********* 読売新聞
医師逮捕の波紋 (2006年3月11日~3月12日)
(上)医療ミスか難症例か
医療関係者「手術ができなくなる」 検察側「胎盤無理にはがした」
「地域医療を守る努力を重ねてきた加藤医師の尊厳を踏みにじる異例の事態」――。いわき市医師会の石井正三会長は8日、相馬郡、双葉郡医師会長とともにいわき市内で会見を開き、3医師会の連名で逮捕に抗議する声明を読み上げた。県内の医師約1500人で構成される「県保険医協会」(伊藤弦(ゆずる)理事長)も県警に「(逃亡や証拠隠滅の恐れがなく)逮捕は人権を無視した不当なもの」とする異例の抗議文を送付した。
県立大野病院で唯一の産婦人科医として年間約200件のお産を扱ってきた加藤容疑者の逮捕後、県内外の医師や関係団体が次々と反発する声を上げている。
神奈川県産科婦人科医会は「暴挙に対して強く抗議する」との声明を出し、産婦人科医を中心に県内外の医師19人が発起人となった「加藤医師を支援するグループ」は10日現在、全国の医師約800人の賛同を得て、逮捕に抗議するとともに募金活動を行っている。
こうした医師らの反応の背景には、医師不足による産婦人科医1人体制や緊急時の血液確保に時間を要する環境など、事故の要因として医師個人だけの責任に帰すべきではないと考えられる問題が指摘されている事情がある。また、子宮と胎盤が癒着する今回の症例は2万人に1人程度とされ、治療の難易度も高いことも「下手すると捕まると思うと、手術ができなくなる」(浜通りの産婦人科医)との心情を引き起こしているようだ。
一方、事故調査委員会が「癒着胎盤の無理なはく離」を事故の要因の一つとし、医療ミスと認定しているのは明白な事実。「医療事故情報センター」(名古屋市)理事長の柴田義朗弁護士は「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」と指摘する。
片岡康夫・福島地検次席検事は10日、逮捕や起訴の理由について説明し、「はがせない胎盤を無理にはがして大量出血した」とした上で、「いちかばちかでやってもらっては困る。加藤医師の判断ミス」と明言。手術前の準備についても「大量出血した場合の(血液の)準備もなされていなかった」と指摘した。
加藤容疑者の弁護人によると、加藤容疑者は調べに対して「最善を尽くした」と供述し、自己の過失について否認している。公判では、過失の有無について弁護士8人による弁護団と捜査当局の主張が真っ向から対立すると見られる。判決の内容次第では、医師の産婦人科離れに拍車がかかる可能性もはらんでおり、全国の医療関係者がその行方を見守っている。
(読売新聞 3月11日)
********* 朝日新聞
産科医起訴/適切な処置とらず
2006年03月11日
福島地検は10日、帝王切開の手術ミスで女性(当時29)を死亡させ、異状死を警察署に届けなかったとして、業務上過失致死と医師法違反の罪で、県立大野病院の医師、加藤克彦容疑者(38)を福島地裁に起訴した。加藤容疑者は容疑を否認している。
起訴状によると、手術前の検査で、加藤容疑者は「前回の帝王切開の傷跡に胎盤が付着していると認識していた」とされる。県の事故調査報告書では、帝王切開の傷とは無関係の子宮の後壁に胎盤が付着しているとしていた。帝王切開の傷の部分に付着した場合、子宮の後壁に付着した場合に比べて、癒着胎盤の確率が高まるとされる。
また、起訴状では、手術中、胎児を取り出した後、手で子宮から胎盤をはがそうとして癒着胎盤と認識した。剥離(はくり)を続ければ大量出血するおそれがあったにもかかわらず、子宮摘出などの適切な処置をとらず、クーパー(手術用ハサミ)で癒着部分を剥離し、女性を失血死させたとされることが業務上過失致死罪にあたるとした。
福島地検の片岡康夫次席検事は、「術前で『付着』に気づいた時点で罪に問うているわけではない。手術中、手ではがれなかった時点で子宮摘出に移行すべきだった」とする。
医師法違反の罪について、片岡次席は「大量出血すべきでない状況で大量出血しており、過誤に関係なく、異状死と認識できる」とした。「異状死」について定まった定義はないが、「判例や実務でとらえられている通常の法律解釈に基づいて異状死と判断した」と述べた。
医療過誤事件としては異例の逮捕に踏み切った理由について、片岡次席は「遺体やビデオなどがなく、関係者の協力が不可欠な状況で、真実を見極めるため、身柄を確保した上で話を聞く必要があった」とした。
同地検は、福島地裁に対し、加藤容疑者の勾留(こうりゅう)継続を請求している。
癒着胎盤
分娩後に自然とはがれる胎盤が、子宮の壁にくっつき、はがれにくくなる疾病。癒着の度合いは様々で、単なる付着から子宮の筋層に深く細胞が侵入しているケースまである。事前の検査では、癒着の有無を確実に診断するのは難しいという。
通常、発生率は2万人に1人。しかし、帝王切開や人工中絶の前歴があると、さらに確率は高まる。胎児が子宮から出る口をふさいだ形で胎盤ができる「前置胎盤」が、帝王切開の傷跡の残る「子宮前壁」に付着した場合、確率は20%以上になる。
事故調査報告書では、調査の結果として、帝王切開の傷跡とは関係のない「子宮後壁に付いた前置胎盤だった」と指摘しており、「このため加藤容疑者は癒着の可能性は低いと考えていた」と分析していた。
全国の医師795人抗議声明
2006年03月11日
全国の産婦人科や新生児科、小児科などの医師795人が10日、「加藤医師の逮捕・起訴に強く抗議する」とする声明文を連名で発表した。
名前を連ねるのは、県立や国立の病院、厚生病院、クリニックなどで働く医師で、診療科目は様々。声明文では「診療上ある一定の確率で起こり得る不可避なできごとにまで責任を問われ、逮捕、起訴されるようであれば、もはや医師は危険性を伴う手術など積極的な治療を行うことは不可能」と指摘し、警察や司法に「適切な医学的考察にのっとった判断」を求めている。
発起人の1人で全員の肩書や所属を確認した東京都杉並区の産婦人科医師、大野明子さんは「今回の事故への立場や意見はさまざまだが、『逮捕は不当だ』という点では一致している。加藤医師とは何の利害関係もないが、だれかが声をあげなければと思った」と話している。
(朝日新聞 3月11日)
***************
加藤医師を支援するグループの抗議声明
http://medj.net/drkato/index.shtml
***************
福島産科医師不当逮捕に対し陳情書を提出するホームページ
http://www006.upp.so-net.ne.jp/drkato/index.htm