正直なところ、「これはどうなのだ?」と首を傾げたくなる話が、神奈川新聞社のサイトにありました。2024年9月5日の20時37分付で同社のサイトに掲載された「鎌倉の市役所移転、市監査委員が『政治介入』 松尾市長も困惑、波紋広がる」(https://www.kanaloco.jp/news/government/article-1107959.html)という記事です。これは有料記事であり、私は登録していないので全文を読める訳ではないのですが、この記事を基にしつつ、鎌倉市のサイトに掲載されている監査結果も参照してみました。
鎌倉市役所の移転に向けた動きは、同市のサイトによると2015年度から進められてきたようで、現在の所在地である御成町18-10(鎌倉駅の西側と記しておけばよいでしょう)から深沢地区への移転を目指すというものです。2022年9月にまとめられた「鎌倉市新庁舎等整備基本計画」には、湘南モノレールの湘南深沢駅から西側の約31.1ヘクタールの土地を深沢地域整備事業用地として次のような方針が示されています。
「深沢地域では、東海道本線大船・藤沢駅間新駅設置を伴う、藤沢市村岡地区との両市一体のまちづくりを目指しています。『第3次鎌倉市総合計画第4期基本計画』では、土地利用の基本方針として、鎌倉地域のほか、大船、深沢地域などの都市機能を強化し、3つの拠点がそれぞれの特性を生かした役割分担をこなし、互いに影響し合うことで、 本市全体で活力や鎌倉の魅力の向上につながる土地利用を図ることとしています。さらに「鎌倉市都市マスタープラン」では、深沢地域整備事業用地の土地利用の方針に、新都市機能導入地を位置付けています。」
しかし、この動きは鎌倉市議会によってストップをかけられました。すなわち、2022年12月の鎌倉市議会定例会に「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案が提案されたのですが、同年12月26日の本会議において否決されました(賛成16、反対10。地方自治法第4条第3項により、出席議員の3分の2以上の「同意」が必要となるためです)。
一方、2023年2月6日付で、鎌倉市監査委員に対して「市役所位置条例の改正案否決に伴う支出済額について」住民監査請求がなされました。監査委員(2名)は同年3月29日付の「鎌倉市監査委員公表第6号」において請求を棄却しています。
そして、2024年9月2日、鎌倉市監査委員(2名。但し、1名が2023年3月と異なります)が2件の監査結果を公表しました。今回、神奈川新聞社が取り上げたのは、この2件の監査結果のどちらにも付されている付帯意見です。どういうものかを御覧いただきたいところですが、すぐに付帯意見を示すのもどうかと思われますので、まずは監査結果を概観しておきましょう。
「鎌倉市監査委員公表第1号」は、2024年7月3日付でなされた「新庁舎等基本設計等予算執行差止」を求める住民監査請求に対するものであり、監査結果は住民の請求を棄却するものとなっています。
住民監査請求の内容が「鎌倉市監査委員公表第1号」においてまとめられているので参照すると、次の通りです。
・鎌倉市長は「令和6年度一般会計予算案に、市役所移転に関わる新庁舎等基本設計者等選定審査会委員報酬及び同委員費用弁償並びに令和6年度から令和7年度までの債務負担行為である新庁舎等基本設計等の事業費(以下これらを「本件基本設計等予算」という。)を計上し、令和6年(2024年)市議会2月定例会に提案し、市議会の議決を得た」。
・しかし、上述のように2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において、「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案は否決された。
・「全国の地方公共団体の例を見ると、位置条例の改正案を議会に提案しないまま新庁舎の工事に着手した事例はあるが、議会が位置条例の改正案を否決した中で、新築の庁舎の基本設計予算を執行した例は聞いたことがない。請求人が総務省行政課に照会したところ、『位置条例が否決された状態で基本設計の予算案を上程することは可能。ただし、予算を執行することに関しては司法の判断となる』との回答を得た。」
・鎌倉市長は「位置条例改正案が否決された直後の市議会定例会に提案する令和5年度予算案には、新庁舎の基本設計予算を計上することを見送った。これは『議会の合意が得られない以上、事業を進めるのは相当ではない』との判断であったと考えられる」が、鎌倉市長は「『市民や議会の新庁舎建設に対する理解を深める ためには具体的な形を示すことの方が効果がある』として、上記判断を変更してまで、令和6年度一般会計予算案に本件基本設計等予算を計上し、提案した」。
・2024年4月8日に「新庁舎等基本設計等委託事業者の公募型プロポーザル方式による応募の受付が始まり、同年7月9日の締切後、同月30日には一次審査が実施される予定である」。この「プロポーザル方式による応募の受付段階での参加資格審査は鎌倉市の職員が 行うため、今のところ予算の支出はない。しかし、今後新庁舎等基本設計者等選定審査会が開催され、基本設計者等が選出されると、本件基本設計等予算が支出されることとなる」。完全に鎌倉市議会による条例改正案の否決を無視した形になっているとしか思えませんが、既成事実を作るということなのでしょうか(かつての大分県のようです。今はどうかわかりませんが)。
