生涯学習の部屋

資格取得数238。6つの修士と18の学士と2つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

花火が見えた!

2008年07月26日 22時09分49秒 | その他
背中が痛いので寝ていると「花火が見えるよ!」って起こされた。

雨降らなかったんだ!

バルコニーから昭和記念公園のほうを見ると、花火がよく見えた。

なんだか、プーさんみたいな花火もあがっていた。ビールを片手に、夜空の大輪を愛でていた。

イスに座ると背中が痛むので、直立不動で花火をみた。打鍵するのもちょっと辛いので、この程度にしておこう。。。



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背中が痛い・・・

2008年07月26日 19時18分12秒 | その他
本日は花火大会がなくなったので、自由が丘での飲み会に参加するはずだった。

しかし、ここのところ、右の背中が痛く、長く座っていることができない。研修も激痛に耐えながら受講していた。

何とか出席しようと思っていたのだが、やはり、無理と判断した。今頃、みんな飲み会で楽しんでいるんだろうな・・・

残念・・・
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30代未婚男

2008年07月26日 15時21分13秒 | 読書
研究しているテーマが「人」なので、リクルートワークス研究所の大久保氏の著作は読むようにしている。

昨日読んだ本は、一風変わっている本で「30代未婚男」という本だ。

この本によれば、20代前半では「できちゃた婚」が63.3%、20代後半でも22.9%とされている。

「やまとなでしこ」なんて言葉は、過去の遺物か・・・

結婚、妊娠と順序は逆となってしまっているが、そのおかげで、結婚を決断する男女が増えているそうな・・・

なかなか結婚するきっかけがつかめないのも未婚男が増える原因のひとつでもある。

しかし、それ以前に30代男の3人に2人が彼女がいないという数字も挙げられている。なかなか出会いがないのだ。夜遅くまで働き、男ばかりの職場だと、恋愛チャンスが失われるのも当然である。

私も独身時代は数回程度しか合コンに行かなかった。マージャンか、遺跡めぐりか、カラオケか、あとは、同年代の支店の若手で遊びに行っていたくらいじゃないか。

あるいは、独身寮で静かに本を読んでいるのが定番であった。

そのままの生活をしていれば、私も、当然のごとく、30代未婚男になっていただろう。

この本にもあるように、人生長いこと生きていれば、出会いのひとつやふたつもある。ただ、それを結婚にまで結び付けられるかどうかということであろう。「もっといい人が現れるのではないか?」「この人で本当にいいのか?」「今じゃなくてもいいだろう?」なんて思っているうちに、婚期を逃してしまう。

私は、何の疑いもなく、あっさりと結婚してしまったので、婚期を逃さずにすんだ。色々と思い悩んでも仕方がない。結婚とは過去を振り返らず、未来を伴に切り開いていくものだと思っている。

だから、伴侶として「悪」でなければ、人生いかようにも進んでいけるのだ。自分の運を信じて、結婚に踏み切ったが、それは、人生最大の選択であり、最良の決断であった。

あの時、判断を誤れば、きっと、私も30代未婚男となっていたであろう。

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津田塾・・・

2008年07月26日 12時00分34秒 | その他
家内をパソコン教室に送ってきた。家内は時間があるので、ここ4日間PCの無料講習に参加しているのだ。

送ってきたというより、家内に運転してもらって、隣で指示をだすだけ。夕方、再度、家内を迎えに行かねばならぬ。

で、途中、津田塾大学の前を通り、ふと、思ったことがあった。


その昔、小学校6年くらいだったか・・・父の同僚の家に行ったことがある。そこに私と同じ歳のお嬢さんがいた。赤い服がよく似合う、とても、かわいい娘さんだったことをおぼろげに覚えている。

その娘さんが、大学受験で津田塾に合格した話を風の便りで知った。優秀な娘さんだったので、「津田塾って、凄い優秀な大学なんだ!」・・・と、ここ20年以上、思い続けていた。

しかし・・・つい最近、津田塾出身の女性と知り合う機会があった。なんせ、私が思っている津田塾のイメージは「最高の女子大学」のイメージだから、どんなすばらしい女性なんだろう!と期待にワクワクしたものだ。

だが、その大きく膨らんだ期待は、残酷にも打ち砕かれる・・・

できれば、きれいなイメージのままの津田塾大学を思い続けたかった・・・
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引越しの理由・・・

2008年07月26日 06時58分30秒 | 小平
久々に研修で入行同期に会った。

その中で、どうして「小平」に引越ししたのか聞かれた。

無論、引越しの直接的な理由は「社宅の閉鎖」である。住むところがなくなるから、新しいところに移転する。しごく、当然のことである。

しかし、同期の聞きたいのは、何故に、人里はなれた?小平にしたのかということである。(一応、小平って、東京都下なんですけど・・・)

同期が家を買う基準は、多少借金が増えても、通勤至便の23区内に住むのが一般的?らしい。23区⇒武蔵野市⇒三鷹市⇒武蔵野市⇒小金井市⇒国分寺市⇒小平市と
23区から結構離れる地に新居を構えるのは珍しいようだ。(とはいえ、もっと、遠方に家を買う方もいるのだが・・・)

そもそも、転居の基準は放送大学の学習センターから近いことが上げられていた。私の心の中でではあるが・・・

そうすると、世田谷はちょっと、高すぎて手が出ないので

・足立
・千葉
・多摩

以上、3つの周辺に住みたいな~と深層心理の中で思っていた。声に出すと、家族にブーイングを受けるので、ちょっとした願望程度の話であるが。

足立、千葉に住むと、どうしても、明星大学大学院から遠くなってしまう。そして、当時既に建築完了しているものでないといけなかった。

で、色々探している中で、今のマンションが見つかったわけだ。一番最初に見学会にいった物件。その後、いくつか物件を見たが、やはり、一番最初に選んだ物件に落ち着いた。

大学院のキャンパスは日野であるが、学校法人としての明星大学の本部は国分寺からすぐである。やろうと思えば歩いていける(小一時間かかるが・・・)。

それから、大学評価・学位授与機構もすぐそばにある。徒歩10分でおつりがくるくらい近い。

また、比較的近い場所に大学がたくさんあることもいい条件だ。無論、子ども達が大学に行きたいと言った場合のことであるが。また、自分が再び学ぶかもしれないし。

子どもが秀才なら一橋大も自転車でいける。美術的に目覚めれば武蔵美大もある。先生になりたいというなら学芸大。理系なら東京農工大がある。法学を志すならちょっと足を伸ばせば中央大もある。そして、その中央大の隣が明星大学・・・

大学って山のようにある。今の居宅の周辺なら・・・

孟母三遷の話の通り、学びの場が近くにあるほうがよい。少なくとも、私はそう思っている。

すべてにおいて好都合。
コメント (2)
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