ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

「まち・ひと・しごと創生法」と地方分権(とりあえず「その1」)

2014年12月05日 10時06分39秒 | 国際・政治

 当初は特別の困難もなく終了すると予想されていた第187回国会(臨時会)は、内閣改造後に噴出した諸問題のために審議未了に終わる案件が続出する結果となりましたが、地方創生法と言われた「まち・ひと・しごと創生法」案と「地域再生法の一部を改正する法律」案は成立し、いずれも11月28日に公布されました。「まち・ひと・しごと創生法」が法律第136号、「地域再生法の一部を改正する法律」が法律第128号です。

 どちらにも修正案が出されましたが、それらは否決され、内閣による提出法案のまま可決・成立した訳です。それは脇に置いておくとしても、ここしばらく、地方分権という言葉が政治などの場において登場しなくなっていることが気になっていました。もう分権などと言っている余裕がないということなのか、分権というステージは過去のものなのか、地方創生は地方分権の延長上の概念なのか別個の概念なのか、よくわからないところがありました。

 そこで、今回は「まち・ひと・しごと創生法」を取り上げ、地方創生がいかなるものとして考えられているのかを、少しばかり検討していくこととします。もとより、学術的な水準に達しているとは言えない程度のものですが、この点は御容赦をいただきたく存じます。

 まず、内閣から国会に法律案として提出された際に付される「理由」をみましょう。次のように説明されています。

 「我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくためには、まち・ひと・しごと創生が重要となっていることに鑑み、まち・ひと・しごと創生について、基本理念、国等の責務、まち・ひと・しごと創生総合戦略の作成等について定めるとともに、まち・ひと・しごと創生本部を設置する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」

 ここには、国として地方を「創生する」、つまり地方を作り出すことが明示されています。「創生」は「まち」にも「ひと」にも「しごと」にも係るようになっていますが、何故にひらがなでなければならないのかがわかりません。それは置いておくとしても、国が「まち」も「ひと」も「しごと」も作り出す、という趣旨に読むことができます。しかも、これらは客体(対象)であって、主体として位置づけられていないのです。地方分権よりは明確な概念とも言えますが、方向性としては全く逆向きのものであると考えられないでしょうか。

 もっとも、次のように言いうることも確かです。地方分権が、国の責任をなるべく軽くして、その分を地方に押しつけることを意味するならば、地方創生は国の責任を再び重くし、地方への押しつけを軽減するものであり、望ましい方向を示している、と。

 「第一章 総則」において、まず第1条がこの法律の「目的」を述べています。

 「この法律は、我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくためには、国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会の創出を一体的に推進すること(以下「まち・ひと・しごと創生」という。)が重要となっていることに鑑み、まち・ひと・しごと創生について、基本理念、国等の責務、政府が講ずべきまち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための計画(以下「まち・ひと・しごと創生総合戦略」という。)の作成等について定めるとともに、まち・ひと・しごと創生本部を設置することにより、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目的とする。」

 敢えてひらがなで記されている「まち」、「ひと」および「しごと」の意味が、この条文に示されています。それぞれが達成困難な目標であるとも言えますが、とくに「個性豊かで多様な人材の確保」(これが「ひと」の意味するところでしょう)は、少なくともこの日本で最も難しい課題であると思われます。政府が具体的な計画を定める以上、多様性が犠牲にされる可能性が高いからです。

 このように記したところは、第1条をもう少し具体化したとも言える第2条を読むと明確になるかもしれません。第2条は「基本理念」という見出しの下に、次のように定めています。

 「まち・ひと・しごと創生は、次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。

 一 国民が個性豊かで魅力ある地域社会において潤いのある豊かな生活を営むことができるよう、それぞれの地域の実情に応じて環境の整備を図ること。

 二 日常生活及び社会生活を営む基盤となるサービスについて、その需要及び供給を長期的に見通しつつ、かつ、地域における住民の負担の程度を考慮して、事業者及び地域住民の理解と協力を得ながら、現在及び将来におけるその提供の確保を図ること。