・「鎌倉市民としては、市議会が位置条例の改正案を否決している状態で、基本設計の事業に着手した事実は看過することができない。建設関係の事業者に聞くと、設計業務は本体工事と一体のものであり、設計を実施して本体工事を実施しないことはあり得ず、後戻りできない予算との解釈であった」が、これは地方財政法第4条第1項に違反するものである。
・「本件基本設計等予算は、市議会の議決を経ているが、市議会が位置条例改正案を否決しているにもかかわらず、本件基本設計等予算を議決したものであり、 この議決自体が違法というべきであるから、議決があることによって、本件基本設計等予算の執行が適法となると解すべきではない」。
これに対して、監査委員は次のように述べています。
「地方公共団体の長は当該地方公共団体の事務を管理し及び執行するうえで広範な裁量権を有しているが、地方公共団体の事務所の位置を定めるに当たってもそれは例外ではないと考える。名古屋高等裁判所平成16年3月26日判決(平成 15 年(行コ)第14号)において、『地方自治法4条1項は、「地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。」と規定しているものの、条例を定める時期について何ら定めていないから、建設着工後において条例を定めても、同法違反とはならず、庁舎位置指定条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される。』と判示されていることがその裏付けである。なお、請求人は、この裁判例は町村合併という事情のもとに判断されたもので鎌倉市には当てはまらない旨主張しているが、少なくとも地方自治法第4条第1項の規定に関係する判断の中に町村合併という事情が考慮された形跡は見当たらない。」
「令和4年(2022年)市議会12月定例会において位置条例改正案を否決した市議会の判断は重いものであるが、他の会期に位置条例改正案を再び提案することを妨げる規定はない以上、将来にわたって可決される可能性がないと断定することはできず、上記判決引用箇所は現在の鎌倉市の状況にも当てはまるものと考える。」
(少し脇道に逸れます。いつも思うのですが「判決を示すのであれば、掲載判例集の巻号頁くらい示せ!」と言いたくなります。ここに引用されている判決は判例タイムズ1159号176頁に掲載されています。書店で購入することが可能ですし、法学部が置かれている大学の図書館などに行けば所蔵されている雑誌です。真面目に勉強している法学部の学生には御馴染みのLEX/DBで検索するという手もあります。)
この名古屋高裁判決の論理はおかしなもので、「こんな理屈がまかり通れば、市町村は何時、何をやってもかまわないし、市町村議会は不要である」ということにもなりかねません。条例を定める時期について何ら規定がないのは当たり前で、常識的に考えても、地方自治法第4条に従って条例の改正案を議会に提出して出席議員の3分の2以上の同意を得てから移転のための準備を具体的に進めるでしょう。また、その条例の改正案と同じタイミングで議会に予算案を提出し、議決を得るでしょう。そうでなければ、何のために特別多数決を定めているのかわかりません。裁判官の頭の中には地方公共団体の議会など存在しないのでしょうか。悪い意味で逐条的に解釈するから、換言すれば「木を見て森を見ず」という態度の解釈であるから、こういう変な理屈が出てくるのでしょう。
そして「付帯意見」です。「鎌倉市監査委員公表第1号」のメインはむしろ「付帯意見」なのか、また、「これは監査結果の範囲を超えているのではないか」と疑いたくなるものです。全文を引用させていただきましょう。
「新庁舎の整備に関する取組は、平成26年度策定の公共施設再編計画により昭和44年に竣工した市庁舎の老朽化に伴う機能更新が検討され、平成27年度実施の本庁舎機能更新に係る基礎調査を経て、平成28年度策定の本庁舎整備方針において移転して整備する方針とされ、平成29年度策定の公的不動産利活用推進方針において、全市的な視点から深沢地域整備事業用地を移転先とする方針とされた。その後も平成30年度策定の本庁舎等整備基本構想、令和4年度策定の新庁舎等整備基本計画と今日まで取組が進められ、この度住民監査請求の対象とされた新庁舎等基本設計及びD X支援業務委託事業費は、令和6年度から7年度までの2カ年をかけて基本設計を行う過程の中で、市民や議員に対し、防災拠点となる新庁舎のイメージを膨らませることが出来るよう発信するための予算との位置付けである。
このように時間と労力をかけて目指してきたまちづくりは、本庁舎移転を含む深沢地区のまちづくりと鎌倉地区の市役所現在地の利活用の構想が、真に市民の安全と市の将来像を見据えた政策の柱であるとの信念から、松尾市長自らが選挙公約とし、取り組んできた政策にほかならないはずである。であるならば、松尾市長は、この政策を途中で投げ出すことなく不退転の覚悟で政治責任を全うするという姿勢を具体的に示し、課題に取り組むべきだと考える。
