コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

過去との遭遇  ミニカン2回目・月例会を通じて

2011-05-20 12:11:13 | ミニカウンセリング

この数日も非常に密度の濃い日々となっております。

 

火曜日にミニカンの2回目があり、その後友人と飲みに(私はその後仕事があったんでソフトドリンクでしたが)、夜勤仕事の後、水曜日は朝から華光会の「親鸞聖人750大遠忌事業」ミーティング(その様子は別ブログにて)、夕方から真カ研月例会。

で、ミニカン、ミーティングを通じてもいろいろ味わいがありましたが、それらが月例会でのチェックイン時に言葉となって明確化されてきました。

 

 

ミニカンでは、2回ある実践のうち最初はタイムキーパー役なんで、私は1回だけの実践。

今回初めてミニカンに参加されたNさんと。

1回目に別の方とペアを組んで実践され感じておられた、「聞くことの難しさ」を聞かせてもらい、私は最近のPTAの関わりの中で感じていることを話しました。

初実践だったので、10分間という短い時間でしたが、やはり言葉にしていくことで明確になってくるものがあります。

Nさんは初めての実践ということで、まだ聞き方は力が入りまくりなんですが、一度だけしっかりとレスを返してくださいました。

そのレスが私にとっては大きな意味があり、そこまで話したかった話題の中に流れる”気持ち”を一旦抑えることが出来、そこから先になる根っこの問題にシフトしていけました。

残念ながら10分ではその入り口までにとどまったんですが、最近の問題が実は過去からの問題につながっていることがハッキリとするきっかけをもらえたんです。

ミニカンのすごさと、レスの大切さをあらためて実感できました。

 

そのあたりからのつながりも含めて、ミーティングの中で気持ちが動いていきます。

 

ある提案に対して、過敏に(私はそう思ってなかったけど)反応している場面がありました。

軽い気持ちで「ちょっと不安がある」ということを口にしていたんですが、そのことを具体的にどういうことか問われました。

漠然とした”感じ”として話していたことを、具体的に伝えようとすると困ってしまい、無理やり言葉にしようとして空回りします。

それこそ、「単に”感じ”があるだけです」が本当の気持ちなのに、「分かってもらおう」と力が入るにつれて、自分のものから離れていくんですね。

結局、過去の出来事を引き合いに出して、また”そうなること”を恐れているという話をしているのですが…

 

そのことが夜の月例会チェックインのときに振り返ることで、ちょっと明確化されてきました。

恐れているのは、その”過去の出来事”ではなくて、その出来事があったときに私自身が負担になり、不安になり、押しつぶれそうになった”私の気持ち”なんですね。

「また、あんな経験をすることになったらどうしよう」

 

実際は、まったく同じことが起こることはまずないでしょうし、私自身いろいろと成長してきていますから、出来事に対する対処はいろいろ幅広くなってると自負しています。

しかし、心根のところでの”弱い部分”はそのままで、「弱い部分がある私」という受け止めは出来るようにはなっても、「弱い部分を克服」したわけではないんですね。

(その受け止めだけでもかなり昔とは違う自分にはなってますが)

 

 

前の日のミニカンで、一度レスで押さえてもらった言葉は「引きずっている」という言葉でした。

自分が発した何気ない言葉ではあるんですが、カウンセラー役のNさんが「引きずってる」と言葉にしてレスしてくださったことで、「そう、わたしは引きずってるんだ」と、自分自身で在れたんですね。

それが違う形で、やはり「引きずってる私」に出会うことになれました。

 

それぞれファクターは違うんですが、私の本質の問題はそこに在ります。

(他にもいろんなファクターを引きずってます)

 

ミーティングのときに、その時は意識できなかった「引きずっている私」によって、閉じてしまったことにより押し出せなかった話題がいくつかあります。

それらの話題を、次の機会にもう一度「私の気持ちとしてどうしたいか」ということを含めて持ち出したいと思ってます。

 

もうちょっと深いところまで意識化・言語化したい気持ちもありますが、毎週あるミニカンで徐々に触れていければいいなと思ってます。

(来週はPTAがらみの会合があるので、ミニカン欠席しなくちゃなりませんが)

また、月例会でもロジャース氏の論文輪読が始まりますから、楽しみです。

 

理論と実践…いいご縁に恵まれてます。