ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

結婚・子育て資金に関する贈与税の特例が廃止されるか

2024年12月01日 00時00分00秒 | 国際・政治

 贈与税にはいくつかの特例があり、孫への教育資金贈与などがその例です。これについては2018年8月29日0時11分55秒付で「このような特別措置を恒久化してよいものか」として記しましたが、このブログで触れていなかったものの一つが、タイトルに示した結婚・子育て資金に関する贈与税の特例です。特例らしく、適用期間が限られており、2025年3月31日までとなっています。

 現在、2025年度税制改正に向けての議論が与党内で行われています。そのような中で、共同通信社が2024年11月30日17時7分付で「【独自】政府、子育て支援贈与税制廃止へ 1千万円非課税、利用低調」(https://www.47news.jp/11839264.html)として報じています。

 記事では「政府は、結婚・子育ての資金を一括で贈与すると贈与税が1千万円まで非課税となる特例について廃止する方針である」と書かれています。つまり、これは与党の税制調査会における議論ではないということを示しています。2015年に創設された制度なのですが、利用者が少ないそうです。それはそうでしょう。教育資金に関する贈与税の特例よりも利用者が少なそうだということは何となく考えるところでしょう。それに、教育資金、結婚・子育て資金のどちらについても、経済格差を固定化することにつながりかねないし、少子化対策などに何ら貢献をしていないと推察されます。

 ただ、与党の税制調査会では延長が議論される可能性もあります。実際、2023年度税制改正では適用期間が2年延長されています。利用者も少なければ効果も乏しいと思われる特例をいつまでも続ける必要などないはずですが、所詮、税制は政治の問題に尽きますから、どうなるかはわかりません。

 私は、贈与税の特例を原則として即座に廃止すべし、と考えています。税制が複雑になりますし(今年の定額減税が典型例です)、不合理な差別を放置することにつながりかねないからです。

 

 せっかくのことですので、ここで2023年度の「法学特殊講義2B」の内容から、上記の教育資金に関する贈与税の特例と結婚・子育て資金に関する贈与税の特例についての部分を掲載しておきます。

 

 ●直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた者(直系卑属)に関する特例

 〔1〕適用期間

 2013(平成25)4月1日〜2026(令和8)年3月31日

 〔2〕適用の対象となる直系卑属

 直系尊属と信託会社との間で教育資金管理契約を締結した日において満30歳未満の個人であって、前年の合計所得金額が1000万円以下である者である(租税特別措置法第70条の2の2第1項)。

 〔3〕特例の内容

 適用期間中に、直系卑属が直系尊属から以下のものを取得した場合には、信託受益権などの金額のうち一定の金額(1500万円または500万円)まで、贈与税の課税価格に算入しない(租税特別措置法第70条の2の2第1項)。

 ・直系尊属と信託会社との間で締結された信託受益権を取得した場合。

 ・直系尊属から書面による贈与により取得した金銭を、銀行などの金融機関に預貯金として預け入れた場合。

  ・教育資金管理契約に基づき、直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭等で有価証券を購入した場合。

 いずれの場合についても、受贈者が教育資金非課税申告書を取扱金融機関の営業所等を経由して所轄税務署長に提出しなければ、適用を受けられない(同第3項)。また、受贈者は、教育資金の支払いに充てた金銭に係る領収書等の書類を、一定の期日前に金融機関の営業所等に提出または提供しなければならない(同第7項。取扱金融機関の営業所等の義務については同第8項を参照)。

 〔4〕適用の対象となる教育資金

 ・学校教育法第1条に規定される学校(幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学および高等専門学校)、同第124条に規定される専修学校、同第134条第1項に規定される各種学校などに直接支払われる入学金、授業料など(同第2項第1号イ)。

 →この場合には1500万円まで、贈与税の課税価格に算入しない(租税特別措置法第70条の2の2第1項本文)。

 ・「学校等以外の者に、教育に関する役務の提供の対価として直接支払われる金銭その他の教育を受けるために直接支払われる金銭で政令で定めるもの」(同第2項ロ。教育に関するサービスの提供に対する対価、施設の利用料、スポーツや文化芸術など教養の向上のための活動に関する指導の対価、通学定期代、外国の教育施設に就学するための渡航費など)。

 →この場合には500万円まで、贈与税の課税価格に算入しない(同第12項第2号)。但し、受贈者が満23歳以上である場合には、教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講する費用のみが教育資金の範囲に入る。

 〔5〕教育資金管理契約の内容(同第2項第2号)

 受贈者の教育に必要な資金を管理することを目的とする契約で、次に掲げるものである。

 ・受贈者の直系尊属と信託会社との間で締結された信託契約(主たる目的は教育資金の管理で、信託の利益の全てが受贈者のものになること)。

 ・受贈者と銀行等との間で締結された、普通預金・通常貯金などに係る契約(受贈者が教育資金の支払いに充てるために預貯金を引き出した場合には、領収書等の書類を銀行等に提出または提供しなければならない)。

 ・受贈者と金融商品取引業者との間で締結された、有価証券の保管の委託に係る契約(受贈者が教育資金の支払いに充てるために有価証券の譲渡や償還などをして金銭の交付を受けた場合には、領収書等の書類を銀行等に提出または提供しなければならない)。

 〔6〕教育資金管理契約の終了事由

 教育資金管理契約は、次の事由が発生した日のいずれか早い日に終了する。

 ・受贈者が満30歳に達したこと:その受贈者が満30歳に達した日。但し、その日において学校等に在学している場合または教育訓練を受けている場合(取扱金融機関の営業所等に届け出た場合に限られる)を除く(同第16項第1号)。

 ・満30歳以上の受贈者が「その年中のいずれかの日において学校等に在学した日又は教育訓練を受けた日があることを政令で定めるところにより取扱金融機関の営業所等に届け出なかつたこと」:その年の12月31日(同第2号)。

 ・受贈者が満40歳に達したこと:その受贈者が満40歳に達した日(同第3号)。

 ・受贈者が死亡したこと:その受贈者が死亡した日(同第4号)。

 ・「教育資金管理契約に係る信託財産の価額が零となつた場合、教育資金管理契約に係る預金若しくは貯金の額が零となつた場合又は教育資金管理契約に基づき保管されている有価証券の価額が零となつた場合において受贈者と取扱金融機関との間でこれらの教育資金管理契約を終了させる合意があつたこと」:その教育資金管理契約が当該合意に基づき終了する日(同第5号)。

 〔7〕教育資金管理契約が終了した後に非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残額がある場合の扱い

 原則として、その残額は同第16項各号(第4号を除く)に定められる日の属する年の贈与税の課税価格に算入される。但し、受贈者が死亡したことにより教育資金管理契約が終了した場合には、残額は贈与税の課税価格に算入されない(同第17項、同第18項)。

 〔8〕教育資金管理契約の終了前に贈与者が死亡した場合

 原則として、贈与者の死亡時における資金残額を受贈者が相続または遺贈により取得したものとみなされ、相続税の課税対象となる(同第12項)。但し、当該贈与者に係る相続または遺贈により財産を取得した全ての者(当該受贈者を含む)の相続税の課税価格の合計額が5億円以下であって、次の場合のいずれかに該当し、かつ、受贈者が取扱金融機関の営業所等に贈与者が死亡した旨を速やかに届け出たならば、相続税の課税対象とならない。

 ・受贈者が満23歳未満である場合(同第13項第1号)。

 ・受贈者が学校等に在学している場合(同第2号)。

 ・受贈者が教育訓練(雇用保険法第60条の2第1項)を受けている場合(租税特別措置法第70条の2の2第13項第3号)。

 なお、当該贈与者に係る相続または遺贈により財産を取得した全ての者の相続税の課税価格の合計額が5億円を超える場合には、当該贈与者の「死亡の日における非課税拠出額から教育資金支出額を控除した残額を、当該受贈者が当該贈与者から相続等により取得したものとみなす」〔「令和5年度税制改正の大綱」(2022年12月23日閣議決定)21頁〕。

 

