ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

福島県の地元紙の報道内容

2006年03月03日 | 大野病院事件

****** 私見

癒着胎盤を分娩前に予測することは非常に困難(ほとんど不可能)です。どの妊婦さんでも癒着胎盤の可能性は否定できません。児娩出後に胎盤剥離徴候があるかどうかで癒着胎盤の有無を判断しているのが現状です。従って、従来のままの一人医長の不備な医療体制を続けていれば、次にいつまた産婦人科医が逮捕されるか全くわかりません。もしかしたら、今日にでもまた誰かが逮捕されるかもしれません。福島県立医大産婦人科が一人医長の病院に対する医師派遣を取りやめる決定をしたのは(患者さんと医局員の身の安全を守るためには)止むを得ない当然の判断だったと思いますし、ぐずぐずしないで即刻実行すべきだと思います。

地元マスコミの報道内容から判断すると、警察は拘留の延長を決定して取調べを続行し、警察サイドの一方的な情報を地元マスコミにリークして、あくまでもK医師を有罪にしようと必死になっているような印象を受けます。

産科診療に従事していれば、癒着胎盤の大出血に遭遇する可能性はいつでも誰にでもあり得ます。万一、『この国では、産科診療中に癒着胎盤の大出血に遭遇した場合には、診療の結果次第で、担当医が逮捕され有罪となることを覚悟しなければならない(!?)』ということになれば、危なくてこの国では誰も産科診療には従事できなくなってしまいます。はたして警察は事の重大性をちゃんと認識しているのであろうか?

(以下、引用)

****** 2006年3月3日、福島民友

忠告無視し執刀か 逮捕の産婦人科医

 大熊町の県立大野病院で一昨年十二月、産婦人科医が帝王切開した女性を死亡させた医療過誤事件で、業務上過失致死と医師法違反の疑いで富岡署に逮捕、送検された執刀医の○○○○容疑者は、手術前に病院関係者から手術の危険性を指摘されながら独断で手術に踏み切った疑いが強いことが、二日までの同署の調べで分かった。○○容疑者は、女性の手 術に当たって十分な設備やスタッフがそろったほかの病院に移送すべきといった忠告も受けていたという。同署は引き続き、病院関係者から事情を聴くなどして手術の経緯や対応 などを調べるとともに、当時の病院側の対応も含め事件の全容解明を進めている。同署は事件発覚後、医療の専門家に分析を依頼するなど約一年にわたり捜査。その結果、○○容 疑者が手術の危険性を認識していたとの見方を強め、逮捕に踏み切ったとみられる。調べでは、○○容疑者は一昨年十二月十七日、胎盤の癒着で大量出血する可能性を知りながら 、十分な検査や高度医療が可能な別の病院への転送などの安全対策をせず、楢葉町の女性の帝王切開手術を執刀。癒着した胎盤を手術器具で無理にはがし、大量出血で女性を死亡 させた疑い。また、女性の死体検案を医師法で定められている二十四時間以内に警察に届けなかった疑い。

医師派遣取りやめへ/県立医大産婦人科

 勤務する産婦人科医が逮捕された大熊町の県立大野病院への医師派遣取りやめを決めている県立医大産婦人科は2日までに、産婦人科のあるほかの3つの県立病院のうち会津総合、三春両病院の医師派遣を取りやめる方針を固めた。県などとの調整は残っているものの、同科は「専門医1人では医療事故を防ぎきることはできない」として理解を求めていく。大野病院への医師派遣を10日で取りやめる同科は、医師逮捕の事態を受けて、同病院と同様、産婦人科医が1人しかいない会津総合、三春、南会津の3県立病院の現状を検討してきた。その結果、「患者の命を守るためには1人態勢を改善すべき」として会津総合、三春の両病院への派遣を取りやめる方針を固め、「時期は流動的だが、できるだけ早く実現したい」(同科)としている。

(以上、引用終わり)