 三 結婚や出産は個人の決定に基づくものであることを基本としつつ、結婚、出産又は育児についての希望を持つことができる社会が形成されるよう環境の整備を図ること。

 四 仕事と生活の調和を図ることができるよう環境の整備を図ること。

 五 地域の特性を生かした創業の促進や事業活動の活性化により、魅力ある就業の機会の創出を図ること。

 六 前各号に掲げる事項が行われるに当たっては、地域の実情に応じ、地方公共団体相互の連携協力による効率的かつ効果的な行政運営の確保を図ること。

 七 前各号に掲げる事項が行われるに当たっては、国、地方公共団体及び事業者が相互に連携を図りながら協力するよう努めること。」

 第7号まであげられていますが、基本理念と言えるのは第5号まででしょう。国、地方公共団体、事業者のそれぞれが「環境の整備を図ること」とされており、実際上、それ以上の役割を望むこともできませんし、望むべきでもありませんが、これらに示されているところから、この法律が想定する社会像が或る程度浮き彫りにされていると言えるでしょうか。

 最近の法律の多くは、その法律で使用されている言葉の意味などを第2条において明確にする「定義規定」が多いのですが、この法律にはそれらしいものがありません。たとえば、「事業者」の意味が定められていません。他の法律にも登場する概念であるから定義の必要もないということなのでしょうし、民間企業を意味するものであろうことはわかります。しかし、第5条(「事業者の努力」という見出しが付されています)が努力義務規定であることから、同条を中心に「事業者」に対して事実上の免責をする役割を果たすことにならないか、懸念されるかもしれません。第2条第3号の「結婚、出産又は育児についての希望を持つことができる社会が形成されるよう環境の整備を図る」という理念は、国、地方公共団体はもとより、育児休暇、ワーキングプアなどの問題を念頭に置けば、「事業者」にこそ実現へ向けての役割を果たすことが求められるものであるからです。

 今回はこの程度としておき、第3条以下については条文のみを紹介しておくこととしましょう。

 (国の責務)

第三条 国は、前条に定める基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に策定し、及び実施する責務を有する。

2 国の関係行政機関は、まち・ひと・しごと創生に関する施策の効率的かつ効果的な実施が促進されるよう、相互に連携を図りながら協力しなければならない。

3 国は、地方公共団体その他の者が行うまち・ひと・しごと創生に関する取組のために必要となる情報の収集及び提供その他の支援を行うよう努めなければならない。

4 国は、教育活動、広報活動その他の活動を通じて、まち・ひと・しごと創生に関し、国民の関心と理解を深めるよう努めなければならない。

 (地方公共団体の責務)

第四条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、まち・ひと・しごと創生に関し、国との適切な役割分担の下、地方公共団体が実施すべき施策として、その地方公共団体の区域の実情に応じた自主的な施策を策定し、及び実施する責務を有する。

 (事業者の努力)

第五条 事業者は、基本理念に配意してその事業活動を行うとともに、国又は地方公共団体が実施するまち・ひと・しごと創生に関する施策に協力するよう努めなければならない。

 (国民の努力)

第六条 国民は、まち・ひと・しごと創生についての関心と理解を深めるとともに、国又は地方公共団体が実施するまち・ひと・しごと創生に関する施策に協力するよう努めるものとする。

 (法制上の措置等)

第七条 国は、まち・ひと・しごと創生に関する施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。

   第二章 まち・ひと・しごと創生総合戦略

第八条 政府は、基本理念にのっとり、まち・ひと・しごと創生総合戦略を定めるものとする。

2 まち・ひと・しごと創生総合戦略は、次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 まち・ひと・しごと創生に関する目標

 二 まち・ひと・しごと創生に関する施策に関する基本的方向

 三 前二号に掲げるもののほか、政府が講ずべきまち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施するために必要な事項

3 まち・ひと・しごと創生本部は、まち・ひと・しごと創生総合戦略の案を作成するに当たっては、人口の現状及び将来の見通しを踏まえ、かつ、第十二条第二号の規定による検証に資するようまち・ひと・しごと創生総合戦略の実施状況に関する客観的な指標を設定するとともに、地方公共団体の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

4 内閣総理大臣は、まち・ひと・しごと創生本部の作成したまち・ひと・しごと創生総合戦略の案について閣議の決定を求めるものとする。

5 内閣総理大臣は、前項の規定による閣議の決定があったときは、遅滞なく、まち・ひと・しごと創生総合戦略を公表するものとする。

6 政府は、情勢の推移により必要が生じた場合には、まち・ひと・しごと創生総合戦略を変更しなければならない。

7 第三項から第五項までの規定は、まち・ひと・しごと創生総合戦略の変更について準用する。

   第三章 都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略及び市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略