 ●●直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた者(直系卑属)に関する特例

 〔1〕適用期間

 2015年4月1日〜2025年3月31日

 〔2〕適用の対象となる直系卑属

 直系尊属と信託会社との間で結婚・子育て資金管理契約を締結した日において満18歳以上満50歳未満の者。但し、前年の合計所得金額が1000万円以下であることが要件となる。

 〔3〕特例の内容

 適用期間中に、直系卑属が直系尊属から次のものを取得した場合には、信託受益権などの金額のうち1000万円まで〔結婚に際して支出する費用に充てる場合には300万円まで。租税特別措置法第70条の2の3第12項第2号(贈与税非課税枠に関する事項であるから、第1項に規定すべきであろう)〕、贈与税の課税価格に算入しない(同第1項)。

 ・直系尊属と信託会社との間で締結された信託受益権を取得した場合。

 ・直系尊属から書面による贈与により取得した金銭を、銀行などの金融機関に預貯金として預け入れた場合。 

・結婚・子育て資金管理契約に基づき、直系尊属からの書面による贈与により取得した金銭等で有価証券を購入した場合。

 いずれの場合についても、受贈者は結婚・子育て資金非課税申告書を取扱金融機関の営業所等を経由して所轄税務署長に提出しなければ、適用を受けられない(同第3項)。また、受贈者は、結婚・子育て資金の支払いに充てた金銭に係る領収書等の書類を、一定の期日前に金融機関の営業所等に提出または提供しなければならない(同第9項。取扱金融機関の営業所等の義務については同第10項を参照)。

 〔4〕適用の対象となる結婚・子育て資金

 ・受贈者の結婚に際して支出する費用(同第2項第1号イ)

 ・受贈者(その配偶者も含む)の妊娠、出産または育児に要する費用(同ロ)

 〔5〕結婚・子育て資金管理契約の内容(同第2項第2号)

 受贈者の結婚・子育てに必要な資金を管理することを目的とする契約で、次に掲げるもの。

 ・受贈者の直系尊属と信託会社との間で締結された信託契約(主たる目的は結婚・子育て資金の管理で、信託の利益の全てが受贈者のものになること)。

 ・受贈者と銀行等との間で締結された、普通預金・通常貯金などに係る契約(受贈者が結婚・子育て資金の支払いに充てるために預貯金を引き出した場合には、領収書等の書類を銀行等に提出または提供しなければならない)。

 ・受贈者と金融商品取引業者との間で締結された、有価証券の保管の委託に係る契約(受贈者が結婚・子育ての支払いに充てるために有価証券の譲渡や償還などをして金銭の交付を受けた場合には、領収書等の書類を銀行等に提出または提供しなければならない)。

 〔6〕結婚・子育て資金管理契約の終了事由

 結婚・子育て資金管理契約は、次の事由が発生した日のいずれか早い日に終了する。

 ・受贈者が満50歳に達したこと:その受贈者が満50歳に達した日(同第13項第1号)。

 ・受贈者が死亡したこと:その受贈者が死亡した日(同第2号)。

 ・「結婚・子育て資金管理契約に係る信託財産の価額が零となつた場合、結婚・子育て資金管理契約に係る預金若しくは貯金の額が零となつた場合又は結婚・子育て資金管理契約に基づき保管されている有価証券の価額が零となつた場合において受贈者と取扱金融機関との間でこれらの結婚・子育て資金管理契約を終了させる合意があつたこと」:その結婚・子育て資金管理契約が当該合意に基づき終了する日(同第3号)。

 〔7〕結婚・子育て資金管理契約が終了した後に非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額がある場合

 原則として、その残額は同第13項各号(第2号を除く)に定められる日の属する年の贈与税の課税価格に算入される。但し、受贈者が死亡したことにより結婚・子育て資金管理契約が終了した場合には、残額は贈与税の課税価格に算入されない(同第14項、同第15項)。

 〔8〕結婚・子育て資金管理契約の終了前に贈与者が死亡した場合

 贈与者の死亡時における資金残額を受贈者が相続または遺贈により取得したものとみなされ、相続税の課税対象となる(同第12項)。適用除外がない点が、教育資金管理契約の終了日前に贈与者が死亡した場合と異なるところである。租税特別措置法第70条の2の3には、同第70条の2の2第13項のような規定が存在しない。

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こうなったら自公国連立政権か、しかし部分連合しかないか?

2024年11月22日 00時00分00秒 | 国際・政治

 昨日(2024年11月21日)付の朝日新聞朝刊1面14版△トップ記事「『103万円の壁』引き上げ合意 自公国 経済対策に明記」などで報じられたように、一昨年(11月20日)に、自由民主党、公明党および国民民主党が政府の総合経済対策について合意をしました。実際のところはどうなのか、詳細な検討を行うべきかもしれませんが、さしあたり、国民民主党が求めている政策が取り入れたということになっています。103万円の壁の引き上げ、ガソリン減税の検討が明記されたとのことです。

 やはり昨日の朝日新聞朝刊の⒋面14版に「国民民主が要望書 税制改正 与党、来週にも回答」という記事が掲載されており、それによると「国民民主党が与党に示した税制改正についての要望」は次の通りとなっています(記事の表現をそのままお借りしておきます)。

 「<最重点>

・所得税の基礎控除などを103万円から178万円に引き上げ

・特定扶養控除の年収要件の引き上げ

・ガソリン減税(トリガー条項発動、暫定税率廃止、二重課税廃止)

 <重点>

 ・年少扶養控除の復活、扶養控除の維持・拡大

 ・消費税5%への時限的引き下げ、単一税率、インボイス廃止

 ・中小企業への賃上げ支援のため、赤字でも賃上げした企業に固定資産税などを減免

 ・AI(人工知能)や半導体、蓄電池などの成長分野での投資を優遇する措置の導入

 ・暗号資産に関する税制と規制の見直し

 <その他>

 ・所得税に塾代の控除制度を創設、単身赴任手当を非課税に

 ・年末調整制度を見直し、全員確定申告制度を導入

 ・金融所得課税の強化

 ・移住促進の税制を創設」

 4面14版記事によれば「自民、公明両党と国民民主党の税制調査会長が20日、来年度の税制改正に向けて本格的な協議を始めた」、「国民民主が求める、課税の最低ラインを年収103万円から178万円に引き上げた場合、政府は7兆~8兆円の税収減になると試算している」、国民民主党の「古川元久税調会長は記者団に、「政府の懐から国民のみなさんの懐に移るので、当然経済効果もある」と強調。経済効果の試算を示すよう与党側に求めた」とのことです。

 ここまで話が進んでいるのであれば、2025年度税制改正大綱は「自由民主党および公明党」ではなく「自由民主党、公明党および国民民主党」という形で出すほうがよいのではないかとも思えてくるのですが、第2次石破茂内閣に国民民主党員の国務大臣はおりませんので、部分連合の枠は崩さないのでしょう。しかし、いつ自公国連立政権が実現してもおかしくないということになるかもしれません。一方で、国民民主党が求める政策の一部でも取り入れられず、税制改正大綱に盛り込まれないとすれば、国民民主党が部分連合を離脱する可能性もあります。

 まずは11月28日に召集されるという臨時国会(第216回国会)において提出されることになっている2024年度補正予算が成立するかどうかでしょう。自由民主党、公明党は勿論賛成するでしょうし、国民民主党も賛成する可能性が高いようです。次に2025年度税制改正であり、ここが一つの山場あるいは分岐点になるでしょう。国民民主党が部分連合からの離脱するという事態になると、2025年度税制改正のための与党税制改正大綱も政府税制改正大綱も決定されたのに、衆議院で税制改正に関する法律案が可決されないという、おそらくは前代未聞の結末につながりかねません(通例では税制改正に関する法律案は先に衆議院に提出されます)。これでは2025年度予算が成立したとしても滅茶苦茶な状況になりかねないので、避けなければならないでしょう。

 こうなると、部分連合のままでは不安が残ります。何せ、衆議院の会派別の議員構成数は次のようになっているからです。

 自由民主党・無所属の会:196

 立憲民主党・無所属:148

 日本維新の会:38

 国民民主党・無所属クラブ:28

 公明党;24

 れいわ新選組:9

 日本共産党:8

 有志の会:4

 参政党:3

 日本保守党:3

 無所属:4

 欠員:0

 計:465

 自由民主党と公明党を合わせると220となりますが、これでも過半数に達しません(約47%ですから)。国民民主党を合わせれば248で、これでようやく過半数となります(約53%)。今後の展開によっては、連立政権の構成政党が一つか二つ増えなければ国政も何も進まなくなるのではないでしょうか。

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兵庫県知事選挙の結果と今後 立場がなくなる?

