ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

ふと思う

2020年05月03日 00時34分00秒 | 日記・エッセイ・コラム

 多くの都道府県で自粛要請がなされていても、何軒かのパチンコ屋が営業していたりします。ついこの間までは川崎市にもありました(高津区ではないですが)。

 それなら、たとえば書店とかCD屋、楽器店なども営業してよいことになるのではないでしょうか(とくにSCのような場所です)。店にもよりますが、いわゆる三密にならないようなところも少なくないでしょう。

 勿論、五月雨式にあちらこちらで営業を再開したら、自粛要請も何もない訳です。

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2008年8月13日、川和町駅周辺

2020年05月03日 00時00分00秒 | まち歩き

 最初にお断りです。今回は、私の「川崎高津公法研究室」に掲載していた「待合室」の、第286回「川和町駅周辺(1)」(2008年10月1日〜7日掲載)、第287回「川和町駅周辺〔2〕」(2008年10月7日〜14日掲載)および第288回「川和町駅周辺〔3〕」(2008年10月14日〜20日掲載)を一つにまとめての再掲載です。写真撮影日は2008年8月13日です。一部を修正していますが、基本的な内容については変更を加えていませんので、御注意ください。

 

 (1)

 地名にも色々なものがあります。平仮名だけのもの、片仮名だけのもの、会社名を拝借したもの、人名に由来するもの、道路の番号をそのままつけたもの、地元の人たちでなければ読むのが難しいもの、難読ではないが読み間違えやすいもの(川崎市の麻生区が代表でしょう。「あそうく」とは読みません)、そして、読みにくい訳ではないが発音しにくいものです。私にとっては、最後にあげた例としてすぐに思い浮かぶものが、横浜市都筑区にある川和町です。「かわわちょう」と読むのですが、読み方そのものは素直なのに、発音しにくいのです。この地名を使った早口言葉があるのかどうかわかりませんが、あったら私は観念します。

 その川和町に、横浜市営地下鉄グリーンラインが通っています。緑区にある中山駅を発車すると、都筑区に入り、次が川和町駅です。もっとも、1994年の分区の前、川和町は緑区に属していました。

 工事中の頃から、グリーンラインがこの辺りを高架線で通り抜けることは知っていましたが、開通してどのように変わったのかと思っていたら、それほど変わっていないようでした。車窓が気になり、日吉から中山まで乗った後、一駅分だけ引き返してきたのです。

 川和町駅です。御覧の通り、高架線の途中にあります。国内にある他のリニア地下鉄には、車庫などは別として地上区間がほとんどなく、地上駅や高架駅がないのですが、グリーンラインは例外で高架区間が多く、この川和町の他、センター北およびセンター南が高架駅です。これは地形の関係によるものでしょう。

 横浜市は、何と言っても港で有名ですが、私のように川崎市の中程より北西に寄った所で生まれ育ち、東急東横線や田園都市線をよく利用してきた者にとっては、平地部分が極端に少なく、丘陵地帯ばかりというイマージュがすぐに浮かびます。「ミナトヨコハマ」ではなく「ヤマノヨコハマ」なのです。関西地方から新幹線に乗ってきた人が、新横浜駅を降りて「こんな山の中に港はどこにあるんだ?」と尋ねまわったという話を聞いたことがありますが、納得できる話です。

  地下鉄の建設には莫大な費用がかかりますから、少しでもコストを下げようとすると地上区間を増やさざるをえません。まして、横浜市の港北区、都筑区、緑区、そして青葉区は、車で走ってみると、あるいは東急田園都市線、JR横浜線などに乗ればすぐにわかりますが、起伏が激しく、坂道も少なくありません。そのような場所で全区間を地下にする意味はほとんどありません。

 この川和町から横浜上麻生道路を、下の写真を使うならば奥のほうに走り、国道246号線の市が尾あたり、つまり東名横浜青葉インターチェンジ付近を走ってみてください。何十年か前、国道246号線を江田から青葉台方向に走り、市が尾の下り坂はよいとして藤が丘の手前の登り坂で力不足になるような自動車が少なくなかった、という話もよく聞かれる所だったのです。

