勿忘草 ( わすれなぐさ )

「一生感動一生青春」相田みつをさんのことばを生きる証として・・・

十三夜

2007-10-24 00:16:22 | Weblog
 追羽根の羽根が、上流社会の原田家の御曹司の乗った人力車の前に落ちた。それがきっかけの一目惚れで、請われて嫁いだ関は、身分の違いから、間もなく始まった鬼のような夫の非道(ひど)い仕打ちに耐えかねて、7年の歳月泣きつくした我慢の末、今夜限りと、子どもを置いて実家に帰ってきた。それは十三夜の夜だった。
 怒りに震える母親の言葉を、目を閉じ腕組みをして聞いていた父親の涙で諭す言葉に、関は声をあげてワッと泣いた。

 涙に曇る十三夜の月明かりの中、父親の泣き出しそうな咳払いを背に、関は子どもの待つ嫁ぎ先に帰るため人力車に乗る。
 
 その夜道は冴え冴えとした月明かりのもと、風の音も虚ろに響き、虫の声も絶えがちで、もの悲しさが募るばかりだった。上野に入ってまだ一町もいっていないというところで、どうしたのか車夫(くるまや)はピタリと梶をおろし、すいません、云いだしにくいのですがわたしはここで失礼させていただきます、お代は要りませんからどうぞお降りになってなってください、と突然云った。

 仕事も投げやりな車夫(くるまや)は、よく見ると、思い思われていた幼なじみの録之助。驚く二人。録之助は、お関の嫁入りの噂がながれはじめた頃から身を堕としていたのだ。

 樋口一葉の「十三夜」は、悲しい運命にもてあそばれた二人を、意外な形で再会させる。
 
 お別れするのが惜しまれると云ってもこれが夢なら仕方のないこと、さ、おゆきになってください、私も帰ります。夜が更けては路も淋しゅう御座ンすよ、と云って頭を下げ空車を挽いてお関に背を向けた。

 ひとりは東へ、ひとりは南へ。大路の柳も月のかげになびいて力弱げに塗り下駄の音が月路にからから響く。

 冴え冴えとした夜空に煌々と輝く十三夜の月を見ながら、一葉の世界に思いを馳せ、ひとつのボタンの掛け違いから、憎からず思いながらも別れる運命(さだめ)のわが恋の、あの日を思い出す秋の夜でした。


 文中の青文字は、篠原一さんの現代語訳・樋口一葉「十三夜」(河出文庫)からの引用です。