岩手県医師会会長 石川 育成
日本産科婦人科学会岩手地方会
会長 杉山 徹
岩手県産婦人科医会
会長 小林 高
抗議声明
はじめに、平成16年12月、福島県大野病院にて帝王切開を受けられ、お亡くなりになられた方とご遺族に対し、心よりの哀悼の意を捧げます。
平成18年2月18日、この帝王切開術を執刀した加藤克彦医師が業務上過失致死および医師法違反の容疑で逮捕、その後起訴されました。すでに福島県では事故調査を行い、報告書が作成されたうえで処分も終了し、加藤医師はその後も大野病院唯一の産婦人科医として献身的に 勤務し続けており、「逃亡のおそれ」、「証拠隠滅のおそれ」とする福島県警の今回の逮捕・起訴理由は到底我々には理解出来ないものであります。また、医師法違反の容疑は、異状死を警察に届出なかったこととされますが、そもそも異状死の概念や定義が曖昧な上に、今回は医学的に予測困難な癒着胎盤が原因であり、医療行為の過失がすべての原因とは考えられず、届出義務は生じないものと判断します。岩手県医師会、日本産科婦人科学会岩手地方会、岩手県産婦人科医会は、今回の逮捕・起訴が不当と判断し、また、司法の介入に正当性がないことに対して強く抗議いたします。
業務上過失致死容疑は、癒着した胎盤を無理に剥離して大量出血をきたし、死に至らしめたということですが、癒着胎盤はすべて予見できるわけではなく、臨床の場で予見困難な場合は用手的に剥離を試みることが通常に行なわれます。医学的な見地からは胎盤の一部が剥離困難で強度な癒着があった場合、剥離を中止すべきか、剥離を進めるべきかを判断し、その結果を予見することは非常に困難であります。さらに、大野病院の置かれた環境、輸血供給の現状での加藤医師の判断は妥当な範囲内であったと考えられます。すなわち、医師の裁量権の範疇であり、業務上過失致死容疑には該当しないものと考えます。
我々医師は日常の診療において、日夜いかなる状況に於いても最善の医療を提供することを目標としております。しかし、医学の発展があっても、分娩周辺期の不幸な事象を完全にゼロにすることはできず、残念ながら、医療ミスとは別に今回の件のようにある一定の確率で不可避かつ不幸な事態は起こり得ます。どれだけ努力しても、結果論で責任を問われ、逮捕、起訴されるようであれば、もはや産婦人科医は危険性を伴うであろう分娩に対し、積極的な介助を行うことは不可能となり、これは患者さんにとっても不幸なことだろうと考えます。さらに、現実的には、産婦人科を志す医師の減少に拍車がかかり、地域医療への影響も大きく、過疎地域においては分娩ができない事態へと発展すると推察できます。
繰り返しになりますが、今回の事件において加藤克彦医師は最善を尽くしたと考えます。不幸な結果は真摯に受け止めなければなりませんが、最善を尽くした医療結果に対して刑事罰を課さねばならない過失があるとは到底思えません。警察や司法に適切な医学的考察に基づく再考をしていただくよう要請致します。
以上、私たちはここに加藤克彦医師を支援するとともに、逮捕、起訴に対して強く抗議するものであります。
******* 広島県医師会の声明文
福島県立大野病院産婦人科医逮捕・起訴について
声明文
まずは、今回お亡くなりになった患者様とそのご家族の皆様には衷心より哀悼の意を表します。
去る2004年12月福島県立大野病院産婦人科医師が行った帝王切開術において癒着胎盤のため大量出血を来たし、その結果児は救命できましたが、残念ながら必死の努力にも拘わらず母親は死亡しました。これに関連して執刀医が業務上過失致死および医師法違反で2006年2月18日逮捕され3月10日には起訴されました。
大量出血の原因となった癒着胎盤という疾患は、約1万の妊娠にひとりというまれなもので、また術前診断も困難で、かつ産科疾患の中でも治療が特に難しいとされています。母体の死亡という非常に残念な最悪の結果となりましたことに対しましては、医学の無力さと限界を感ぜざるを得ません。そして、今回のこの不幸な結果は、特に治療上過失とされるような行為があったという訳ではないと確信しております。もちろん医学的には反省や再発防止を含んだ議論があるのは認めますが、直ちに逮捕されなければならない事例とは思えません。また、起訴理由になっている異状死の報告義務違反についても、執刀医である加藤克彦医師は患者の死亡が確認されたすぐ後に上司である院長に報告しており、院長はその時点では「医療過誤による異状死とはいえず、報告の義務はない」と判断されていることより、少なくとも加藤医師については異状死報告義務違反には当たらないと考えます。
さらに、2004年12月に発生したこの事例について1年2ヶ月も経ってからの逮捕の理由のひとつが「証拠隠滅のおそれ」とのことでありますが、すでに2005年4月には証拠物件であるカルテ等は差し押さえなどの処分もなされていますし、その後も同医師は大野病院において産婦人科診療に当たっておられますので、上記のような理由で逮捕する根拠は薄弱というほかなく、警察権の過剰行使といっていいのではないかと思います。
医師が扱わねばならない多くの疾患の中には、時に予見できない合併症や予見できたとしても、それをはるかに凌駕するような合併症が起こることは避けがたいことであります。結果論でああすればよかった、こうすれば良かったというのは、神ならぬ身の一般臨床医にとってあまりに酷な要求であり、「判断ミスは許さない」、「結果が悪ければ逮捕」というのではわれわれ医師は今後前向きに治療をすすめることができなくなり、ひいては医療レベルの低下を来たし、結局は患者さんへの不利益につながるものと思います。
以上に述べた理由から、このたびの逮捕はリスクのある難病に対して真摯に診療をおこなう医師たちのやる気をそぐような処遇であり、いわば不当逮捕とも言えるのではないかと考えており、まったく容認することはできません。私たち広島県医師会常任理事会は福島地検および福島県警が加藤医師に対する起訴をただちに取り下げることを強く要求するものであります。私たちは今後、こういった事例が二度と起こらぬように、中立的な立場で適正な医学的根拠に基づいた判断の上で事の是非を判定できるようなシステムが構築されることを強く望むとともに、それに向かって努力していきたいと思っています。
平成18年3月20日広島県医師会常任理事会