 川和町駅のすぐ下には横浜上麻生道路が通っています。かつては、ここから中山まで行くためには横浜市営バスか東急バスに乗るしかなかったのでした。現在も双方のバス路線があります。奥のほうに進むと市が尾駅、桐蔭学園前、そして小田急柿生駅に行けます。逆に手前のほうに進むと、鴨居、横浜ららぽーと、第三京浜港北インターチェンジ(名称は港北ですが都筑区にあります)、新横浜駅のほうに行けます。私も、この道路を何度も車で通っています。 もっとも、走る区間は限定されておりまして、新横浜駅周辺、市が尾駅周辺から柿生駅付近までの区間はよく通るのですが、それ以外の区間はよくわかりません。

 横浜市でも都筑区や緑区は、農業人口の率が比較的高いところです。この辺りもそうです。駅前に畑がありました。何を栽培しているのかはわからなかったのですが、とりあえず、横浜でも所々で田や畑が見られるということです。市が尾の先、青葉区鉄町や寺家町、田奈駅周辺などでも畑が見られます。奥のほうに住宅が多く建ち並んでいるのとは対照的です。

 奥のほうはともあれ、手前は畑で、何かを栽培しています。植物に関しては知識も何もゼロに近い私ですので、何を植えているのかは全く見当もつきません。「こんなことではだめだよね」と思うのですが、今からどの程度のものが身に付くのかもわかりません。ともあれ、近い将来には、成長してどこかへ出荷されたりするのでしょう。

 少し角度を変えてみます。住宅も並んでいることがわかります。横浜上麻生道路から外れると、この辺りの道路は幅が狭く、車一台がようやく通ることができる程度でしかありません。かつては農業地帯であったことがすぐにわかります。もっとも、横浜市の都筑区や青葉区が住宅地と化したのは東急田園都市線の開通以後のことですから、まだそれほどの長い時間が経過している訳でもありません。

 横浜市営地下鉄グリーンラインの開業区間については、都筑ふれあいの丘駅付近を除き、以前から自分で車を運転して通ったりしたことのある場所ばかりです。北山田駅からセンター南駅にかけては、私の学生時代に港北ニュータウンとして開発が進められる最中でしたから、大きな変化をこの目で見ています。道路の新設や拡幅、付け替えが行われたこともあって、北山田周辺などは「ここが●●か? 道を間違えたのでは?」と目を疑うほどでした。まるで別の地域になっているかのようなのです。そのような中で、川和町駅周辺は、変化のスピードが緩やかであるように感じられます。それがまたよいのです。

 

 (2)

 横浜市営地下鉄の全ての駅を利用した訳ではありませんのでよくわからないのですが、少なくともグリーンラインの各駅の中でこの駅の周辺くらい変化に乏しい所はないでしょう。それが悪いというのではありません。むしろ、好感を持つことすらできます。全く変化がないということではないのは当たり前で、川和町付近にも宅地化の波が押し寄せ、環境が変わってきています。ただ、東山田、北山田、センター北、センター南の各駅の周辺が、ここ20年の間にあまりにも急激な変化を遂げました。やはり港北ニュータウンの一部をなすブルーラインの中川駅や仲町台駅の周辺も同様です。それらの駅の周辺に比較すれば、川和町駅周辺の変化の速度は緩やかであるということです。

