今回、現地の日本人社長は所用があり、食事はご一緒できませんでした。それでもう一人の日本人社員が付き合ってくれました。
「犬鍋さん、何か食べたいインドネシア料理がありますか?」
「パダン料理が食べたいです」
パダンというのは地名。店に入るとさまざまなおかずの入った小皿が並べられ、客はその中から好きなものを食べ、手を付けたものだけお金を払うという仕組み。インドネシア語のテキストにも取り上げられ、パダン出身のインドネシア語の先生からも勧められていたからです。
「そうですか、ジャカルタにもたくさんあるけど、どこがいいかなあ。あっ、パダン料理のお弁当もありますよ」
それで二日目の昼食はデリバリーのパダン料理になりました。お弁当ですから、たくさんのおかずというわけにはいきませんが、それでもルンダン(牛肉の煮込み料理)をはじめ、5種類ぐらいのおかずが入っていました。
夜は、現地社員と一緒に、サテ(串焼き)の店に。社員のほとんどはムスリムで、店にはやはりお酒が無い。メニューに「ドリアンジュース」というものがあったので、頼んでみましたが、残念ながら品切れ。ムスリムの社員は、酒無しでも結構盛り上がっていました。
「お酒飲みに行きますか?」
お開きになったあと、現地の日本人社員が気を使ってくれました。
「飲める店があれば、うれしいです」
「じゃ私がよく行くワインの店に行きましょう」
外国人向けのワインハウスはとんでもなく高いところが多いのですが、彼が連れて行ってくれたのは、手ごろな価格でいいワインが飲めるということでした。
ワインを飲みながら、さらにはホテルに戻る車の中で、彼の波乱万丈の人生の一端を聞くことができました。
彼は最初、ある食品メーカーの駐在員として25歳ごろにインドネシアに来て、以来20年以上、インドネシアに住んでいるそうです。その後、日本の大手広告代理店のインドネシアの事務所に転職。私たちの会社が3番目の会社だとのこと。
その間、インドネシア人の女性と結婚。
「結婚するには、イスラム教に改宗しないとならないんです。もちろん私もしましたよ。割礼もしました」
「割礼!」
「普通は部分麻酔でやるんですけど、なんか怖いので、全身麻酔にしてもらいました。でも、麻酔から目が覚めた時、下半身が血だらけになっているのを見て、気絶して、そこからさらに2時間ぐらい昏睡していたそうです。ハハハ」
「ご両親は…」
「もちろん大反対です。最初、インドネシア駐在が決まった時、現地に女を作ったりするんじゃないぞ、とくぎを刺されていて、結婚したいといったら、だから言ったことじゃない!とすごい剣幕で。ずっと勘当状態だったんですけど、子供ができてから許してくれました。今は孫をかわいがってくれています」
二人の子供はインドネシア生まれのインドネシア育ち。現地校に通い、家庭でもインドネシア語なので、日本語はほとんどできない。ただ、長男が九州のAPUに進学したので今日本語を勉強中(授業は英語)だそうです。
話を聞くうち、出身が東京都大田区で私の実家に近いこと、日本にいたときの彼女が埼玉県の飯能市在住で、私の今の家の近くだったことが判明、話が弾みました。デートの帰り、よく飯能まで送っていったとのこと。
中学高校時代はバレーボールでセッターをやっていて、全国大会に出場。大学時代はサーファーだったそうです。
「インドネシアの生活はどうですか」
「けっこうひどい目にあいましたよ。今は慣れたけど」
歯が痛くなって、現地の歯医者に見てもらったら、抜くほうがいいといわれ、言うとおりに抜いたのに痛みがひかない。おかしいと思って、来日時に日本の歯医者にみせたら、間違って健康な歯を抜かれっちゃっていたんだとか。
「それは悲惨ですね」
「だから社長にも、歯医者は日本に限るって言ってるんです」
そういえば、韓国の歯医者もすぐに歯を抜きたがったなあ。外国で医者にかかるのは不安なものです。
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