2024年11月18日 00時00分00秒 | 国際・政治

 注目を集めていた兵庫県知事選挙が11月17日に行われ、斎藤元彦前知事が当選確実と報じられました。

 ある程度は予想がついたことですが、少なからぬ兵庫県民は、パワハラ告発問題などで職員側ではなく、当該職員を懲戒処分に付した知事の対応を正当と認めたことになります。悲しいことかもしれませんが、内部告発は組織に対する裏切り行為であるという感覚などを、多くの人は持っているということかもしれません。あるいは、兵庫県民の一定の割合においては県職員に不信感を抱いているということかもしれません。公益通報制度の見直しにもつながる可能性も否定できないのです。

 但し、選挙が終わったからといって、まだ全てが終わった訳ではありません。地方自治法第178条を見ましょう。

 第1項:「普通地方公共団体の議会において、当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をしたときは、直ちに議長からその旨を当該普通地方公共団体の長に通知しなければならない。この場合においては、普通地方公共団体の長は、その通知を受けた日から十日以内に議会を解散することができる。」

 第2項:「議会において当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をした場合において、前項の期間内に議会を解散しないとき、又はその解散後初めて招集された議会において再び不信任の議決があり、議長から当該普通地方公共団体の長に対しその旨の通知があつたときは、普通地方公共団体の長は、同項の期間が経過した日又は議長から通知があつた日においてその職を失う。」

 第3項:「前二項の規定による不信任の議決については、議員数の三分の二以上の者が出席し、第一項の場合においてはその四分の三以上の者の、前項の場合においてはその過半数の者の同意がなければならない。」

 以上のうち、第1項は今回の選挙の前の話につながることでした。私は、知事が議会を解散するものと考えていたのですが、解散ではなく失職を選びました。失職は、第2項の前半、すなわち「議会において当該普通地方公共団体の長の不信任の議決をした場合において、前項の期間内に議会を解散しないとき」につながります。

 気になるのは第2項の後半、議会の「解散後初めて招集された議会において再び不信任の議決があり、議長から当該普通地方公共団体の長に対しその旨の通知があつたとき」でしょう。新たな知事が選任されると、県議会を招集することとなります。そう、兵庫県議会が再び不信任決議を行うかどうかが問われます。

 要件として、議員数の3分の2以上の出席、その出席議員の過半数の者の同意を得ることが求められます。何月何日に兵庫県議会が招集されるかはわかりませんが、全議員のうちの3分の2以上が出席した上で、その過半数の議員による同意は得られるでしょうか。それ以前に、不信任決議案が提出されるのでしょうか。

 知事の失職前には百条委員会も開かれていました。それでこの結果です。普通に考えれば、兵庫県議会の立場はなくなりました。再度の不信任決議案は出されないかもしれません。

 そうなると、パワハラ告発などの意味は何だったのかが問われるということを意味するとともに、兵庫県職労の立場もなくなります。いや、或る意味で最も立場を失ったのは県職労であり、少なからぬ県職員です。「あれだけパワハラだの何だの騒いでおいてこれかよ」ということになるからです。

 同じことは報道機関にも言えます。いや、一番に問題を抱えていたのは大騒ぎをしたほとんどの報道機関です。それこそ責任が問われるべきでしょう。本当にパワハラ問題があったとしても、どの程度であったのかを丁寧に追うべきでした。私も日々の報道を目に耳にしましたが、あまりにも偏向的であるということを感じていました。。アメリカ合衆国大統領選挙の際の報道とあまりにも傾向が似通っており、予想(期待?)を大きく外したことまでよく似ている、というより同じようなものだったからです。

 さらに問題であったのは、市長会の有志メンバーが11月13日付で、前尼崎市長であった候補者の「稲村和美さんを支持する表明について」という文書を掲載したことです(翌日、1市長も加わっています)。聞いた瞬間に「公職選挙法に抵触しないか?」と思ったのでした。公職選挙法を参照して問題があるかどうかを調べた訳ではないので、適法か違法かという問題については触れませんが、少なくとも選挙戦の段階で出すべき文書ではありません。まずいことをやったもので、これは斎藤氏の勝利の決定打になったとも言えます。ちなみに、この表明に参加しなかったのは神戸市長、芦屋市長、明石市長、西脇市長、豊岡市長、養父市長および三田市長でした。

 まだまだ、兵庫県政は揺れ続けるでしょう。

 そして、今後、少なくとも都道府県や市町村については、内部通報、公益通報が機能しなくなることも考えられます。

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第215回国会の場で造反有理はありうる?

2024年10月30日 18時30分00秒 | 国際・政治

 10月27日の衆議院議員総選挙が終わり、御存知の通り、結果が出ました。

 11月11日に特別会となると思われる第215回国会が召集されると言われていますが、そこで行われるのが内閣総理大臣の指名です。

 憲法第67条第1項は「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ」、同第2項は「衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする」と定めています。

 憲法上は国会議員であれば内閣総理大臣に指名されますが、多くの政党の党首は衆議院議員であるために、政治的には衆議院議員から選出されることになります。

 ただ、どうやら不穏な空気が流れており、指名で造反が生ずる可能性もあるようです。それこそ「造反有理」という言葉すら発せられるかもしれません。

 ここで問題提起。現在、衆議院議員選挙については小選挙区比例代表並立制が採られていますが、憲法上、何の問題もないのでしょうか。小選挙区で落選した候補者が、比例代表で(復活)当選する例が少なくないのですが、これに反発を覚える、あるいは納得できない有権者は多いはずです。小選挙区制が憲法違反であると記した教科書があったと記憶していますが、現在の比例代表制にも憲法違反の点があるとは言えないでしょうか。

 或る意味では一票の較差よりも大きな問題であると考えているのですが、いかがでしょうか。

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寂しかった第214回国会

2024年10月11日 23時10分00秒 | 国際・政治

 「寂しい第214回国会」の続きです。

 10月9日の午後、衆議院が解散されました。そのため、第214回国会に提出された議案のほとんどが審議未了のために廃案となりました。

 但し、既に報じられているように、第214回国会衆議院議員提出法律案第4号「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律案」が10月8日に可決・成立しています。

 法律案の提出者:地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員長(谷公一氏)

 衆議院議案受理年月日:2024年10月7日

 衆議院審議終了日など:2024年10月7日(全会一致で可決。なお、委員会での審査は省略された。)

 参議院議案受理年月日および参議院付託年月日:2024年10月7日(内閣委員会に付託)

 参議院審査終了年月日および参議院審議終了年月日:2024年10月8日(いずれも可決)

 結局、第214回国会に新しい内閣提出法律案は出されなかったのですが、衆議院議員提出法律案および参議院議員提出法律案で新たなものは次の通りでした。

 ・衆議院議員提出法律案(前述のように第4号のみ成立。それ以外は審議未了の故に廃案)

 第1号:公立学校働き方改革の推進に関する法律案

 第2号:政治資金規正法の一部を改正する法律案

 第3号:公職選挙法の一部を改正する法律案

 第4号:旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律案

 第5号:政治資金規正法の一部を改正する法律を廃止する法律案

 第6号:政治資金規正法等の一部を改正する法律案

 第7号:政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案

 ・参議院議員提出法律案(審議未了の故に廃案)