 (都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略)

第九条 都道府県は、まち・ひと・しごと創生総合戦略を勘案して、当該都道府県の区域の実情に応じたまち・ひと・しごと創生に関する施策についての基本的な計画(以下「都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略」という。)を定めるよう努めなければならない。

2 都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略は、おおむね次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 都道府県の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関する目標

 二 都道府県の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、都道府県が構ずべき施策に関する基本的方向

 三 前二号に掲げるもののほか、都道府県の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、都道府県が講ずべき施策を総合的かつ計画的に実施するために必要な事項

3 都道府県は、都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表するよう努めるものとする。

 (市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略)

第十条 市町村(特別区を含む。以下この条において同じ。)は、まち・ひと・しごと創生総合戦略(都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略が定められているときは、まち・ひと・しごと創生総合戦略及び都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略)を勘案して、当該市町村の区域の実情に応じたまち・ひと・しごと創生に関する施策についての基本的な計画(次項及び第三項において「市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略」という。)を定めるよう努めなければならない。

2 市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略は、おおむね次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関する目標

 二 市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、市町村が講ずべき施策に関する基本的方向

 三 前二号に掲げるもののほか、市町村の区域におけるまち・ひと・しごと創生に関し、市町村が講ずべき施策を総合的かつ計画的に実施するために必要な事項

3 市町村は、市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表するよう努めるものとする。

   第四章 まち・ひと・しごと創生本部

 (設置)

第十一条 まち・ひと・しごと創生総合戦略の推進を図るため、内閣に、まち・ひと・しごと創生本部(以下「本部」という。)を置く。

 (所掌事務)

第十二条 本部は、次に掲げる事務をつかさどる。

 一 まち・ひと・しごと創生総合戦略の案の作成及び実施の推進に関すること。

 二 まち・ひと・しごと創生総合戦略についてその実施状況の総合的な検証を定期的に行うこと。

 三 前二号に掲げるもののほか、まち・ひと・しごと創生に関する施策で重要なものの企画及び立案並びに総合調整に関すること。

 (組織)

第十三条 本部は、まち・ひと・しごと創生本部長、まち・ひと・しごと創生副本部長及びまち・ひと・しごと創生本部員をもって組織する。

 (まち・ひと・しごと創生本部長)

第十四条 本部の長は、まち・ひと・しごと創生本部長(以下「本部長」という。)とし、内閣総理大臣をもって充てる。

2 本部長は、本部の事務を総括し、所部の職員を指揮監督する。

 (まち・ひと・しごと創生副本部長)

第十五条 本部に、まち・ひと・しごと創生副本部長(次項及び次条第二項において「副本部長」という。)を置き、国務大臣をもって充てる。

2 副本部長は、本部長の職務を助ける。

 (まち・ひと・しごと創生本部員)

第十六条 本部に、まち・ひと・しごと創生本部員(次項において「本部員」という。)を置く。

2 本部員は、本部長及び副本部長以外の全ての国務大臣をもって充てる。

 (資料の提出その他の協力)

第十七条 本部は、その所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは、関係行政機関、地方公共団体、独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。)及び地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第一項に規定する地方独立行政法人をいう。)の長並びに特殊法人(法律により直接に設立された法人又は特別の法律により特別の設立行為をもって設立された法人であって、総務省設置法(平成十一年法律第九十一号)第四条第十五号の規定の適用を受けるものをいう。)の代表者に対して、資料の提出、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる。

2 本部は、その所掌事務を遂行するために特に必要があると認めるときは、前項に規定する者以外の者に対しても、必要な協力を依頼することができる。

 (事務)

第十八条 本部に関する事務は、内閣官房において処理し、命を受けて内閣官房副長官補が掌理する。

 (主任の大臣)

第十九条 本部に係る事項については、内閣法(昭和二十二年法律第五号)にいう主任の大臣は、内閣総理大臣とする。

 (政令への委任)

第二十条 この法律に定めるもののほか、本部に関し必要な事項は、政令で定める。

   附 則

 (施行期日)

1 この法律は、公布の日から施行する。ただし、第二章から第四章までの規定は、公布の日から起算して一月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。

 (検討)

2 政府は、この法律の施行後五年以内に、この法律の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

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