10月5日は、義姉の家に出かけてご近所のSさんにご挨拶、遺品整理の検討、自治会費の支払いをしました。
自分の家の片付けが済んでいないのに、義姉の使っていたミシンを持ってくるとなるとと考慮中。
主人の著書「ヒトラーの青年時代」を主人が送っていたのとは別に3冊ほど買い込んでいたのにびっくり。
それぞれ別の本屋さんのカバーがかけてあって、売れ行きを心配してくれたんでしょうか。
かなり高額な本だったので申し訳ない気がしました。長男や私の本もありました。
義姉の亡くなった友人に服飾関係で大学の教員の方がおられたようですが、義姉もどこかではもっと勉強をしたかったのかもしれません。
建築などについてはかなり詳しかったのを思い出します。
Tさんご夫婦と一緒に、義姉がお世話になっていたグループホームへご挨拶に伺いました。
行き届いた施設で職員の方たちもしっかりされた方たちで、義姉も安心して過ごしていたのではないかと思います。
その後、午後4時少し前に、Tさんの車で灘区役所へ送ってもらいました。
1階の案内窓口で順序を書いた付箋をつけた案内書をもらって、諸手続きが1時間で完了☆
翌10月6日は、午前中の新幹線で無事、帰ることができました。
神戸は、草履を懐に入れて温めたという秀吉の気配りを思い出させる土地柄のような。
震災を経て、優しい方たちが増えたようにも感じられます。
これは、自然の厳しい青森にもある優しさに共通なものを感じるのは私ぐらいなものでしょうか。
この優しさを大事にして、かつてのように「絶望を与えよ」の側に対抗する必要があると思います。