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福島の産科医起訴、医療現場反発
手術の死「医師個人の責任問えるのか」
福島県大熊町の県立大野病院の産婦人科医が、帝王切開手術で妊婦を失血死させたとして逮捕、起訴された事件で、日本産科婦人科学会などが16日、会見し、「故意や悪意のない医療行為に対し、個人の刑事責任を問うのは疑問」と抗議、医療現場に波紋が広がっている。
この事件は、女性(当時29歳)の帝王切開を執刀した医師(38)が、子宮に癒着した胎盤を無理にはがして大量出血させ、死亡させたとして、業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の疑いで逮捕され、今月10日、福島地裁に起訴された。医師は14日に保釈された。
福島地検の片岡康夫・次席検事は「血管が密集する胎盤を無理にはがせば、大量出血することは予見できたはず。はがせないものを無理にはがした医師の判断ミス」と起訴理由を説明している。
これに対し、同学会は会見で、〈1〉胎盤の癒着は数千例に1例と極めて少数で、事前の診断は難しい〈2〉胎盤をはがすかどうかは個々のケースや現場の状況で判断すべきだ〈3〉適切な処置をしても救命できないことがある――などと反論した。
遺族「予見できたはず」
一方、亡くなった女性の父親(55)は「事故は予見できたはずだ。危険性が高い状態で、大きな病院に転送すべきだったのに、なぜ無理に(手術を)行ったのか」と不信を隠さない。
学会の反発の背景には、「地方の産科医不足が加速する」との懸念がある。
起訴された医師は、03年に福島県立医大から派遣され、大野病院で唯一の産婦人科医として年間200件余のお産を手がけていた。
同様の「1人医長」の病院は少なくない。産科婦人科学会の昨年の調査では、全国の大学病院が医師を派遣する関連病院のうち、17%は常勤の産科医が1人だけだった。東北や九州、東海・北陸では20%を超え、地方ほど診療体制が貧弱だ。
常勤医1人では医師が24時間、拘束されて疲弊するうえ、患者の急変時などに十分な処置ができない恐れもある。就労環境の厳しさに加え、出産を巡る訴訟も多いことから産科医は年々減り、大学が医師派遣を打ち切る例も相次いでいる。
国も、1人体制などの病院から、産科医を地域の中核病院に集める方針を打ち出しているが、多くの地域では、医師を引き揚げられる地元自治体の反対などで、医師の集約はスムーズに進んでいない。
医療事故が起きた際の原因究明システムの課題も浮上した。米国では、州ごとに医療事故を監視する公的機関があり、専門家が調査し、医師免許取り消しなどの処分を行う。一方、日本では「医療事故の真相解明は“かばいあい体質”の医療界には期待できず、司法に頼るしかない」という患者側の声も根強く、米国のような医療事故調査の第三者機関が求められそうだ。
福島県立大野病院の事故を巡る経過
2004年12月 帝王切開を受けた女性が死亡
2005年 3月 県の事故調査委員会が事故報告書を公表。これを報道で知った福島県警が捜査に着手。
2006年 2月 県警捜査1課と富岡署が18日、執刀した医師を逮捕。
3月 福島地検が10日、医師を福島地裁に起訴。