癒着胎盤の定義について

2006年03月03日 | 出産・育児

日本産科婦人科学会・用語解説集(改訂新版)、金原出版、342頁~343頁。

癒着胎盤 ゆちゃくたいばん placenta accreta
 胎盤の絨毛が子宮筋層内に侵入し、胎盤の一部または全部が子宮壁に強く癒着して、胎盤の剥離が困難なものをいう。絨毛はときに筋層から漿膜に達するものもある。原因としては既往に子宮内膜炎・内膜掻爬術・粘膜下筋腫・帝王切開術・子宮形成術などのあることが多い。絨毛が筋層の表面のみに癒着し、筋層内に侵入していないものを(狭義の)癒着胎盤placenta accreta、絨毛が子宮筋層深く侵入し、剥離が困難な状態になったものを嵌入胎盤placenta increta、さらに絨毛が子宮壁を貫通し、漿膜面まで及んでいる状態のものを穿通胎盤placenta percretaとよぶ。

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産婦人科研修の必修知識2004(日本産科婦人科学会)、267~271頁。

癒着胎盤 placenta accreta
(1) 定義
 胎盤の絨毛が子宮筋層内に侵入し、胎盤の一部または全部が子宮壁に強く癒着して、胎盤の剥離が困難なものをいう。組織学的には、床脱落膜の形成が欠如しているものを癒着胎盤という。絨毛は、筋層から漿膜に達することもある。なお胎盤が子宮壁に付着しているが、筋層との結合が蜜ではなく、床脱落膜の欠損を伴わない真の癒着ではないもを付着胎盤 adherent placenta と呼ぶことがある。臨床的には、胎盤用手剥離に伴い大出血をきたすことから、二次的にショックやDICを引き起こす。母体死亡に占める割合も約3%にものぼり、産科的に重要な疾患である。
(2) 分類
①癒着胎盤の病理組織学的分類(Irving & Hertig)
癒着胎盤の分類は、子宮を摘出した後に子宮筋層の組織学的な検索により以下のようになされている。
a.絨毛の子宮筋層内への侵入の程度による病理組織学的分類
 (a)楔入(せつにゅう)胎盤(placenta accreta)
 絨毛が子宮筋層表面と癒着するが筋層内には侵入していないもの。
 狭義の癒着胎盤
 (b)嵌入(かんにゅう)胎盤(placenta increta)
 絨毛が子宮筋層深くに侵入しているもの。
 (c)穿通(せんつう)胎盤(placenta percreta)
 絨毛が子宮筋層に侵入し、かつ子宮筋層を貫通し子宮漿膜面にまで及ぶもの。
b.癒着の占める割合による分類
 (a)全癒着胎盤
 胎盤の全面が子宮筋層に癒着しているもの。
 (b)部分癒着胎盤
 胎盤の一部(数個の胎盤葉)が子宮筋層に癒着しているもの。
 (c)焦点癒着胎盤
 一個の胎盤葉が子宮筋層に癒着しているもの。

②癒着胎盤の臨床的分類(Thierstein et al.)
第一群(付着胎盤)
 a.用手的に容易に剥離できる。
 b.癒着部位は粗、小さなポリープ葉突起を認める。
第二群(付着胎盤)
 a.用手的に剥離できるが困難
 b.剥離部位に繊維素様の索を認める。
 c.剥離の際かなりの出血を認める。
第三群(癒着胎盤)
 a.用手的に剥離は不能
 b.癒着部位を用手的に剥離すると必ず胎盤片が残る。
 c.出血を多量に認める。

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『狭義の癒着胎盤』という用語を、私は今まで臨床的分類の第三群(すなわち、癒着胎盤の高度のもの)を念頭において使用してきました。しかし、上記のように、『狭義の癒着胎盤』の意味するところは、絨毛が筋層の表面のみに癒着し、筋層内に侵入していないもの(すなわち、癒着胎盤の軽度のもの)という考え方もあります。 癒着胎盤の議論をする場合に、どの定義に従って議論しているのか、各自バラバラでは全く議論がかみ合わなくなってしまいます。癒着胎盤の統計の数字に報告者によりバラツキが大きい理由は、もしかしたら、報告者によって癒着胎盤の定義が微妙に違っているからなのかもしれません。