そして、市民から違法又は不当などと疑念を抱かれるような事業の進め方や、市民や議会を二分する政策論争に発展してしまうような進め方はこれを改め、市民の共通課題の解決を図るためのマイルストーン(行程)を明示し、松尾市長自らが先頭に立ってその手法や政策について市民との対話や議論を重ねることにより、事態の打開に向けた一層の努力を望むものである。
住民監査請求の審査に当たり、違法又は不当な支出の判断にとどまらず、このことを付帯意見として申し添える。」
どのように読んでも監査結果ではなく選挙演説か市議会における質疑応答であり、監査委員の役割を超えています。地方自治法第198条の3第1項は「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」という。)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいう。次条において同じ。)に従い、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない」と定めていますが、たとえ逆立ちして「付帯意見」を読んだとしても、地方自治法第198条の3第1項にいう「常に公正不偏の態度を保持して」いるようには見えません。
鎌倉市の場合、2名の監査委員のうち1名は市議会議員であり、おそらくはこの1名が主導となって「付帯意見」を付したのでしょう(上記神奈川新聞社記事によれば、市議会議員である監査委員は、2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において条例案に賛成の立場を示していました)。そもそも、このような監査委員の選任の方法こそが問題であるとしか思えませんが、地方自治法第196条第1項が「監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(議員である者を除く。以下この款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。ただし、条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができる」と定めており、鎌倉市は条例で市議会議員を監査委員の選任から排除していませんので、やむをえないところとではあります。それにしても、監査委員の適格性には大きな疑問符を重ねて付すしかありません。監査結果にこのような「付帯意見」を付すること自体が違法であるとまでは言えないでしょうが、不当であることは間違いのないところです。
しかも、やはり2024年9月2日に公表された「鎌倉市監査委員公表第2号」の「付帯意見」が、「鎌倉市監査委員公表第1号」の「付帯意見」と全く同じ文言なのです。
「鎌倉市監査委員公表第2号」は、2024年7月5日付の「新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費予算執行停止」を求める住民監査請求に対する監査結果です。念のために請求内容を示しておきます。
・「令和6年(2024年)2月鎌倉市議会定例会に鎌倉市長から提案され、同年3月15日に可決された令和6年度一般会計予算のうち、第3表債務負担行為『新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費 令和6年度から令和7年度まで294,965,000円」(以下「本件新庁舎等基本設計等事業費」という。)は、地盤調査を含めた、深沢行政用地(鎌倉市寺分字陣出8番8)での市役所新庁舎の基本設計を行うものである」が、「令和4年(2022年)12 月、鎌倉市役所を御成町18番10号から寺分字陣出8番8(深沢行政用地)に移転することを内容とした鎌倉市役所の位置を定める条例(以下「位置条例」という。)の一部を改正する条例は、鎌倉市議会で特別多数議決が成立せず、否決されている」から、「否決された場所へ市役所を移転するための行動、予算支出は法的根拠を欠き、無駄な支出である。したがって、地方財政法第4条第1項違反である」。
・それにもかかわらず、鎌倉「市は新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業の契約相手方選定のためのプロポーザルへの参加者の募集を開始しており、令和6年(2024年)10月には仮契約をすることになっている」から「このままでは違法な公金の支出が行われる可能性が高い」。
2件の住民監査請求は、詳細は異なるものの鎌倉市役所の移転問題に関するものである点において共通しているため、同じ文言の「付帯意見」を示したのでしょう。或る意味では監査委員の意見を強調したかったのかもしれません。しかし、これでは、上記神奈川新聞社記事にあるように「政治的中立が求められる監査委による庁舎移転の“支持表明”とも読み取れる記述に市側も困惑し、反対派市議も『監査委の政治介入』と反発し波紋が広がっている」のも当然です。監査委員としての「分をわきまえていない」と批判されても仕方のないところですし、私もそのように考えます。
地方自治法第196条の改正が必要とされるところです。少なくとも、A市の監査委員に同じ市の市議会議員が入ることができるという部分は改める必要があります。