 第1号:大深度地下の公共的使用に関する特別措置法の廃止に関する措置等に関する法律案

 また、第214回国会には2つの決議案が提出されました。次の通りです。

 第1号:旧優生保護法に基づく優生手術等の被害者に対する謝罪とその被害の回復に関する決議案

 第2号:石破内閣不信任決議案

 このうち、第2号は「審議未了」となっています。これに対し、第1号は、衆議院において10月7日に全会一致で可決され、参議院においても10月8日に全会一致で可決されました。

 臨時国会というものは、議案の数も通常国会より少ないものなのですが、第214回国会は特に目立ったような気がします。勿論、過去にも同様の臨時国会があったことは否定しません。ただ、第214回国会衆議院議員提出法律案第4号が成立したことだけはよかったと言えるでしょうか。

 

 余談:衆議院議員総選挙が10月27日に行われるため、既に同日に予定されていた高津区民祭は中止となりました。

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寂しい第214回国会

2024年10月04日 00時00分00秒 | 国際・政治

 2024年10月1日に第214回国会が召集されましたが、石破茂内閣総理大臣が、召集日に行われる内閣総理大臣の指名より前の段階で衆議院の解散を公言していたためか、少なくとも議案の点からすると寂しい国会となっています(もっとも、以前にも同じような国会はありました)。

 まず、新たな内閣提出法律案が一つもありません。衆議院のサイトには内閣提出法律案として「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律案」が示されていますが、これは第213回国会の内閣提出法律案第53号です。

 次に、第214回国会においては参議院議員提出法律案が一つもありません(10月3日午前中の段階で)。

 また、衆議院議員提出法律案は多いのですが、新規のものは一つもなく、最も古いものは第207回国会に提出されたものです(衆議院議員提出法律案第2号、同第3号、同第10号および同第11号)。前回の通常会である第213回国会に提出されたものも17本あります(衆議院議員提出法律案第2号、同第6号、同第7号、同第8号、同第9号、同第11号、同第12号、同第20号、同第21号、同第23号、同第24号、同第25号、同第26号、同第27号、同第29号、同第30号および同第32号)。

 いずれも、衆議院が解散されるならば審議未了により廃案となります。

 衆議院のサイトをもう少し見ていくと、「承諾の一覧」および「決算その他」という議案があるのですが、いずれも新しく第214回国会に提出されたものではありません。

 「承諾の一覧」を見ると、「令和五年度一般会計原油価格・物価高騰対策及び賃上げ促進環境整備対応予備費使用総調書及び各省各庁所管使用調書(その1)」、「令和五年度一般会計予備費使用総調書及び各省各庁所管使用調書(その1)」、「令和五年度特別会計予備費使用総調書及び各省各庁所管使用調書(その1)」、「令和五年度一般会計予備費使用総調書及び各省各庁所管使用調書(その2)」および「令和五年度特別会計予算総則第二十一条第一項の規定による経費増額総調書及び各省各庁所管経費増額調書」が議案となっていますが、いずれも第213回国会に提出されたものです。

 「決算その他」をみると「これはどうなのか」と思わざるをえません。いずれも「NHK決算」という分類がされているのですが、「日本放送協会令和四年度財産目録、貸借対照表、損益計算書、資本等変動計算書及びキャッシュ・フロー計算書」は第212回国会に提出されたもの、「日本放送協会令和三年度財産目録、貸借対照表、損益計算書、資本等変動計算書及びキャッシュ・フロー計算書」は第210回国会に提出されたもの、「日本放送協会令和二年度財産目録、貸借対照表、損益計算書、資本等変動計算書及びキャッシュ・フロー計算書」に至っては第207回国会に提出されたものです。

 「承諾の一覧」および「決算その他」とされる議案も、衆議院の解散によって審議未了の故に廃案ということになるでしょう。

 こうなると、第214回国会は、自由民主党総裁に選出された石破茂氏が内閣総理大臣に指名されるための国会であり、その指名が妥当であったかどうかを国民に問うための国会とも言えます。しかし、衆議院が解散されるならば参議院も閉会されますし、衆議院議員総選挙が行われた後に特別会となる第215回国会が召集され、再び内閣総理大臣の指名が行われます。そして、現在の石破内閣は総辞職し、新たな内閣が組閣されることとなります。

 

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地方創生についての興味深い発言

2024年09月27日 00時00分00秒 | 国際・政治

 朝日新聞社のサイトを見ていたら、2024年9月25日10時45分付で「『経済、雇用が地方を救うは神話』 地方創生考える講演会」という記事(https://www.asahi.com/articles/ASS9S4FGMS9SUZOB001M.html)が掲載されていました。興味深い記事であったので、ここで取り上げておきます。

 9月21日に、山梨県立大学飯田キャンパスで「地方創生フォーラム」が開かれました。そこで、哲学者の内山節氏が「『地方創生』をリセットする」という基調講演を行いました。

 記事に取り上げられており、私が注目したのは「内山さんは『「地方創生」をリセットする』と題した基調講演で『経済発展で雇用が生まれれば、地域は衰退から免れるというのは神話だ。地方でも東京でも、地域は崩壊している』と従来の地方振興策を批判」したという部分です。

 元々、行政法学や租税法学を専攻している私にとっても、地方創生という言葉には意味不明な部分が多いと思われるものでした。結局は経済発展につながるとはいえ、地方自治との関係、地方分権との関係が見えにくいからです。その意味において、内山氏の発言は核心を突くものではないかと考えられるのです。

 何かの折に、内山氏の講演の全文を拝読したいものです。

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鎌倉市役所の移転問題で同市監査委員が意見を出したが

2024年09月06日 04時30分00秒 | 国際・政治

 正直なところ、「これはどうなのだ?」と首を傾げたくなる話が、神奈川新聞社のサイトにありました。2024年9月5日の20時37分付で同社のサイトに掲載された「鎌倉の市役所移転、市監査委員が『政治介入』 松尾市長も困惑、波紋広がる」(https://www.kanaloco.jp/news/government/article-1107959.html)という記事です。これは有料記事であり、私は登録していないので全文を読める訳ではないのですが、この記事を基にしつつ、鎌倉市のサイトに掲載されている監査結果も参照してみました。

 鎌倉市役所の移転に向けた動きは、同市のサイトによると2015年度から進められてきたようで、現在の所在地である御成町18-10(鎌倉駅の西側と記しておけばよいでしょう)から深沢地区への移転を目指すというものです。2022年9月にまとめられた「鎌倉市新庁舎等整備基本計画」には、湘南モノレールの湘南深沢駅から西側の約31.1ヘクタールの土地を深沢地域整備事業用地として次のような方針が示されています。

 「深沢地域では、東海道本線大船・藤沢駅間新駅設置を伴う、藤沢市村岡地区との両市一体のまちづくりを目指しています。『第3次鎌倉市総合計画第4期基本計画』では、土地利用の基本方針として、鎌倉地域のほか、大船、深沢地域などの都市機能を強化し、3つの拠点がそれぞれの特性を生かした役割分担をこなし、互いに影響し合うことで、 本市全体で活力や鎌倉の魅力の向上につながる土地利用を図ることとしています。さらに「鎌倉市都市マスタープラン」では、深沢地域整備事業用地の土地利用の方針に、新都市機能導入地を位置付けています。」

 しかし、この動きは鎌倉市議会によってストップをかけられました。すなわち、2022年12月の鎌倉市議会定例会に「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案が提案されたのですが、同年12月26日の本会議において否決されました(賛成16、反対10。地方自治法第4条第3項により、出席議員の3分の2以上の「同意」が必要となるためです)。

 一方、2023年2月6日付で、鎌倉市監査委員に対して「市役所位置条例の改正案否決に伴う支出済額について」住民監査請求がなされました。監査委員(2名)は同年3月29日付の「鎌倉市監査委員公表第6号」において請求を棄却しています。

 そして、2024年9月2日、鎌倉市監査委員(2名。但し、1名が2023年3月と異なります)が2件の監査結果を公表しました。今回、神奈川新聞社が取り上げたのは、この2件の監査結果のどちらにも付されている付帯意見です。どういうものかを御覧いただきたいところですが、すぐに付帯意見を示すのもどうかと思われますので、まずは監査結果を概観しておきましょう。