 横浜市は、私が生まれ育った川崎市の隣の市で、私にとっては身近な存在であるとも言えます。しかし、市営地下鉄となると話は別です。初めて利用したのはおそらく小学生の頃で、多分、横浜から伊勢佐木長者町までであったはずですが、詳しく思い出せません。それに、乗る度に何年ぶりということになります。あざみ野~新横浜と横浜~伊勢佐木長者町は車で何度も通っている地域なのですが、新横浜~横浜になると途端に怪しくなります。神奈川区は私の苦手な地域の一つで、滅多に道に迷ったりしない私が東横線の白楽駅周辺やブルーラインの三ッ沢上町駅周辺では道に迷います。伊勢佐木長者町~湘南台について言うならば、少なからぬ川崎市民が「わからない」と言い出すでしょう。横浜市民にとっては京浜急行との乗換駅である上大岡を知っていても、川崎市民には馴染みのない所です。戸塚~湘南台に至っては、多くの川崎市民は、とくに北部と言われる高津区、宮前区、多摩区、麻生区の住民はお手上げでしょう。私 にとっても、ブルーラインの戸塚~湘南台は今年の8月に初めて利用したくらいでありまして、自動車などで通ったことすらない区間なのです。

 川崎市民で、横浜市営地下鉄を通勤や通学のために利用するという人は、それほど多くはないと思われます。そればかりか、川崎市民には、隣の市だというのに横浜市営地下鉄の存在すら知らない人もいたりします。そんな人に「こないだグリーンラインに乗ったんだ」と言えば「何それ?」と言われたりしますし、ブルーラインに乗って終点の湘南台に行ったなどと言えば、怪訝な顔をされたりするのです。

 こんなことを書くと叱られたりしますが、本当のことですから仕方がありません。行政法・財政法・租税法を専攻する私も、350万人以上の人口を抱える横浜市にはどれだけの一体性があるのかなどと疑問を抱いたりするのです。政令指定都市では極端に狭い川崎市ですら、一体感に乏しく思われるのですからやむをえません。歴史的にみても、横浜市はいくつかの郡の寄せ集めのような地域です。 そもそも、横浜市の大部分は武蔵に属していましたが、戸塚区など南部の一部地域は相模に属していました。

 あれこれと書いてしまいましたが、横浜市営地下鉄グリーンラインが通っている川和町に戻りましょう。

 川和町駅の西側、横浜上麻生道路の北側に、こんな一角があります。公園ではないようなので、植木屋さんの敷地なのでしょうか。手入れがなされているように見えます。ただの庭とは思えません。

 右のほうにかすかに写っているのが川和町駅です。駅のホームからはここがよく見えません。

 私が所持しているデジタルカメラは、ズーム機能を内蔵しています(もっとも、この機能のないデジタルカメラはほとんど販売されていないと思いますが)。そこで、3倍にしたり等倍に戻したりして撮影を続けます。

 先ほどの、木々が植えられている場所を少し遠くから眺めてみました。左側にも立派な木々があります。奥が都筑ふれあいの丘駅方面で、かすかに見える丘の向こう側がセンター南駅周辺です。

 この駅の周辺には商店があまりありません。駅の改札口を出て東側のほうに出ると数件あるのですが、西側のほうに出て横浜上麻生道路を外れると、御覧の通りです。ここが横浜市であるとは思えないという方もおられるでしょう。しかし、横浜市の北西部には、川和町の他にもこのような場所が残っています。かつて、港北ニュータウンの地域はこのような場所ばかりでして、つい最近までは、細い道をゆっくりとバスが走るような地域でした。少しでも多く、未開発の場所を残して欲しいものです。

 そういえば、青葉区寺家町は、横浜市で最ものどかな風景が残っている所です。いつか行って、撮影してみたいと思います。川和町駅からであれば、横浜上麻生道路を市が尾方面に進み、市が尾を抜けてさらに柿生駅方面に向かって進み、上鉄鴨志田口の交差点を左折して少しばかり進み、常盤橋交差点を右折すればよいのです。バスであれば、市が尾駅で東急バス市43の奈良北団地行か寺家町行、または青27系統の青葉台駅行(常盤橋バス停下車)に乗り継げばよいでしょう。

  ついでに記しますと、横浜上麻生道路を進み、川崎市麻生区に入った所が早野でして、このあたりものどかなところです。早野バス停付近から脇道に入り、王禅寺の琴平神社に向かう途中に、早野聖地公園という、川崎市営の霊園があります。この周囲も取り上げてみたいと思っています。

