の教授は、「国家の主張を否定することに、学問の自由は認められない」「学界の常識とかけ離れた主張は許されない」と言っているようです。
あきれてしまいます。
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