 「鎌倉市監査委員公表第1号」は、2024年7月3日付でなされた「新庁舎等基本設計等予算執行差止」を求める住民監査請求に対するものであり、監査結果は住民の請求を棄却するものとなっています。

 住民監査請求の内容が「鎌倉市監査委員公表第1号」においてまとめられているので参照すると、次の通りです。

 ・鎌倉市長は「令和6年度一般会計予算案に、市役所移転に関わる新庁舎等基本設計者等選定審査会委員報酬及び同委員費用弁償並びに令和6年度から令和7年度までの債務負担行為である新庁舎等基本設計等の事業費(以下これらを「本件基本設計等予算」という。)を計上し、令和6年(2024年)市議会2月定例会に提案し、市議会の議決を得た」。

 ・しかし、上述のように2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において、「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案は否決された。

 ・「全国の地方公共団体の例を見ると、位置条例の改正案を議会に提案しないまま新庁舎の工事に着手した事例はあるが、議会が位置条例の改正案を否決した中で、新築の庁舎の基本設計予算を執行した例は聞いたことがない。請求人が総務省行政課に照会したところ、『位置条例が否決された状態で基本設計の予算案を上程することは可能。ただし、予算を執行することに関しては司法の判断となる』との回答を得た。」

 ・鎌倉市長は「位置条例改正案が否決された直後の市議会定例会に提案する令和5年度予算案には、新庁舎の基本設計予算を計上することを見送った。これは『議会の合意が得られない以上、事業を進めるのは相当ではない』との判断であったと考えられる」が、鎌倉市長は「『市民や議会の新庁舎建設に対する理解を深める ためには具体的な形を示すことの方が効果がある』として、上記判断を変更してまで、令和6年度一般会計予算案に本件基本設計等予算を計上し、提案した」。

 ・2024年4月8日に「新庁舎等基本設計等委託事業者の公募型プロポーザル方式による応募の受付が始まり、同年7月9日の締切後、同月30日には一次審査が実施される予定である」。この「プロポーザル方式による応募の受付段階での参加資格審査は鎌倉市の職員が 行うため、今のところ予算の支出はない。しかし、今後新庁舎等基本設計者等選定審査会が開催され、基本設計者等が選出されると、本件基本設計等予算が支出されることとなる」。完全に鎌倉市議会による条例改正案の否決を無視した形になっているとしか思えませんが、既成事実を作るということなのでしょうか(かつての大分県のようです。今はどうかわかりませんが)。

 ・「鎌倉市民としては、市議会が位置条例の改正案を否決している状態で、基本設計の事業に着手した事実は看過することができない。建設関係の事業者に聞くと、設計業務は本体工事と一体のものであり、設計を実施して本体工事を実施しないことはあり得ず、後戻りできない予算との解釈であった」が、これは地方財政法第4条第1項に違反するものである。

 ・「本件基本設計等予算は、市議会の議決を経ているが、市議会が位置条例改正案を否決しているにもかかわらず、本件基本設計等予算を議決したものであり、 この議決自体が違法というべきであるから、議決があることによって、本件基本設計等予算の執行が適法となると解すべきではない」。

 これに対して、監査委員は次のように述べています。

 「地方公共団体の長は当該地方公共団体の事務を管理し及び執行するうえで広範な裁量権を有しているが、地方公共団体の事務所の位置を定めるに当たってもそれは例外ではないと考える。名古屋高等裁判所平成16年3月26日判決(平成 15 年(行コ)第14号)において、『地方自治法4条1項は、「地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。」と規定しているものの、条例を定める時期について何ら定めていないから、建設着工後において条例を定めても、同法違反とはならず、庁舎位置指定条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される。』と判示されていることがその裏付けである。なお、請求人は、この裁判例は町村合併という事情のもとに判断されたもので鎌倉市には当てはまらない旨主張しているが、少なくとも地方自治法第4条第1項の規定に関係する判断の中に町村合併という事情が考慮された形跡は見当たらない。」

 「令和4年(2022年)市議会12月定例会において位置条例改正案を否決した市議会の判断は重いものであるが、他の会期に位置条例改正案を再び提案することを妨げる規定はない以上、将来にわたって可決される可能性がないと断定することはできず、上記判決引用箇所は現在の鎌倉市の状況にも当てはまるものと考える。」

 (少し脇道に逸れます。いつも思うのですが「判決を示すのであれば、掲載判例集の巻号頁くらい示せ!」と言いたくなります。ここに引用されている判決は判例タイムズ1159号176頁に掲載されています。書店で購入することが可能ですし、法学部が置かれている大学の図書館などに行けば所蔵されている雑誌です。真面目に勉強している法学部の学生には御馴染みのLEX/DBで検索するという手もあります。)

 この名古屋高裁判決の論理はおかしなもので、「こんな理屈がまかり通れば、市町村は何時、何をやってもかまわないし、市町村議会は不要である」ということにもなりかねません。条例を定める時期について何ら規定がないのは当たり前で、常識的に考えても、地方自治法第4条に従って条例の改正案を議会に提出して出席議員の3分の2以上の同意を得てから移転のための準備を具体的に進めるでしょう。また、その条例の改正案と同じタイミングで議会に予算案を提出し、議決を得るでしょう。そうでなければ、何のために特別多数決を定めているのかわかりません。裁判官の頭の中には地方公共団体の議会など存在しないのでしょうか。悪い意味で逐条的に解釈するから、換言すれば「木を見て森を見ず」という態度の解釈であるから、こういう変な理屈が出てくるのでしょう。

 そして「付帯意見」です。「鎌倉市監査委員公表第1号」のメインはむしろ「付帯意見」なのか、また、「これは監査結果の範囲を超えているのではないか」と疑いたくなるものです。全文を引用させていただきましょう。

 「新庁舎の整備に関する取組は、平成26年度策定の公共施設再編計画により昭和44年に竣工した市庁舎の老朽化に伴う機能更新が検討され、平成27年度実施の本庁舎機能更新に係る基礎調査を経て、平成28年度策定の本庁舎整備方針において移転して整備する方針とされ、平成29年度策定の公的不動産利活用推進方針において、全市的な視点から深沢地域整備事業用地を移転先とする方針とされた。その後も平成30年度策定の本庁舎等整備基本構想、令和4年度策定の新庁舎等整備基本計画と今日まで取組が進められ、この度住民監査請求の対象とされた新庁舎等基本設計及びD X支援業務委託事業費は、令和6年度から7年度までの2カ年をかけて基本設計を行う過程の中で、市民や議員に対し、防災拠点となる新庁舎のイメージを膨らませることが出来るよう発信するための予算との位置付けである。

 このように時間と労力をかけて目指してきたまちづくりは、本庁舎移転を含む深沢地区のまちづくりと鎌倉地区の市役所現在地の利活用の構想が、真に市民の安全と市の将来像を見据えた政策の柱であるとの信念から、松尾市長自らが選挙公約とし、取り組んできた政策にほかならないはずである。であるならば、松尾市長は、この政策を途中で投げ出すことなく不退転の覚悟で政治責任を全うするという姿勢を具体的に示し、課題に取り組むべきだと考える。

 そして、市民から違法又は不当などと疑念を抱かれるような事業の進め方や、市民や議会を二分する政策論争に発展してしまうような進め方はこれを改め、市民の共通課題の解決を図るためのマイルストーン(行程)を明示し、松尾市長自らが先頭に立ってその手法や政策について市民との対話や議論を重ねることにより、事態の打開に向けた一層の努力を望むものである。

 住民監査請求の審査に当たり、違法又は不当な支出の判断にとどまらず、このことを付帯意見として申し添える。」

 どのように読んでも監査結果ではなく選挙演説か市議会における質疑応答であり、監査委員の役割を超えています。地方自治法第198条の3第1項は「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」という。)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいう。次条において同じ。)に従い、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない」と定めていますが、たとえ逆立ちして「付帯意見」を読んだとしても、地方自治法第198条の3第1項にいう「常に公正不偏の態度を保持して」いるようには見えません。