 また先ほどの場所です。手前の3本の木を見れば、どう考えても植木屋さんの敷地でしょう。よくわからなかったのですが、この近くにあるのかもしれません。盆栽を大きくしたような枝ぶりです。いかにも植木という感じがします。

 手前に生えている、麦などのような穂を付ける草は雑草の代表格のようなものです。空き地でも公園でも道端でも見かけますが、名前を知りません。これでは私立中学校入試に合格できないかもしれませんが、 小学生時代から学校の理科にはあまり興味がなかったのでした。

 それはともあれ、駅前に僅かに残る空き地です。いずれは奥のほうのように、何かがここに建てられるのかもしれません。敢えてこういう空間を残しておくのが、余裕が見られてよいと思うのですが、いかがでしょうか。

 ちょっと気になって降りただけですし、本当の目的地は別の場所ですので、川和町駅に戻ります。改札口が2階にあり、歩道橋のような構造になっている通路に入ります。そこから撮影してみました。このような場所に高架駅があり、その駅から歩道橋のような通路が伸びていて、しかもエレベーターが設けられているというのは、どこか不似合いな気がします。

 手前の横浜上麻生道路は、交通量の多い道路であるはずですが、この辺りになるとやや少なくなるのでしょうか。そう言えば、この道路を車で走る時、上麻生や第三京浜港北インターチェンジ付近ではよく渋滞にあうのですが、この駅の周辺で渋滞に入ったという記憶がありません。

 グリーンラインが通った頃で、何年後かには景色も大きく変わるのかもしれないと思いつつ、あまり変わって欲しくないと思いつつ、川和町駅からグリーンラインに乗り、とりあえず日吉行きに乗ることとしました。センター南でブルーラインに乗り換えるつもりです。

 

 (3)

 車窓が気になって降りた川和町駅の周囲を少しばかり歩きました。川和町駅に戻り、日吉行きに乗ります。ただ、電車を逃してしまいました。次を待ちます。

 この川和町駅の構造は変わっています。1番線と2番線がないのです。右側に、全く使われていないホームのようなものがあり、それが1番線と2番線らしいのですが、車庫に行くための線路となっています。

 シンプルなデザインの駅名標です。最近、首都圏をはじめとして地下鉄などには駅番号が付けられています。どれだけの意味があるのかわかりませんが、グリーンラインにも付けられています。大阪市営地下鉄ですと番号が若くなるほうが上りということがわかるのですが、横浜市営地下鉄のほうは番号が若くなるほうが下りという意味があるのでしょうか。東京は、南から、あるいは西から番号が付けられるという原則があるようです。

 リニア地下鉄らしさを示しています。線路の間にある板は、磁力による推進力を得るために欠かせないものです。車体に電磁石が付いています。磁力を利用して走る訳です。都営地下鉄大江戸線や福岡市営地下鉄七隈線でも、このような板を見ることができます。リニア地下鉄もリニアモーターカーであることに変わりはありませんが、山梨実験線を走る磁気浮上式ではありません。ちなみに、リニアは英語の形容詞linearで「直線状の」という意味で、モーターの形状に由来するようです。普通のモーターは円筒形ですが、リニアモーターは薄い箱のような形なのです。

 中山行きが来ました。屋根が低いことがわかるでしょうか。中に入るとよくわかります。まさにトンネルの断面を小さくするために、リニア地下鉄にするのです。建設費を節約することが可能であるからです。磁力を利用するので勾配に強く、急カーブにも強いと言われています。

 現在の開業区間は日吉~中山ですが、これはあくまでも暫定的なものであって、日吉からは鶴見へ、中山からは二俣川、東戸塚、根岸を経由して元町・中華街への延長が計画されています。しかし、現在の横浜市営地下鉄の営業実績などからして、実現は難しいものと思われます。

 もうじき、日吉行きが来ます。 これに乗ってセンター南駅まで行き、そこでブルーラインに乗り換え、湘南台駅へ向かうこととしました。

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