 鎌倉市の場合、2名の監査委員のうち1名は市議会議員であり、おそらくはこの1名が主導となって「付帯意見」を付したのでしょう(上記神奈川新聞社記事によれば、市議会議員である監査委員は、2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において条例案に賛成の立場を示していました)。そもそも、このような監査委員の選任の方法こそが問題であるとしか思えませんが、地方自治法第196条第1項が「監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(議員である者を除く。以下この款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。ただし、条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができる」と定めており、鎌倉市は条例で市議会議員を監査委員の選任から排除していませんので、やむをえないところとではあります。それにしても、監査委員の適格性には大きな疑問符を重ねて付すしかありません。監査結果にこのような「付帯意見」を付すること自体が違法であるとまでは言えないでしょうが、不当であることは間違いのないところです。

 しかも、やはり2024年9月2日に公表された「鎌倉市監査委員公表第2号」の「付帯意見」が、「鎌倉市監査委員公表第1号」の「付帯意見」と全く同じ文言なのです。

 「鎌倉市監査委員公表第2号」は、2024年7月5日付の「新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費予算執行停止」を求める住民監査請求に対する監査結果です。念のために請求内容を示しておきます。

 ・「令和6年(2024年)2月鎌倉市議会定例会に鎌倉市長から提案され、同年3月15日に可決された令和6年度一般会計予算のうち、第3表債務負担行為『新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費 令和6年度から令和7年度まで294,965,000円」(以下「本件新庁舎等基本設計等事業費」という。)は、地盤調査を含めた、深沢行政用地(鎌倉市寺分字陣出8番8)での市役所新庁舎の基本設計を行うものである」が、「令和4年(2022年)12 月、鎌倉市役所を御成町18番10号から寺分字陣出8番8(深沢行政用地)に移転することを内容とした鎌倉市役所の位置を定める条例(以下「位置条例」という。)の一部を改正する条例は、鎌倉市議会で特別多数議決が成立せず、否決されている」から、「否決された場所へ市役所を移転するための行動、予算支出は法的根拠を欠き、無駄な支出である。したがって、地方財政法第4条第1項違反である」。

 ・それにもかかわらず、鎌倉「市は新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業の契約相手方選定のためのプロポーザルへの参加者の募集を開始しており、令和6年(2024年)10月には仮契約をすることになっている」から「このままでは違法な公金の支出が行われる可能性が高い」。

 2件の住民監査請求は、詳細は異なるものの鎌倉市役所の移転問題に関するものである点において共通しているため、同じ文言の「付帯意見」を示したのでしょう。或る意味では監査委員の意見を強調したかったのかもしれません。しかし、これでは、上記神奈川新聞社記事にあるように「政治的中立が求められる監査委による庁舎移転の“支持表明”とも読み取れる記述に市側も困惑し、反対派市議も『監査委の政治介入』と反発し波紋が広がっている」のも当然です。監査委員としての「分をわきまえていない」と批判されても仕方のないところですし、私もそのように考えます。

 地方自治法第196条の改正が必要とされるところです。少なくとも、A市の監査委員に同じ市の市議会議員が入ることができるという部分は改める必要があります。

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千葉科学大学の公立化の条件?

2024年08月27日 00時00分00秒 | 国際・政治

 このブログで、千葉科学大学の話題を3回取り上げました(「公立化は無理ではないか」、「千葉科学大学の公立化は難航することに」および「公立化か閉校か」)。

 公立化、より具体的には公立大学法人化されるのか、別の道をたどることになるのか。銚子市に「千葉科学大学公立大学法人化検討委員会」(以下、検討委員会)が設置され、これまで5回の会合が開かれました。その結果が2024年8月25日にまとめられ、市長に答申されました。東京新聞が、2024年8月25日の21時36分付で「『公立化は魔法の杖ではない』 千葉科学大の経営『加計学園による継続が望ましい』 銚子市検討委が答申」 (https://www.tokyo-np.co.jp/article/349651)として報じています。銚子市のサイトには検討委員会の記事があり、会議で配布された資料も掲載されていますが、第5回(2024年8月25日)の配付資料は掲載されていませんので、東京新聞の記事を参考にします。但し、方向性は第4回(2024年7月28日)に或る程度示されており、「会議概要」が公表されていますので、これも参照します。

 検討結果は、東京新聞の記事の表現を借りるならば「『公立化は大学再生の魔法の杖(つえ)ではない』として、最善策を『加計学園による経営継続』とし、次善策を『ほかの学校法人への事業譲渡』とした」、いずれも不可能であれば「公立化を考えるべきだとした」のですが「その場合でも、銚子市が経営主体となる前に現行の3学部6学科を2学部2学科に整理し、2210人の定員を10分の1以下の190人未満に減らすことなど、7つの条件を求め」、「運営資金の銚子市への譲渡も含めた」とのことです。

 2学部2学科への整理は、検討委員会の第4回会合でも示されていました。或る委員は、次のように発言しています。

 「まず学部としては、看護学部と危機管理学科を残すべきだと思う。今社会で求められているのは問題解決能力であり、様々な困難に直面したときに、それを打開するためには忍耐力、体力など様々な能力が必要となる。社会に出てから必要となる問題解決能力を身につけるための基礎を大学までの間に身につけるべきだと思う。危機管理学科ではそういうことが学べるように、今の時代に合った内容のカリキュラムにもう一度組み直してもらいたい。今の内容の延長とは考えていないということを付け加えておきたい。また、前回リスキリングの話をさせていただいた。学生だけでなく、社会人も、年齢や段階に応じて学び直す必要があると思っている。そういう機能を既存の学部学科内に作れるか検討していただきたい。」

 別の委員は「市民の方から意見が多かったのは、千葉科学大学は公立化して残してほしいということ。千葉科学大学があった場合となかった場合の経済効果を考えると、公立化して残していただいた方がよいということであった」とした上で、次のように発言しています。

 「何を残すかというスリム化の話では、まず看護学科は残していただきたい。公立化することで市立病院との連携がとりやすくなると思う。学生としても実習などの環境に恵まれるのではないか。地域のことを考えると、以前、外川地区で看護学科の学生と先生が地区を回って何年か時系列を追って実習をやっていただいた。そういうことがあると健康に対する意識が芽生えてくるというプラス効果がある。できればそういう形の看護学科を残していただきたい。危機管理に関しては、地域に根ざすのであれば、銚子沖の風力発電の点検にドローンを使うなど、若い人達に人気のあるような学科を作って、学生を集めるようなことをすれば、公立化になれば学費も安くなるし、集まりやすいと思う。なので、看護学科と危機管理学科、これは残していただきたい。その他の赤字の学科は赤字の金額が大きいので、難しいと思う。」

 委員の氏名が「会議概要」に示されておらず、ABC、甲乙丙などとも示されていないので、それぞれの発言の関連がよくわからないのですが、このような発言も記録されています。

 「1番よいのは、加計学園の経営で千葉科学大学が現状のまま残ることが第一希望だと思う。第1回会議では、現状のままでは募集を停止するという話であったので、次に考えるべきは、別の学校法人に引き継いでもらって、現状のまま若しくは現状の規模で経営してもらう、これが第二希望であろうと思う。現在の規模のまま公立大学法人化して引き受けるというのは、将来市民に財政的負担をお願いするという覚悟があれば可能だと思うが、それは市の財政状況から難しい。そうなると、引き受けるとすれば財政負担のリスクを下げるべきで、これは固定費を削減する以外にない。固定費には建物もあるが、この場合は教員が何人くらい必要となるかということになる。学科の数を増やすと必要とされる教員の数が増えてしまう。1学科作ると最低でも10人以上の教員がどうしても必要になってくる。現在6学科あるので、かなりの規模で教員が必要ということになる。そうすると、学科の数を減らすというのが基本的な路線だろうと思う。銚子市の人口規模を考えると、2学科か3学科、3学科にすれば将来市民に財政負担が生じる可能性が上がる。その覚悟を持って3学科を残すというのは、1つ市民の方の判断だろう。2学科であれば、例え上手くいかなかったとしても、それほど大きな財政負担ではないと思う。(中略)残すならば、固定費の少ない学科を残さないといけない。理科系の多くの設備を必要とする学科、教員を多く必要とする学科は固定費が高く、入学定員から下振れをしたときの赤字幅が大きくなることから、それは避けたい。しかし、公立大学法人にすると逆の面があって、国からもらえる地方交付税交付金は、理科系に手厚い。わかりやすくするためにビジネスの話に例えると、文系の学科は利幅が薄いけど、コストがかからない。理系の学科は固定費が多くリスクが高いけど、利幅が厚い。どうするかというと、固定費の高い学科を1つ残し、もう1つは固定費の低い文系の学科を残した方がよいということになる。2学科を前提にすると、1つは地元からは看護学科のニーズが非常に強い。看護学科を残すとすれば、もう1つは固定費が低くて融通の利く文系の学部、典型的にはビジネス系の学部となる。危機管理学部危機管理学科という名前だが、実質的にビジネス経営学科として運用することは可能であり、ドローンがどうしても必要という話であれば、ドローンの専門家が1人いれば、危機管理の枠の中で含めることができる。ということで2学科体制となる。今ある6学科をどれだけ減らすかというときに、看護学科が必須であれば、もう1つは文系の学科を残すとよいというロジックで、大体皆さんの意見は収束している。与えられた条件の中で常識的に考えると、結論の方向性は大きく違わない。看護学科を残して、危機管理学科を文系のビジネス経営学科のように運用するというのが現実的なセットだろうと思う。」

 そして、委員長(「会議概要」には示されていませんが、淑徳大学地域創生学部長の矢尾板俊平氏です)が委員長が次のように発言しています。

 「皆さんから意見をいただき、看護学部と危機管理学部危機管理学科、学科では2学科、という組み合わせが皆さんの意見となったと思う。高校生のアンケートを見ると、経済経営はそれなりに学生のニーズは高い。看護もそれなりに高い。全国的な傾向も同じである。懸念としては、危機管理学科という名前のままでは0.4パーセントなので、募集のことを考えると、学科名称については、答申の後、公立大学の設計をしていくときに、留意しておく必要があると思う。内容としては、現在の危機管理学科の内容と看護学科の内容というところでスリム化を図っていくということを答申の素案として、今後、答申案を調整していきたいと思う。」

 最後まで公立大学法人化の可能性が残されているということで、委員間の意見の違いも見えてきそうですが、それは脇に置いておきましょう。まずは加計学園による経営の継続、次に別の学校法人への譲渡という結論は、或る程度予想されたことでもあり、常識的な結果と言えるでしょう。しかし、検討委員会の答申には法的拘束力がないはずで、最終的には銚子市長の判断に委ねられていると言えます。

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横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される

2024年08月06日 15時00分00秒 | 国際・政治

 横浜市教育委員会が、同市の学校教員による猥褻事件の公判に多数の同市職員を動員した問題は、少なくとも神奈川県内では大きな問題として取り上げられ続けています。

 この問題については、昨日(2024年8月5日)付の朝日新聞朝刊6面13版Sに掲載された社説をお読みいただくとともに、横浜市のサイトに掲載されている「検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について)」(2024年7月26日付。以下、「検証結果報告書」と記します)を是非お読みいただきたいと考えています。「検証結果報告書」5頁によれば「横浜市教育委員会が公判傍聴への動員を行ったことが明らかな事案」は4つであるとのことです。

 さて、この問題について、横浜市民が住民監査請求(地方自治法第242条)を行っていました。これに対し、横浜市監査委員は2024年8月1日付で請求を棄却しました。今日(2024年8月6日)付の朝日新聞朝刊27面14版川崎版に「傍聴動員で公金返還退ける 監査請求に横浜市監査委員」という記事が掲載されていますので、横浜市のサイトを検索してみたところ、「横浜市記者発表資料」(令和6年8月5日、監査事務局監査管理課)として「住民監査請求(6月3日受付)の監査結果について」(以下、「監査結果」と記します)が掲載されていました。

 結論として、住民監査請求は棄却されました。

 監査委員による判断を示す前に、事実関係に触れておきましょう。「監査結果」の2頁にも「事実関係の確認」があり、それによると、「監査対象局」である横浜市教育委員会事務局は「横浜地方裁判所で行われた本件裁判の公判について、平成31年4月に被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請を受け、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために事務局職員に傍聴を呼びかけ、本件職員動員を行いました。/傍聴の呼びかけは、平成31年4月9日に教育委員会事務局人権健康教育部人権教育・児童生徒課から教育長に説明の上、公判期日ごとに学校教育事務所から依頼文書(以下「傍聴依頼文書」といいます。)を発出する方法で行われ、学校教育事務所長から関係部長宛てとなっていました。/傍聴依頼文書では、『教育委員会(事務局)としては、以下のとおり応援体制を設けます。』として、各方面別の学校教育事務所、人権健康教育部及び教職員人事部等に対して、応援人数が割り当てられていました」とのことです(/は原文改行箇所。以下同じ)。ここに示されているのは「検証結果報告書」5頁において「平成31年〜令和元年における公判傍聴動員(1事案、動員回数3回)」とされているものです。住民監査請求で対象とされなかったからかどうかは不明ですが、「検証結果報告書」9頁において「令和5年〜同6年における公判傍聴動員(3事案、動員回数8回)」とされているものについて、監査結果は詳しく言及していません(私は、この点が監査結果の内容を左右する点になりえたと考えています)。

 後に傍聴への動員が問題として大きく取り上げられたためでしょうか、「令和6年5月20日付『不祥事事案にかかる公判への傍聴について(通知)』により、今後は、裁判の公益性に鑑み、教育委員会として関係部署への傍聴の協力依頼を行わないことが教育委員会事務局教職員人事部教職員人事課長から各方面別の学校教育事務所長宛てに通知されました」とのことです。

 それにしても、私が疑問に思うのは、「被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請」の本来の趣旨が何であるのかということです。

 この「NPO法人」などについて「監査結果」に詳しいことは書かれていないのですが、「検証結果報告書」の6頁には「当該教員が起訴された後である平成31年4月■日に行われた第3回の意見交換において、NPO法人及び保護者から『NPO法人や教育委員会で多くの傍聴で席を埋め尽くしたい。特に再発防止マニュアルをつくる人には参加してほしい。』との要望が出された」とあり(■は報告書において黒塗りされている箇所)、同じ「検証結果報告書」の5頁には「被害児童生徒の保護者」が平成30年にこの「NPO法人」に相談している旨の記述があります。ただ、「NPO法人」から傍聴の要請が文書で出されたのは第1回公判のみであるとのことですが、第3回公判の後、令和元年8月某日に「被害児童生徒の保護者及びNPO法人関係者3名と、人・生課の指導主事2名及びA部事務所の指導主事3名とで第5回の意見交換が行われ」ており、「この意見交換において、被害児童生徒の保護者からは、教育委員会がたくさんの人数で対応してくれたことに対する礼が述べられ、被害児童生徒の保護者からは、さらなる被害者が出ないように今回のことを生かしてほしいとの意見が述べられた旨の記録がある」と「検証結果報告書」8頁に書かれており、これが「監査結果」に何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然でしょう。

 「監査結果」をもう少し読み進めてみます。6頁には「監査対象局からの報告によれば、本件職員動員による出張について、333件の市内出張命令(以下「本件各出張命令」といいます。)がありました。また、本件各出張命令は、出張した職員の所属に対応した専決権者において行われていました。/なお、本件裁判の傍聴には、本件各出張命令による出張のほか、人事担当部門の職員 が事案の経過の記録等のため出張していました」と書かれています。懲戒処分の対象となる職員について何らかの判断を下すために裁判の傍聴をすることに問題があるとは思えませんが、「監査結果」6頁および7頁の表に書かれている「出張人数(延べ人数)」や「出張命令の件数」を見ると、ここまで傍聴人を増やす必要があるのかと疑問に思われます。抜粋して紹介しておきます。

 令和元年度(3回)、66人、49 件

 令和5年12月(1回)、38人、25 件

 令和6年1月(2回)、87 人、61 件

 令和6年2月(1回)、43人、33 件

 令和6年3月(3回)、131 人、118 件

 令和6年4月(1回)、49 人、47件

 監査対象機関における「本件職員動員により出張した事務局職員に支給され、又は支出命令があった出張旅費の総額は、88,636円でした」。横浜市教育委員会事務局が「検証結果報告書」をまとめた後、2024年7月26日付で横浜市教育委員会事務局から「『旅費相当額については、前教育長をはじめ関係部長以上の職員が自主的に返納する』ことが『公判傍聴への職員動員にかかる検証結果報告書を受けた対応について』において、監査委員に対して報告され、令和6年7月29日に127,622円が横浜市に対して返納されたことが、令和6年7月26日付寄附申出書及び同月29日付の領収日付印のある『納入通知書兼領収書』により確認され」たために、「監査結果」8頁は次のように判断しています。番号は、私が便宜的に付けたものです。

 ①「検証結果報告書」において「本件職員動員は、公開裁判の原則の趣旨に反する行為であり、また、教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21 条に反し、違法であると評価され」ており、「監査対象局の説明によれば、本件職員動員は、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に掲げる教育委員会の職務権限に直接該当するものではない違法なものであると評価せざるを得ません」。

 ②「教育委員会は、その職務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助職員に対して出張命令を発することができますが、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、当該出張命令は違法となるというべきです。このことは、出張命令が委任を受けるなどして出張命令の権限を有するに至った職員により発せられる場合にも同様に当てはまるものと解されます(最高裁判所平成17年3月10日第一小法廷判決参照)」。このような前提が置かれたうえで、次のように述べられています。

 ③「本件職員動員は、教育委員会の職務権限に直接該当するということはできず、刑事訴訟における被害者情報の保護については、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第290条の2第1項又は第3項の規定により当該事件の被害者側からの申出に基づき被害者特定事項(同条第1項に規定する被害者特定事項をいいます。)を公開の法廷で明らかにしない旨の裁判所の決定を受ける等、本件職員動員以外の方法もあった考えられること及び各公判期日において被害生徒児童の氏名や学校名は明らかにされていなかったことが確認されていることから、本件各出張命令に合理的な必要性があったということもできません。」

 ④「監査対象局においては、外部からの問合せにより事実関係を確認し、見直されるまで、本件職員動員による出張命令が組織的に継続して行われており、それについては、令和6年5月22日市会常任委員会で監査対象局も行き過ぎた行為であったと認めて」おり、「本件各出張命令には、裁量権を逸脱し、又は濫用した違法があるというべきです」。

 明確に違法であると認められているのですが、住民監査請求は棄却されました。それについては、次のように述べられています。

 ⑤「本件各出張命令については、(中略)出張した職員の所属に対 応した専決権者において行われているため、権限のある者により行われ、監査対象局からの報告によれば、出張した職員の全員から復命が行われて」おり、「本件各出張命令の法的な課題や公務の位置づけの可否などについて、監査対象局において『検証チーム』で検証を行う必要があったことも踏まえると、本件各出張命令の瑕疵は、何人の判断によっても外形上客観的に明白であるとまでは言い切れません」ので「本件各出張命令は、違法ではあるものの、重大かつ明白な瑕疵があるとまで言うことはできません」。

 行政法学に多少とも取り組んだことのある方ならおわかりでしょう。行政行為の瑕疵です。行政行為が違法であるから言って直ちに無効になる訳ではなく、重大かつ明白な瑕疵があることによって初めて無効と判断されるというものです。しかも、この重大かつ明白な瑕疵については外観上一見明白説が判例の採るところです。

 しかし、監査委員は出張命令などを取り消す権限を有していません。地方自治法第242条第5項は「第1項の規定による請求があつた場合には、監査委員は、監査を行い、当該請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、当該請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めていますから、何らかの勧告をすれば良いだけのことです。今回は既に自主的な返納が行われているということなので、勧告をする必要性がないということなのでしょう。

 さらに「監査結果」は、次のように述べています。

 ⑥「地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ、同法では、地方公共団体の長の権限で行うこととなっている財務会計上の事務を除き、教育に関する事務の広範な事項が教育委員会の権限に属する事務となってい」るので、「地方公共団体の長は、独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容に属する 事項については、著しく合理性を欠き、これに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があると解するのが相当であって、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するというべきです(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)」。

 ⑥「本件各出張命令は、教育委員会又は教育長の権限により発せられたものであり、教育委員会がその独自の権限に基づいて発した出張命令については、市長は指揮監督等の権限を有しないことから、重大かつ明白な瑕疵がない限り、市長は、その内容に応じた財務会計上の措置を執ることになります(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決及び最高裁判所平成15年1月17日第二小法廷判決参照)。」

 ⑦「本件各出張命令による出張旅費の支出命令については、出張した職員の所属に応じた 事務局課長又は総務局人事部労務課担当課長により決裁され、関係法規に基づき支給されています。/また、本件各出張命令に従い出張した職員は、地方公務員法(昭和25年法律第261号)第32条の規定に基づき職務上の命令に従い出張したものであり、本件各出張命令 が違法であることを認識していたなどの事情も存在しません。/(中略)本件各出張命令に重大かつ明白な瑕疵はないことから、本件各出張命令に従い出張した職員が出張旅費を受領したことについて、不当に利得しているということはできないし、本件職員動員による出張旅費の支出命令は財務会計法規上の義務に違反するものではありません。 なお、令和6年7月29日に、前教育長をはじめ関係部長以上の職員から本件職員動員に基づく出張旅費に相当する額127,622円が横浜市に対して自主的に返納されたことが確認されました」。

 こうして、「本件職員動員により出張した職員に対する監査対象期間における出張旅費の支給については違法又は不当な財務会計上の行為に該当するとは言えず、請求人の主張には理由がないと判断しました」と結論づけられました。

 この結論が妥当であるかどうかについては議論があるところでしょう。行政行為の瑕疵について重大明白説を採用することの妥当性が問われることでしょうし(私は重大性さえあればよいものと考えています)、職員の動員が違法であると断じられており、その動員のための出張旅費の支給についても違法性を導けるのではないかとも考えられるからです。

 住民からの監査請求は棄却されたとは言え、「監査結果」は次のように述べています。

 ⑧「検証結果において、本件職員動員が、憲法違反ではないが公開裁判の原則の趣旨に反する行為であるとされたこと及び教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に反し、違法であるとされたことは、教育委員会において重く受け止めるべきです」。

 ⑨「本件請求に関し、教育委員会は、法第199条第8項の規定に基づく監査委員からの質問及び書類の提出依頼に対して、『検証チーム』の検証中であることを理由にして、法第242条第6項に定める期間間際まで書類を提出せず、また、対応方針も示しませんでした。/このことは、時間的な制約のある住民監査請求の監査において、監査委員が余裕のない中で判断せざるを得ない状況につながり、監査過程に重大な影響を与えたと言わざるを得ず、大いに反省を求めます」。

 ⑩「本件職員動員による出張命令は、外部からの問合せにより調査し、見直されるまで、組織的に継続して行われていました。検証結果において、『教育長及び各学校教育事務所長の本件動員の意思決定』の法的問題については結論を得るに至っていないことから、教育委員会においては、検証結果も踏まえて、本件職員動員の問題点を明らかにし、再発防止に向けた抜本的な改善につながる取組をされるよう求めます」。

 ここに示した⑨および⑩は、監査委員による横浜市教育委員会事務局に対する批判となっています。或る意味において、「監査結果」で最も重要な部分がこの⑨および⑩となっています。重く受け止められるべきでしょう。それとともに、もう少し突っ込んだ結論を出してほしかったと考えるのは、私だけでしょうか。

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